330「『帝国』商館再び(1)」
「ご来訪、お待ち申し上げておりました」
カーリス・ナギル。額の広い、細い眼鏡をかければ似合いそうなエリート官僚っぽい『帝国』のハーケン商館長。
『帝国』のオクシデント北部一帯の中心拠点を預かる人なので、相当偉い筈だ。
その人が機嫌よさげな顔をしているのは、少しばかり違和感を感じる。
けど、部下のお付きが1人しかいないところを見ると、商館全体としては忙しいかオレ達が急の客過ぎるという事なのだろう。
なのに急ぎ来て欲しいとは、どういう事だろうか。さっさと用事を済ませたいのだろうか。
色々と状況が考えられるが、聞いてみるのが一番だ。
すぐにも豪華な応接室に案内されて、お茶と茶菓子を振る舞われてしまう。
「改めて、お招き頂きありがとう御座います」
「とんでも御座いません。皆様は『帝国』にご恩のある方々。出来うる限り便宜を図らせて頂きたく存じます」
エリート官僚が慇懃に頭を下げる。
角度30度くらいなので、頭を下げる習慣の少ないこの世界の人としてはかなり頭を下げている方だ。
しかし、以前戦った国の代表の一人にご恩とか言われると、やはり違和感を感じてしまう。
「ありがとう御座います。早速ですが、以前申し上げた通り私どもは大巡礼を始めており、これより貴国に在る空皇の神殿に詣でたく考えております」
「お噂はお聞きしております。二番目の巡礼地に我が『帝国』に存在する聖地を選んで頂けるとは、神々に縁薄き身とは言え誇らしく思います」
「付きましては『帝国』入国と領内の通行許可、出来るのならば、さらにその先へ入る許しも頂ければと考えております」
「まさか地皇の聖地へ? それは皆様でも危険すぎるかと」
演技か本気か相当驚いている。
宝物探しが大好きな『帝国』でも、あの大陸の遺跡には迂闊には近づかないという噂は本当なのかもしれない。
「お気遣い痛み入ります。ですが、挑まずして何が大巡礼でしょうか。それに供の者には、空の上からではありますが行った者もおります」
「そうですか。決意されているのでしたら、私どもがお止めする事など出来よう筈もありません。ですがその際は、出来うる限りご助力させて頂きたく存じます」
「その折は是非に。それでは入国と通行の許可証を頂けましたら、すぐにも出立したく思います。どれくらいでご用意頂けますでしょうか」
さあ、ここからが交渉の本番だ。
向こうがこっちに何を望んでいるのだろうか、この対応で分かるだろう。
案の定と言うべきか、エリート官僚は即答とはいかなかった。
「入国許可証については、明日にでも当方からお渡し致します。ですが、大巡礼を行うのが上級神殿巡察官ともなれば、本国ならびに聖地でも相応の準備をさせたく。そこで先駆けが知らせ準備を行う時間として、日数を幾日か頂きたく存じます」
「分かりました。では私達は、それまでこのハーケンの街でお待ちしています」
「我儘を聞いていただき感謝に堪えません。お詫びというわけではありませんが、旅路を急がれないのでしたら、明日には本国から空中巡航艦が当市に到着します。
その船は当市での滞在後に本国に戻りますので、それに乗って行かれてはいかがでしょうか。いかに翼を持つ方々とは言え、専門の者以外が海を超えるのは少しばかり過酷ではありませんか」
空中巡航艦という、男の子の心をくすぐるようなキーワードが出てきた。
飛行船の軍艦っぽいが、ヴァイスとライムが乗れないなら意味は無いので、言ってくるって事は乗せることも出来るのだ。
となると、エルブルスのシーナの飛行場にあった飛行船と似た船なのだろう。
それはともかく、互いにどうするという表情で視線や顔を向け合うも、向こうが好意を示してくれた以上、乗るのが礼儀のようだ。シズさんが頷いている。
