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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第4部

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301「一人の魔法使いの門出(1)」

「いやー、ショウ君には感謝しかないな」


 レイ博士が、館の広間で機嫌よさげにうなずいている。

 一方で恐縮しているのは、山田さん改め絵描きのリョウさんだ。


「ほんと、大したものは描けないので期待されすぎても」


「何の、大した事あるぞ。我輩など、絵は小学生の落書きレベルでな。ゴーレム作る時にいつも苦労していたのだ」


「図面とか起こさないんですか?」


 精巧な形のゴーレムだと図面の一つも起こしそうなものだけど、魔法で描いたりするのだろうか。そんな期待もしてしまいたくなる。


「うむ。そういうのは、今はスミレにしてもらってる。現実ではCAD、パソコンで描いてたからな。手書きは、落書きとか簡単な概念図までだ」


「なるほど。僕もペンタブとかデジタルが多いですね」


「昨今ならそうであろうな。こちらでは?」


「ノヴァは画材は結構揃っているので、ペン画と水彩中心です」


 そう言って、トートバックから紙と画板、画材を取り出す。

 確かにリョウさんは絵描きさんだ。


「油絵は?」


「多少なら。でも僕は現場で使う数をこなしてナンボなので、ほとんど使いません」


「ウムウム、吾輩のワークにはピッタリだな」


「そう言ってもらえると助かります」



 なお、スミレさんとクロは夕食の準備中、女性陣はお風呂中で、広い部屋には3人の男だけが寛いでいる。

 家臣の人たちは主人より先に寛げないと、戻ってからも自主的に鍛錬したり見張りに就いていたりする。

 博士達と留守番だったラルドさんは、工房に入り浸りだそうだ。

 また獣人の一部も、夕食の準備を手伝ってもいる。


 そして寛いでいると、女性陣が風呂を済ませて広間へと現れる。

 昨日同様に浴衣に丹前だけど、昨日よりも身なりを整えているのは、オレが不意にリョウさんを連れてきたのだとしたら、少し悪い気がする。


「お風呂お先に頂きました〜」


「話してないで、お風呂いただいてきたら?」


「うん。濡れタオルで拭いたくらいじゃ、煤の臭いが全然取れないもんな」


 ちょっと服とか臭ってみるが、煤の臭いが染み付いている。


「では行こうかショウ君、リョウ君。あと外の家臣の人たちも何人か呼んでくれ」


「了解です」


 言葉と共に立ち上がり、すぐにも家臣の人達の方に向かう。

 そしてその背から、リョウさんの気弱な声が聞こえてきた。


「ぼ、僕はいいです」


「? 遠慮は無用だ。我が館の風呂は結構自信作だぞ」


「高級ホテルみたいだよねー」


 「そうであろう。そうであろう」とボクっ娘の言葉に、レイ博士が嬉しそうに何度も頷いている。

 しかしリョウさんは、浮かない表情だ。


「あ、あの、僕、他の人と風呂に入ったことないんです」


「そうなのか? 吾輩は昭和生まれで、幼少の頃は銭湯にも通っていたからな、その辺が分からず申し訳ない。そう言えば、ショウ君は平気だったのか?」


 振り返って止まっていたので、その姿勢のまま博士の方をさらに向く。


「旅行で温泉とか行った事あるし、中学の部活の時、みんなでシャワー室使ってましたから、別に平気です」


「体育会系なのか。吾輩には永遠に関わりのない世界だな」


「今は文系ですけどね」


 そう言ってみたが、信じてもらえない感じの視線が返って来るだけだった。



 そうして博士達と風呂をいただいて広間に戻ると、女性陣とリョウさんが談笑中といった感じだった。

 しかし悠里は少し輪から外れて、ちびちびと飲み物を口にしている。そしてオレを見つけると、早足で向こうからやってくる。

 そしてさらに浴衣の腕の裾を引っ張り、二人きりのヒソヒソ会話モードに持ち込む。


「なあ、何だよ、あのオタク。妙に私達に話しかけて来るんだけど?」

 

 視線だけみんなの方に向けるが、オタクが誰なのかは明白だ。


「ん? 親しくなりたいからだろ。みんな可愛いし。多少は大目に見てやれよ」


「最初はそう思ってたけど、プライベートまで聞いてきてたし、ちょっと失礼。アイツ絶対にリアルのシズさんには会わせたり出来ないよ」


「意外にチャラ男だった? そうは思わなかったんだけどなあ」


「見る目なさすぎ。陰キャが無理するからだろ」


 オレへかなり厳しい目線を向けてくる。

 そしてみんなが迷惑しているのなら、反論のしようもない。


「面目ない。けど、絵は上手いし、有望な人材って感じなんだけどなあ」


「それはそれ。プライベートはなしの方が絶対いいって」


「了解。気をつける。あと、この場も何とかする」


 そこで悠里との話を切り上げて、みんなのところに向かう。

 そして歩きながら、一緒に風呂に入っていたホランさんと目があったので、何かあれば手を借りようと軽くゼスチャーと目配せをしておく。

 ホランさんも、オレと悠里の話を少し離れた場所で聞いていたので、ごく小さく頷く返答があった。


「話、盛り上がっているみたいですね」


「あ、ショウ君、そんな事ないですよ」


「機会があれば、こっちで自画像を描いてもらおうって話をしてたのよ」


 ハルカさんの表情は一見普通だ。しかしシズさん共々、営業スマイルだった。

 オレに向けている表情と違うのが、こんな事で分かるのは少し寂しい気もする。

 それはともかく、自画像と言う言葉で打開策を思いつけた。


「へーっ、そうなんだ。あっ、それなら、『ダブル』よりもこっちの人のをお願いできませんか?」


「こ、こっち?」


 どうしようかと思っていたが、向こうからネタを提供してくれたので、そのまま押し切ることにする。

 オレ以上に押しには弱そうだ。


「ええ、そうです。うちの家臣の人たちの。ホラ、『ダブル』は向こうで写真や動画は当たり前だけど、こっちの人は写真以前に、自画像ですら珍しいでしょう。報酬はお支払いしますから」


