341「傭兵との対決(2)」
(て言うか、口が臭い)
「受けたか! 面白い! まずはお前の相手をしてやる! メスどもはそこを動くなよ!」
脳筋ブサメンと話したくもなかったので、そのまま剣を流して返礼に罵声と侮蔑の言葉への怒りを込め、相手のパワーゲームに乗る形で斬りを返す。
再び凄い金属音がして巨漢に受け止められたが、巨漢は最初の一撃に比べると余裕が感じられない。
腕が悪魔ゼノ以下なのは確定だ。
パワーの方も、シズさんに魔力を気持ち2割くらい持っていかれても問題ないところを見ると、少なくともオレの格上ではない。
そして斬り結ぶにつれて、ふた回り近く小さなオレに正面から押さえつけられているので、巨漢は徐々に焦りを強くしていた。
「クソっ!」「なめるなっ!」とか大剣を振る度に罵声を浴びせて来るが、こっちは無口で相手をしつつ敵の技量をはかり、そして隙を探す。
早くケリをつけたかったけど、パワーとスピードは伊達ではなく、少なくとも一太刀で倒せるような相手でもなかった。
手傷は負わせたが、負わせたという以上でもない。
おかげでその場で斬り合うだけでは済まず、移動しながらギャンギャンガンガンと剣を合わせつつ戦う羽目になった。
けど何より、罵声の度に見せる歯が黄ばんでいて汚い。
などと、汚い口に気を取られていると、横合いからデカイ拳が殴りかかってきた。やっと追いついて来たデカイ骨の一体が、クロとアイのインターセプトを抜けてオレに襲いかかってきたのだ。
同時に口臭男も大剣を振り下ろしてきたので剣にしか対応できず、そのまま殴り飛ばされてしまう。
(相変わらず、痛みを感じないのは楽でいいな)
そう思いつつすぐに体制を立て直すついでに、口臭男から離れたというか離された余裕を使って、瞬間的に戦況を見渡す。
上空からは、魔法使いの方に白と蒼い影が襲いかかるところで、それを骨のやつがインターセプトしつつある。
近くでは、骨の塊がシズさんの炎の玉の爆発に吹きとばされ、バラバラになるところだった。初めて見る魔法かもしれない。
後で聞いたが、『爆炎』というちょっと厨二病っぽい第三列の魔法だった。
別の場所では、シズさんとハルカさんを守るべく、アイとクロがでかい骨の塊をインターセプトしている。
骨のゴーレムは、2体で対応しないといけないレベルという事なのだろう。だから、オレの方に1体おこぼれがやって来たのだ。
そして少し後ろで光り輝く鎧の周りでは、見慣れた3つの魔法陣が構築され、周りには見るからに痛そうな10本もの槍がスタンバッている。
敵の魔法使いからは、毎度おなじみマジックミサイルが5本飛び出すところだ。
やはり相当強い魔法使いだ。
そして目の前の敵に意識を戻したオレには、口臭男が追撃をかけるべく大剣もろとも突進してくるところだった。
パワーとスピードは凄いが剣筋が丸見えだ。
「これを受けるか!」
何度目かの金属音と共に、ごつい剣2本が激突する。
普通に受け止めることができたが、どうやら必殺の一撃だったらしい。
それなら技名の一つも叫んで欲しいところだ。
しかも、獲物の方はオレの方が余程頑丈だ。
向こうの剣が、明らかに大きく欠けた。しかもよく見ると、既に何ヶ所も刃こぼれしている。
それ以上に、相手の動きが見えてきた。結局こいつは、オレ以上に身体能力に任せた戦い方しかできない奴だ。
「お前の相手は後回しだ!」
そう言って大きく剣を振りかぶって叩き付け、相手を後方に追いやってから跳躍すると、その着地の際に目の前に迫っていたデカイ骨を大上段から切り裂いていく。
バキバキと砕けていく音と感覚がちょっと気持ちいい。
そしてオレがデカイ骨を砕いた時点で、ほぼ勝敗は決していた。
敵魔法使いが放ったマジックミサイルは、オレ達5人に1本ずつ飛んできた。
けど地表の3人には、十分以上の防御魔法と自身の天然の魔力耐性があるので効果を発揮せず。
