345「騎士再来(2)」
一方、傭兵団と亡者が、何故いきなり小さいとはいえ一国の都を攻撃したのかの理由も分かった。
結果論として、敵のマッチポンプだった。
亡者や魔物が溢れたのを、格安で鎮定を請け負ったのが「偶然」近くに居たヴァーリ傭兵団で、兵力不足に悩むランバルトは藁にもすがる思いで雇い入れた。
しかも死霊術師の方は、元々ランバルトの王室が1ヶ月半ほど前に臨時に雇い入れた魔導師だった。これも、戦力の穴埋めの為だ。
その魔法使いが、王宮を覆う靄が発生してから、王宮から出てきて救援を訴えた。
そして当人は、国の外の知り合い、魔導師協会に救援を頼むと言って交渉に付き添う役人を連れて街を出て行った。
けどヤツが連れて来たのは、亡者の群れと亡者を倒すのではなく便乗するヴァーリ傭兵団だったというオチだ。
死霊術師に計算違いがあるとするなら、夜には全て上げられている跳ね橋は、自分なら降ろして門を開けてもらえると思い込んでいた事だろう。
夜に街に入るには、相当の権力がないと例外はないのがこの世界での普通だけど、それをちゃんと理解してなかったらしい。
死霊術士は、自己顕示欲の強さで勘違いをしていたのだ。
第一印象通り、そう言った常識の欠如した引き篭もり野郎に違いない。
けど、もし橋を降ろして門を開いていたら、今頃町は亡者が溢れて地獄と化していただろうし、ヴァーリ傭兵団も街を蹂躙していたかもしれない。
もっとも、外からの脅威に守られたからと言って、内も酷い有様だ。
「これがその『靄』か」
「今から中に入るとか言わないでよ」
言いつつ、ハルカさんが視線だけ向けてくる。
「言わないよ。オレの予想だと、この中はアンデッド・ハザードだし。それに」
「もうすぐ日も暮れるもんなあ」
「二人の意見にさんせー」
「そうだな。それに『帝国』の飛行船を待とう。仲間も沢山来る筈だ」
中に対する探知魔法が空振りに終わったシズさんが話をまとめる。
「それは心強い。どのくらい?」
「詳しくは。ただ、2、30人は来るだろう」
「我々は、冒険者ほどの力を持つ者は10名もいないので助かるよ。ここまで酷い事態だとは予測してなかったからね」
けど来るまでは出来る事もなく、町の大通りから町の中心の『靄』の目の前にいた。
手を伸ばせばというほど近くは無いが、10メートルも離れていない。
見た感じは、視界が全然通らない事を除けば、魔物が発生する魔力の澱みに似ている。
なお、ここまで近づいているのは、中からの不意の襲撃や魔力酔いなど万が一を考えて魔力の高い者ばかりで、他の人達は少し離れた場所で待機している。
と言っても、ランバルト王国の兵士とアクセルさんの部下も何人か控えているが、突入しないのであれば基本何も出来る事は無い。
何もかもが分からないので、動くに動けないのだ。
そして近づいてみたところで、何も分からないのは同じだと分かっただけだった。
「虚しく立っていても仕方ない。その『帝国』の飛行船が来るまでに野営の準備を進めよう」
「それでしたら、我々の施設をお使いください。皆様遠路来られた上に激しい戦闘までされたのですから、さぞお疲れでしょう。何も歓待できずお恥ずかしい限りですが、せめてお世話させてください」
アクセルさんの言葉に、後ろにいたランバルトの隊長さんの一人が、心からと思える言葉をかけてきた。
そしてそれを断る理由もないので、アクセルさん、ハルカさんが頷き、少しの時間ではあるが休息となった。
「うへーっ、魔力使い過ぎたぁ」
ランバルト王国が用意してくれた休憩施設の長椅子で、ボクっ娘がへばっている。
と言っても、へばっているのは皆同じだ。
アクセルさんが例外だけど、アクセルさんも亡者相手に一戦して、しかも軍の指揮をしているのだから疲れていない筈はないだろう。
けど、いつものキラキラは維持されたままで、見た目以上にタフだ。
「殿方の前だけど、私も失礼させてもらうわね」
「お気遣いなく。部外者はボクだけだからね」
「部外者なんて水臭いですよ。それより聞きましたよ、正式に男爵になったって。おめでとうございます」
「ありがとう。でも、ショウやルカ達の武勲を横取りしたようで、心苦しいんだけどね」
「そんな事ないですよ。あの時アクセルさんが居なかったら、勝てませんでした」
とそこで、悠里がオレの服の袖を引っ張るのを感じた。
軽く目線を向けると、早く紹介しろと目で語っている。
けど、ものには順序があると思ったので、もうしばらくアクセルさんとの世間話をと思ったが、逆にアクセルさんに気を使わせてしまったようだ。
「で、そちらの可憐な竜騎士殿に、ボクはいつ紹介してもらえるのかな?」