「し、仕事なら、多少は」


「是非お願いします。ホランさん!」


 そしてさりげなく近くにいて待機状態だったホランさんが、笑顔で近づいてくる。


「なんだ、坊主?」


「褒美の一つに、この方、絵描きのリョウさんにみんなの自画像を描いてもらおうと思うんです」


「そりゃいい! みんな喜ぶぜ! 頼むぜ、えーっとリョウさんとやら!」


「は、ハイ、こちらこそ」


 大柄な狼獣人が、貧弱な青年の肩をバンバン叩き、大きな顔を近づけて大きく笑う。

 そしてそのまま、ホランさんの部下のところへと連れて行ってしまった。


 そしてリョウさんが、彼の周りに集まった獣の壁に隠れたところで、念のためリョウさんに背を向ける。


「悠里から聞いた。その、ごめん」


 見られた時のため、角度浅めに頭を下げる。


「謝るほどの事じゃないわ。あの人、少し浮かれてるだけで、悪意はないと思うし」


「そうだな。こちらが少し強く出れば、すぐに引き下がるからな」


 年長の二人は、軽く苦笑する程度だ。

 まあ二人なら、男性からのアプローチは慣れているというのもあるだろう。


「けど、ああいうタイプは、オーケーするまで土下座して『エッチさせて下さい』とか言いかねないよ」


「それドン引き」


「マゾだったら、その表情でも喜ぶよ」


「えっ?」


 ボクっ娘の半ばジョークな発言に、ハルカさんの声が割れて本気で引いている。

 ハルカさんの性格をある程度把握しているオレは、そんな事は絶対にしない。しないけど、冗談でもそういう事はするまいと心に誓うほどの表情だ。



 その後の夕食は、基本レイ博士がオタク仲間と見たリョウさんに絡む展開が多くて助かった。

 もちろん、博士が天然でしている事だ。

 オレの方は、明日に買い出しして夕方に祝勝会をして、その場で今回戦闘に参加した仲間と家臣の評価と報奨の発表を行うことを話した。


 そして今夜もレイ博士がオタトークをしたいと言い出したが、ハルカさんが仲間内で明日と今後の旅の打ち合わせがあると告げてシャットアウトしてしまった。

 レイ博士の悄げ具合がかなり可哀想なので、またの機会にと思わずフォロー入れてしまうほどだ。


 そして何故が全員が、オレの部屋に篭ってしまう。

 しかも用意周到な事に、クロとアイにベッドなどを事前に運び込ませていた。

 元が2人用スイートといった感じで部屋はかなり広いので、5、6人寝るくらい余裕だけど、事はそういう問題ではない。

 ただ部屋の配置換えというか模様替えで、それだけでかなりの時間を取ってしまった。


「えーっと、リョウさんそんなに嫌だった?」


 思わずリアクション多めに聞いてしまうほどの状態だ。


「と言うより、万が一面倒な事になったら嫌なだけだな」


「夜這いはないと思うけど、念のためだね」


 みんなは軽く苦笑する程度だけど、何も思ったり感じなければこんな行動には出るわけがない。


「けどシズさん、この部屋も魔法で封じてくれるんですよね」


「ああ、警報の魔法くらいで止めておくがね」


「けど良かったじゃない」


「何が?」


「これで夢のハーレム完成でしょ」


「リョウさんから見たら、そう見えるってこと?」


 ハルカさんの冗談めかした言葉に、ちょっと絶句する。

 なるほど、そう見せる意図でのこの状況なのだ。


「なるほど。リョウさんの、オレ達に付いて行きたいって感情や言葉を押さえ込むのが目的か」


「正解よ」


 ハルカさんが、良く出来ましたという表情を浮かべる。

 ただオレには、他にも気になることもあった。

 ここは一言言っておいた方が良いだろうと、自然に立ち上がってしまう。


「何を言いに行く気?」


 オレの行動を促した上に、見透かしたようにハルカさんの視線がオレに注がれる。


「クロと一緒に飲み物の追加とか取りに行くついでに差し入れして、様子見くらいをしようかと」


「オタトークが気になるって?」


「そんな感じ。あと、こっちの話し合いが長引きそうだってのを、それとなく伝えておくよ」


「万が一、ついて行きたいとか言われたらどうするー?」


 ボクっ娘がオレの懸念の一つを問いかけてきた。


「その辺も合わせて釘刺しとく」


「まあ、宜しくね。くれぐれも面倒はごめんよ。それにあの人の魔力程度じゃあ、荒事の時に足を引っ張られるだけでしょうから」


「分かってる。クロ」


「ハッ。お供いたします」


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