空の2人と言うより2体は、魔法の矢1本程度でどうということはないし、自力の防御でほとんど弾いていた。
つまり敵の魔法使いは、Aランクかそれ以下の魔力しかないということだ。
一方、デカイ骨は見た目ほど強くないので、すでに全部崩れ落ちている。
遠巻きの傭兵達は、当初こそ歓声や罵声も上げていたが、骨が次々と呆気なく潰されていったので、既に及び腰だ。弓での攻撃すらしてこなくなった。
騎馬の連中は、早くも逃げる準備をしている。
オレ達に歯が立たないと理解しているのは賢明だけど、小心者や卑怯者の集まりなのかもしれない。
そして後方のボスらしい魔法使いは、防御魔法虚しく10本の光の槍で串刺しだ。
防御魔法は何本か反らしたが、魔力差と数の暴力には敵わなかった。
そして残るは、口臭男だけだ。
「神々の慈悲だ。降伏しろ」
情報も欲しいし、せっかくなので一応決めゼリフらしいことを口にしてみる。
けど口臭男は、骨を砕くため少し離れていたオレにニヤリと笑いかけると、進路を変えて突進する。
そしてその先には、ハルカさんがいた。
そういえば、口臭男の最初の目標はハルカさんだった。
「待てっ!」
思わず言葉が出たが、内心そこまで焦りはない。
オレの見たところ、奴がこれ以上の力を持っていないなら、ハルカさんを傷つけることは無理だからだ。
突進しながら口臭男の体は魔力の輝きが少し増したが、それでも発揮されている能力は想定内だ。
そしてオレの予測は外れていなかった。
オレが駆けつける数秒の間、オレが綺麗だと思う彼女の美しい剣舞と回避のテクニックを存分に見ることができた。
「チョロチョロと!」と口臭男が叫ぶように、彼女の動きは風の中で戯れる羽毛のように、口臭男の剣は全く彼女を捉えることができない。
逆に、彼女の一見細くひ弱な剣は、口臭男の鎧の隙間を切り刻んでいく。
「悪い!」
「守護騎士失格!」
口臭男にではなくハルカさんに言葉をかけつつ、卑怯上等で一対一の戦いへと強引に乱入。
彼女がオレへの非難とともに口臭男を軽く切り刻んで仰け反らせた瞬間に、オレの大ぶりの一撃が炸裂する。
そして既に切り傷を各所に受けた上に、今までの戦いで魔力も使いすぎていたらしい口臭男は、オレの剣を避ける余裕は無かった。
大量の魔力持ちらしく頑丈で真っ二つには出来なかったが、手応えは十分以上。人ならこれで十分致命傷で、その場で即座に崩れ落ちてもいいくらいだ。
けど、一瞬でもそう思ったのが悪かった。
口臭男は獣のような雄叫びを上げつつ、臭い口を血で染めつつ襲いかかってきた。
「相手は俺じゃないんだろ!」
悪態をつきつつとっさの回避行動をとり、今度こそとどめの一撃をと思ったら、シズさんが既に準備していた魔法の矢が口臭男に殺到して、今度こそ終わりだった。
蜂の巣にされた口臭男は、オレが次の一太刀を浴びせる必要もなく、「ビクッ」と体を一度痙攣させると、次の瞬間その場に力なく崩れていった。
しかし、今までの反省があるので、崩れ落ちる直前にトドメに胸に深く突き刺しておく。
そのまま剣を回すことも忘れない。
そこで、人なら無い筈の魔石が砕けるような感覚があった。
しかし口臭男が応える事もなく、目は光を失ってそのまま崩れ落ちていった。
「……まさか、ねえ」
「どうしたの?」
「こいつ、魔物かもしれない」
「えっ?」
オレ達のヒソヒソ話をよそに、辺りが静まったのを見計らってシズさんが宣言を周囲の傭兵たちに伝える。
「神殿に刃を向けた貴様らの愚かな主達は、神々の御名において成敗した。直ちに恭順するか、早々にこの場を立ち去るがいい」
その言葉とともに攻撃を止めると、半円状に囲んでいた傭兵達が我先に逃げ始める。
連中にとっては、雇い主より強い筈の隊長が倒された方がショックが大きいのだろう。
ともあれ、これで亡者にとりかかりたいところだ。