そしてハルカさんが、再びエリート官僚に顔を正面を向ける。
「大変なご好意、ありがとう御座います。謹んでお受けさせて頂きたく思います」
「それは良う御座いました。では、必要書類共々準備させて頂きます。ところで、連絡等のためにも当館へ滞在場所を変更されては如何でしょうか?」
「そうですね。お言葉に甘え、ご好意をお受けさせて頂きたく存じます。ですが、なぜそこまで私どもを厚遇して頂けるのでしょうか」
「もちろん、先だってのご恩を少しでもお返ししたいからです。本国でも非常に喜ばれております」
「ですが、それだけではない、と」
言葉の外、僅かな表情と雰囲気に、何か有るのかと匂わせた言葉なので、ハルカさんも同じ様な雰囲気を纏いつつ返す。
それに対してエリート官僚は、少し表情を緩める。
「これは敵いませんな」
「こちらの面会をすぐにお受け頂けたのは、何かそちらからのお話が有るのではと思っていたのです」
横で聞いていても面倒くさいと思う言葉のやり取りが続いたが、しかしエリート官僚はその言葉を待っていた様だった。
「はい。お察しの通りで御座います。皆様というより、旧ノール王国の荒廃を知っている方々からのご助言を、切に求めていた次第に御座います。つきましては、少しお話をお伺い出来ないでしょうか」
おでこの広いエリート官僚こと『帝国』のハーケン商館長カーリス・ナギルさん曰く、旧ノール王国のいまだ人の手が入らない地域に、『帝国』兵の亡者が出るらしい。
しかも情報を総合するとかなり強いらしく、この辺の連中に文句を言われる前に自分たちでケリをつけたいのだそうだ。
「そういった訳で、あの時、あの場所にいた者から情報を集めています」
「冒険者ギルドの方には?」
「もちろん、既に情報提供は頂きました」
「ですが私達は、そのような話は仲間から聞いていないのですが」
「それと分かる様に申し上げた部外者の方は、皆様が初めてにございます」
ここで悪役なら曖昧な笑みとかでかわすのだろうが、意外という以上に誠実な言葉だ。
同時に、オレ達を信頼してますよというアピールと、口外するなという事も含んでいるんだろう。
「私とこの竜騎士は、該当しないのだがな」
しかしエリート官僚の言葉に、シズさんが少し眉をしかめる。
そして言葉の外に、聞いていいのかと問いかけている。
シズさんもオレと似たような事を感じ取ったのだろう。
「はい。ですが、ルカ様のお供ですので、私どもとしては分け隔てする必要性は感じておりません」
「その件はそちらの都合だろう。巻き込まれるのはご免被りたいのだが」
「シズ」
ハルカさんの表面的な叱責に、シズさんがハルカさんに黙って頭を軽く下げる。
こちらの世界の住人、特に獣人としての対応を見せただけだ。
悠里の方は、最初に何も話さずポーカーフェイスを通す様に言われていたので、黙りを決め込んでいる。
「ご不快であったのなら謝罪させて頂きます」
エリート官僚は謝罪を口にしたが、半ば社交辞令のようなものだろう
「とんでもありません。こちらも従者の失言を謝罪いたします。それで『帝国』兵の亡者が出るとの事ですが、具体的にはどの辺り、どの程度ですか?」
「旧ノール王国の王都ウルズの南西部からランバルト国境にかけて。非常に強い亡者が2体。明らかに我が『帝国』の軍装をしていると報告を受けています」
「『帝国』としての対応は?」
「神殿からの要請を受ける形を取って、調査団が現在ハーケンを目指しており、明日には到着します」
つまりオレ達に乗ってけと言った空中巡航艦に、調査隊なりが乗って来るのだろう。
そこで、その前に出来る限り情報を集めておきたいと言ったところだろうか。
と、そこで、ボクっ娘が小さく手を挙げる。





