343「死霊術師(2)」
「だそうだぞ」
問答していたシズさんも、振り返るとウンザリした表情だ。
「これ以上聞いても無駄みたいだな」
「亡者になったのなら、遠慮はいらないわ。ましてや死霊術を使いで、自称であれ方々で亡者を作って来たなんて放っておく訳にいかないでしょ」
ハルカさんは、もうヤる気十分といった感じだ。
「さっきも遠慮してなかっただろ」
「何か言った?」
即答で返す彼女の顔が少し怖い。真剣な場では、変な事は言わない方が良さそうだ。
「いいや、何も。それより袋だたきでいいか?」
「セオリー通りいきましょう。念のため遠距離攻撃で弱らせて、ショウ、最後はお願い」
「イエス、マム」
その言葉とともにボクっ娘の弓、それぞれの魔法、ドラゴンブレスを叩き付け、そしてオレとヴァイス、さらにクロとアイが細切れに切裂く。
正直、ゲームのラスボス戦というより単なるタコ殴りだ。
これ以上は、敵の口上も罵声も大した事は言っていないので無視する。
しかも、特に防御が分厚いわけでもないし、当人の魔力が多い訳でもない。
こっちが、敵が魔法の構築に入った直後に問答無用で矢継ぎ早に攻撃を叩き付けたので、向こうが攻撃してくる事もなかった。
途中からは、アンデッドらしく物理ではなく魔力の半透明な物体になっていたが、そういった類いの攻撃も心得ているので、トドメにオレの魔力相殺で奇麗さっぱり切裂いてやった。
けど、奇麗さっぱり終わったところで悪い予感がしたので、その場を飛び退いて警戒する。
周囲の魔力の澱みが収まらなかったからだ。
しかし、魔物になるような魔石などの核も見当たらない。
「どうなってる!?」
そして警戒した甲斐あって何かをされる事もなかったが、死霊術師は倒したそばから急速に再生していく。
しかも暴走している感じではなく、どこか意思を感じる。
今までにないパターンだ。
けどすぐに人型には戻らず、何やら見慣れたものが目の前に出現していた。
「またスライム状の化け物だな」
「魔力を急に吸いすぎて暴走すると、起きやすい状況だからな」
オレだけでなく、みんな「またか」という感想のようだ。
しかしそれも一瞬だった。
今まで出くわしたパターンと違っていたからだ。
「けど核が見当たらないわ」
「攻撃続けないとすぐに復活してくるぞ」
「だが、魔力の供給源は少し分かった」
と、それでも冷静なシズさんが、北の橋の方を指差す。
死霊術を使うせいか、亡者から魔力の供給を受けているというのだ。
そしてつまり、あれらを鎮定しきってしまわない限り、無限ループという事だろう。
けど、あいつに何もさせない為には、全力で攻撃を続けるしかない。そして何を仕掛けて来るか不明なので、攻撃させないようにしないといけない。
だから亡者を減らしている余裕もない。
仕方ないので、滅びる事を期待して化け物状になった死霊術師の攻撃をその後も続ける事となった。
「キリがないな」
言いつつ、かいてもいない額の汗を拭ってしまう。
「手が足りないわね」
「魔力、もう半分もないよーっ!」
「こっちも、ブレスはもうすぐ打ち止めーっ!」
空からも悲観的な言葉だ。
(これって詰みだよな)
みんなの弱気の言葉もあって、嫌な考えが頭をよぎる。
唯一の希望は、夕方には『帝国』の飛行船がやって来ることだけど、日はまだ高い。
オレ達がやられないためには、もはやケツまくって逃げるのが一番だ。幸い化け物の動きは遅いし、空を飛ぶ事もできるので、逃げること自体は難しくないだろう。
しかしそうなると、化け物となった元魔法使いが街を攻撃しかねない。しかも周辺の死者が増えると、それだけ倒しにくくなる可能性が高い。
そんなことをみんな頭の隅で思いつつも、その後しばらく不定形な化け物への半ば不毛な攻撃を続けた。
そして、さらに30分ほどもした頃だろうか。
一旦上空に上がって、急降下で強い一撃を与えようとしていたボクっ娘が、次の変化の最初の目撃者となった。
「北の方、何か一杯来てるよ!」
「どうせ追加の亡者だろ。こっちは『帝国』の飛行船が来るまで時間を稼ぐだけだ。それよりデカイの一発頼むぞ!」
「り、了解!」
ヴァイスのカマイタチの一撃で化け物は派手に細切れにされるが、すぐにも再生が始まる。
今まで何度も見た光景だ。
しかし、今までと比べると再生が少し遅くなっていた。
そして化け物への攻撃に気を取られていたが、北の橋の方が俄かに騒がしくなった。
ヴァイスと交代で、次の攻撃のため一旦空に上がったライムに乗る悠里の声が、その二つの答えを教えてくれた。
「え、援軍だーっ!」
「援軍? どこから? 誰が?」
ハルカさんのもっともな疑問に、すぐには誰も答えることができない。
分かる事は、接近中の連中が北の橋の亡者の群れに攻撃を開始したという事だ。
しかしこちらからは、亡者の群れが邪魔で戦い始めた連中がよく見えない。
そこに、悠里の示す先へ顔ごと視線を向けていたシズさんの指示が飛ぶ。
「ユーリちゃん、旗は見えるか?!」
「旗? えーっと、見えます! どこかの軍隊だと思います!」
「魔法で確認する。少し攻撃を代わってくれ」
「了解。お願いします」
そしてオレ達がザクザクと化け物を切り刻んでいると、望遠の魔法を使っていたシズさんが破顔した。
明るい表情だった。
「友遠方より来る、だ」
「知り合いの軍隊ですか?」
「ああ、そうだ。みんなよく知っている軍隊だよ。さあ、魔力の供給が途絶える今がチャンスだ。こっちも一気に畳み掛けよう」
「はいっ!」
明らかに再生能力ばかりか魔力自体が衰えた元魔法使いの化け物に、一気に攻撃を叩きつける。
特に魔法職は、攻撃力の高い攻撃を一斉に打ち込む。
口もないので罵声すら聞こえてこないが、化け物と化した元死霊術師もしくはリッチの断末魔の声すら聞こえてきそうだ。
けど目の前の敵は、無駄に今までで一番しぶとい相手だけの事はあった。
突然魔力の拡散をはじめ、急速に化け物の周囲が澱んだ魔力の靄で覆われていった。しかも拡散が続くので、視界が完全に遮られる。
敵が倒れたのではなく、明らかに故意のものだ。
「距離を開けろ! 何が起きるか分からない!」
シズさんの声もあって、全員が距離を取る。
化け物の魔力の総量自体は低下を続けているが、誰もが油断出来ないと緊張を崩さず間合いを取り、すぐにも次の行動に移れるように備える。
そこに化け物もしくは元魔法使いの高笑いが響いた。
見た目は幽霊とか亡霊だけど、油断は出来ない。
「幸運に助けられたようだな。今回はこれで退くとしよう。また会う事もあろう、さらばだ」
その言葉とともに薄くなった気配が急速に離れて、恐らく町の方に移動して行った。
逃げられたというより、なんだか釈然としないものがある。
「あいつ、なんか見逃してやった的な台詞吐いたけど、結局オレ達に一方的に叩かれてただけだろ」
そんな独りよがりの視点しかないから、外法に手を染めるのだろう。
逃げる気配見送りながら思ったのは、そんなしょーもない事だった。