「もうちょっと喋ってからと思ったんですが、仕方ないですね」
「何か理由でもあるのかい?」
首をかしげてもイケメンはイケメンだ。
「こいつ、オレの妹なんですよ」
「ホオッ!」
アクセルさんが、半ば演技で驚いて見せてくれる。
そして取りあえずのお膳立ても揃ったので、妹様の出番だ。
「ゆ、ユーリと言います。兄がいつもお世話になっています!」
ビシッと90度のお辞儀で、まんま体育会系の部活での挨拶のようだ。
悠里なら、これが精一杯だろう。
そんなガチガチな悠里に、アクセルさんが女性の大半の心を蕩けさせるような笑みを浮かべる。
「初めまして、ユーリさん。アクセルです。好きに呼んでくれると嬉しいかな」
「ハイっ、アクセルさん! それで、あ、あの、握手してもらえませんか!」
「いきなり何言ってんだ。すいません、こっちの礼儀知らなくて」
すかさず、手をビシッと出した悠里を手で制する。
そうするとアクセルさんがいつもの笑みを浮かべる。
「アハハ、構わないよ。けど、互いの立場を思うと、違う挨拶をしないといけないんだけど」
「それは止めなさい。アクセルの挨拶は毒になるわ」
ややだらけてソファーに腰掛けてるハルカさんが、半目で止める。
多分だけど、膝を折って右手を取り指にキスをするってやつだろう。それとも軽めのハグかもしれない。
そんなことしたら、今の悠里なら鼻血を出して卒倒するに違いない。
そしてその意をくんだアクセルさんが、悠里に対してあくまで優雅に右手を差し出す。
「じゃあ、よろしくユーリさん」
「ハイっ、こちらこそ。それと呼び捨てでいいです」
悠里がガッシリと両手でアクセルさんの差し出された右手を取る。
気が付かなかったが、知らない間に手袋とかも脱いでいた。
「では私も、私的な場では呼び捨てにして欲しいな」
「あ、それなんだけど、」
とこそでハルカさんが、思い出した様に声を上げた。実際今思い出したのだろう。
「ショウがエルブルスの正式な領主になったわ」
「……という事は」
アクセルさんの言葉に反応して、ハルカさんが再び半目をして口を開く。
「婚約も結婚もしてないわよ。領地の人達に認めさせただけ。けど、対外上はそういう事になるわね。ショウ、一応彼からもらったものを見せてあげて」
「あ、ああ、分かった」
「そうか。おめでとうショウ。いや、叙勲お喜び申し上げますエルブルス辺境泊」
オレが、お守りのように胸元に下げている魔力遮断が出来る魔法の小袋からエルブルスの鱗を出して手に取ると、アクセルさんが言葉の最後に恭しく礼をとる。
本当に絵になるが、むずがゆいだけだ。
「私的な場では、冗談以上は止めてくださいね」
「アハハ、ボクもその方が助かるよ。けど、大したものだ。あの世界竜に認められたのだろう。流石ショウだ」
「全然ですよ。領主になるってのを受け入れた以外、何もしてませんから」
「認められるというだけで凄い、という表現すら不足する事だと思うよ。それに」
「それに?」
アクセルさんが少し声色と表情が真剣になる。
「あの悪剣のヴァーリをほぼ一人で倒したというけど、あの男の剣をまとに正面から受けられただけで驚きだよ」
「そんな事ないでしょう。アクセルさんだったら、余裕で受け流せてますよ。力まかせで、けっこう雑な剣技だったし」
「ショウはガンガン打ち合ってたわね」
「うん。相手がどれだけの腕で、どんな剣筋か見極められたらと思って」
「あんなので分かるの?」
ハルカさんの表情は意外と言いたけだ。
それに対してアクセルさんは、オレ達の会話に興味深げだ。
「うん。で、これは勝てるなって思ったから、邪魔だった骨のヤツを先に叩いたんだけど、おかげでハルカさんからお小言もらったってオチだよ」
「彼に勝てると確信出来たという事は、また腕を上げたねショウ」
アクセルさんが我が事のように嬉しそうに言う。
こっちまで嬉しくなる笑顔だ。
イケメンも得と言うのとは、アクセルさんの場合は少し違う。アクセルさんの場合は、もともとイケメンな上に内面が外に出るタイプだ。
こっちまで笑顔になりそうだけど、ここは苦笑に留めた。
「どうなんでしょう。魔力は稼いだとは思うんですけど」
「落ち着いたら、一本お願いしたいところだね」
「こちらこそ是非」
「うん。約束だ」
と言い合って自然に握手する。
「お、お兄ちゃんばっかり話してずるい!」
男二人して笑い合ったところで、悠里が我慢出来なくなっていた。
二人して頭をかくしかないが、さらに無慈悲な声が長椅子の方から響いて来た。
「次のお客さんが来たって、外のヴァイスが言ってるよー。ユーリ、残念だったね」
「えーっ! そんなぁ」
どうにも悠里は、アクセルさんとの縁が薄いのかもしれない。





