304「初デート(2)」
そして二人共通の趣味でもあるオタク的なものも含め、一通り買い物までスケジュールをこなしたのだけど、玲奈は買い物が今ひとつ気に入らないように感じたので、予定を変更してファッションの街という、オレが今まで近づいたことのない場所への移動を提案した。
すると最初は躊躇していた彼女だけど、オレと一緒ならと少し顔を赤らめながら提案を受け入れてくれた。
「わ、私もあんまり来た事はないの」
「オレなんか、実質初めてかも」
と言いつつ、思わずその場でキョロってしまう。
「そうなの?」
「陰キャなオタクには一番縁遠い街の一つだからな」
「わ、私も同じ。でも、シズさんとトモエさんに連れてきてもらってたの」
「トモエさんって、オレが会ったことのないシズさんの妹さんだよな」
写真とかも見せてくれないので、未だ名前しか知らない人だ。
「うん。見た目はソックリだよ。性格とかは、かなり違うんだけど」
「そうなんだ。会えるの楽しみかも」
「もーっ。最近のショウ君は口軽すぎ」
「ごめんごめん。……って、あれはどっちだと思う?」
テレビ等でよく見る風景の中を二人を歩いていると、ちょうど街の中央の大きなスクランブル交差点に差し掛かったところで、見知った人が少し前方を横切っていくのが視界に飛び込んできた。
「えっ? どこ?」
「ほら、あそこ。ちょっと付いて行こう!」
「う、うん」
ノースリーブの黒いロングワンピース姿で、つばの広い帽子を目深くかぶり、さらに濃い色合いのサングラスをかけている。
それだけだと単にお洒落な装いだけど、これで地味な服にマスクをしていたらちょっと怪しい変装スタイルだ。
けど、スラリとした長身の綺麗なシルエットとあの横顔を見間違える筈はない。
どっちと聞いたのは、単に妹さんが似ていると聞いたからだ。
そして少し後ろを付いて行ってすぐ、玲奈もその姿の主に気づいた。
「シズさんだと思う。トモエさんは活発な格好が多くて、ああいう格好はしないから」
「けど、これってマズイよな。探偵とかストーカーみたいだし」
「だよね。でも、私もちょっと気になる」
「そうなのか?」
少し意外だったので、思わず玲奈の顔を覗き込んでしまう。
「うん。最近、というかこの夏くらいから、何か別のお仕事してるみたいだから」
「塾の講師とかかな? だったら、オレ達」
「うん。お邪魔だよね。だから気になってたの」
「それじゃあ、とりあえず行き先だけ確かめてみようか」
その後、しばらくシズさんを尾行するように後ろを付いて行くと、シズさんは迷う事なく足を進めてあるビルの中へと消えていく。
その建物は、表通りからは外れている企業の事務所などが入っているビルだった。
少し遅れて正面入り口前まで行くと、1階ロビーにはすでにシズさんの姿はなかく、エレベーターに乗ったようだ。
そして1階ロビーには誰でも入れたので、今動いているエレベーターが何階に止まるかを確かめる。
2台あるうちの1台しか動いておらず、しかも一度止まった後に1階に戻ってきたが、そのエレベーターは空だった。
そこで、建物の入り口に入っている企業やテナントが紹介されている金属プレートで確認する。
「芸能・モデル事務所? 玲奈、何か知ってる?」
「う、うん。でも、シズさんからは、出来るだけ話しちゃダメって言われてるの」
そしてオレの中で、向こうでのちょっとした会話と結びつく。
「向こうで、何か聞いてた?」
玲奈はオレの顔を覗き込みながら、少し意外そうな表情をしている。
「お盆くらいの頃に、向こうのボクっ娘がシズさんがモデルしてるって言って、それをシズさんに軽く咎められてたんだ」
「そっか。けど、塾とかじゃないなら、触れない方がいいと思うの」
「そうだな。当人が言わない限り、触れない方がいいよな」
「うん。それじゃあ、買い物の続きしよっか」
「だな。てか、ここどこだ? 地図、地図」
その場で少しもたつくも、スマホで現在地と目的地を把握して買い物を再開する。この便利さは向こうでは有り得ない事なので、つい感心しそうになる。
どうにも、現実世界より『夢』の向こうの方が印象が強いせいだろう。
しかし今日は玲奈とのデートなので、そんな事を思うのも一瞬の事だ。
そのあともデートを楽しみ、ちょうどアミューズメントなゲーセンを出たところだった。
「あ、電話。ちょっと待ってね」
玲奈がそう言って、可愛いカバーのスマホをショルダーバックから取り出す。
そしてスピーカーから小さく聞こえてきた声は、シズさんのものだ。
「まだこの辺りに居るなら少し会えないか、だって」
スマホから少し顔を離してそう言う玲奈の顔は、なんと表現したらいいだろうか。
そこまで深刻さはないが、やはり怒られるのを覚悟した表情だろう。
シズさんは、オレ達が尾行していたのに気づいていたのだ。
「オレ達もお茶するつもりだったし、いいんじゃないか」
オレは半ば諦めつつ答えると、彼女も苦笑い気味に頷きスマホを顔に戻して返答している。
そして数度のやり取りで場所を聞き出すと電話を終えて、今度は地図を立ち上げて検索を行い、「ここで待ってるって」とオレの前に画面を見せた。
そうして行き着いた先は、繁華街の中心から少し離れた場所にある洒落たカフェだ。
少しメルヘンチックな所謂中世ヨーロッパ風で、少なくとも男同士で来るようなお店じゃない。
オレには不釣り合いだけど、店員に先客の連れだと告げて案内された先で、すでにお茶をしていたシズさんは、それだけで一服の絵になる。
そしてオレ達に気がつくと、笑顔で軽く手を挙げて招き寄せる。
「すまないな、デート中に呼び出して」
「ううん。こんなに良いお店に呼んでもらえて嬉しいです」
「オレ達もお茶にしようと思ってたところですよ」
「そう言ってもらえると助かる」
そうして、オレ的にかなり高額なメニューから注文したものを待って、本題に入った。
まあ、このタイミングでしかもデート中に呼び出したということは、何を話したいかは明白だろう。
だから最初に頭を下げた。
「今日はすいませんでした」
「謝ることじゃない。ただ、いつから気づいていたのか、家に戻る前に直に会って聞いておきたかったんだ。電話やメッセージだと、誤解もありそうだからな」
電話やメッセージで確認しないのは、誤解よりも直に逢って顔を見て話したいというのは分かる気がする。
だから小さく頷くとすぐにも会話に入る。
「ここに来たのも、シズさんを見かけたのも偶然です」
「あ、あと、追いかけてみようって言ったのは私です」
玲奈の言葉に、シズさんがゆっくりと首を傾げる。
「どうして? 玲奈は知っていただろ」
「別の塾の仕事の話が関わっているかと思って」
「そうか、そう言えば、前にそんな話もあったと話したな」
シズさんが少し後悔するような表情を見せた。
そして話の本題を口にし始める。
それは驚きではないし、シズさんなら当然とも思える話だった。





