298「魔物の共食い?(2)」
無理矢理木々が倒されたエリアを横列になって進んでいると、その切れ目の当たりに魔物の集団がいるのが確認出来た。
いや、確認自体は遠目からも出来ていた。
恐らく敵の殿。味方を逃がすための捨て駒だ。
そしてそこに向けて、まだ動ける魔物が殺到して、そして通り過ぎて行きつつあった。
とはいえ動いている魔物の数は、驚く程少ない。
殆どの魔物は、地面にめり込むかペシャンコになって、すでに体内の魔力を拡散させはじめているからだ。
「最終局面かな?」
「あれを叩いた後、森の中に追撃はしないの?」
「樹海の中は地の利がないからな。深い木々の影から攻撃されたら嫌だし、樹海は飛龍の特性も発揮できないだろ」
「妥当な判断ね。みんなにもそう伝えましょう」
そうして接近して、そろそろ長射程魔法の射程距離という辺りだった。
魔物の殿の辺りで混乱が生じる。
最初は同士討ちでもしているのかと思ったが違った。
倒れていたであろう複数の魔物が突如起き上がり、動く動かないに関係なく周辺の魔物を襲い始めたのだ。
「自己再生?」
「悪魔みたいに魔力の多い魔物の中には自己再生や自己治癒する奴もいるけど、この数は異常よ」
「それじゃあ、もしかして亡者化してるとか?」
「人型の魔物、鬼は、普通亡者にはならないわ。かと言って動物型でもないし、龍とかでもないわね。だいいち、亡者化するには早すぎる」
「あれは恐らく死霊術だ!」
その声と共に、空からヴァイスが急接近してきた。
ヴァイスとその背に乗っている二人の方が状況をより近くで見たので、それを知らせに来てくれたのだろう。
「ボクはもうちょっと偵察続けるねー!」
「よっ。アイ、ありがとう」
「とんでもありません」
シズさんが同乗していたアイの手助けを借りて降りてくるまで待って、ハルカさんが眉をひそめつつ問いかける。
「死霊術?」
「そうだ。死者の魂を強引に死体に縛り付けたり、死体を意のままに操る魔法の系統だ。
恐らくだけど、魔法を構築する反応もあったし、魔力の多そうな奴が森の奥に移動するのも感じた」
「という事は、そいつが魔物の大将で、逃げる為にかつての部下や仲間を強引に亡者に仕立てたって事ですか?」
「だとしたら外道も極まれりね」
言いつつハルカさんの顔が少し歪む。
これはガチで怒っている。
「まあ、悪魔だからじゃないのか?」
「魔物は案外同類を大切にするわよ。それに悪魔が魔物を亡者化するって話は聞いた事無いわ。これは悪魔の中でも余程外道なヤツよ」
「何にせよ、倒すか逃げるか決めよう。オレ的には関わりたくないけど」
オレの言葉に二人が反応して、一瞬だけ視線を交錯させる。
そしてその結論は、最初から一つだったようだ。
「分かってるって。鎮めるんだろ」
「そうよ。魔物な上に亡者なんて、確実に鎮めないと」
ハルカさんが自らの言葉に強く頷く。
そしてシズさんが、そこに何だかお馴染みになりそうな言葉を続ける。
「なら、森ごと焼き払うか?」
「賛成だ。あの化け物の相手もそうだが、あそこの奥に部下を入れたくはないぜ」
「我が炎龍は余力を残しています。いつでもお命じを」
シズさんが相変わらずな言葉を口にした時点で、状況確認のため幹部二人も近づいて来るところだった。
そして、獣人を率いる狼獣人のホランさんと竜騎兵を率いる竜人のガトウさんが揃って燃やすことに賛成する。
女性陣も表情から賛成のようだ。
ほぼ同時に近づいて来ていた悠里などは、遠くでも話を聞いていたらしく、さっそくライムに何かを命じようとしている。
「私も賛成だけど、あっちの人達に許可取った方がいいんじゃない? 試しに作為的に魔法で火災を起こしてみるとか理由付けて」
「そうだな。それにしても、やはり組織は面倒なものだな」
ハルカさんの言葉に、シズさんが言葉と共に軽く肩を竦める。
けど、誰にも言わずに突然火を付け出すのが良くないのは間違いない。
「と言う訳で、えーっと、レナ、オレをあっちまで連れてってくれ!」
「あいよ、お客さん。急いで乗りねえ」
「おうっ! じゃあシズさんを中心に、あの亡者達に安全マージンとって、焼き払う準備を進めておいて下さい!」
そう言って、早々とレナが飛ぶ準備をしているヴァイスに飛び乗る。
そして数分で、オレ達がさっきしていたような残敵掃討中の東の戦場、いや戦場跡の上空に到着する。
こっちも森ごと魔物の群れがペシャンコだ。
そしてこっちでも、地上での掃討戦が始まっている。
竜騎兵の背に乗っていた『ダブル』の精鋭達が、あまり統制の取れていない一方的な掃討戦を展開している。
「辺境伯、どうされた?!」
「相談があるんです。火竜公女さんも一緒でお願いできますかーっ!」
「よろしくてよー!」
そう言って、近づきつつあった火竜公女さんが、大きく手で下を指す。
そこは疾風の騎士達によって、地面が超音速プレスされたエリアの中心地辺りで、降り立つには都合が良いし安全だからだ。
そしてなるべく手短に状況と作戦を説明した。
「何にせよ、亡者の相手は嫌だわ」
「人為的に森林火災を起こすのか。出来れば良いが、勝算は?」
「十分あると言ってます。もう準備も進めてます」
そこまで言うと、二人とも好戦的な笑みを浮かべる。
空の眷属とやらは、好戦的な人しかいないのだろうか。
「テスタロッサもまだまだ元気だから、今するなら加わるわよ」
「それなら、えーっとシズ君だったか、彼女に余力があればこっちも燃やしてもらい、それを手伝う方が良いだろう。亡者もそうだが、クソ忌々しい魔物の森など焼き払えばいいのだ」
「それもそうね。悪いけど、その辺も聞いてきてくださる? あと元帥は賛成でオーケーね?」
「二言はない。文書に記録したければしろ。私は樹海とその上のクソ雲が大嫌いだ! 気持ちよく飛べんからな」
元帥は、相当この樹海が嫌いらしい。口調だけでなく、足をドンと地面に突くなど全身で表現しているほどだ。
火竜公女さんも、苦笑と肩をすくめて賛同している。
「それには同意見。評議会なりが文句言って来たら、口喧嘩くらいは引き受けて差し上げますわ」
「ソニックボミングの乱れ打ちを許可しておいて、燃やすなとは言わんだろう」
「アハハハ。喧嘩は避けたいですね。とにかく、こっちの件も伝えてきます」
そしてその数時間後、最初の森林火災からさらに100キロ程北上した樹海のど真ん中の二ヶ所で、魔力の活性化を伴った大規模な森林火災が発生しつつあった。
森がプレスされた箇所から空気が供給されるし、やはり『煉獄』の魔法やそれ以外の大規模な魔法、ドラゴンブレスに反応して、樹海にある澱んだ魔力が予想通りに反応して活性化し、火災の広がりを助長していた。
確かに燃えていない場所まで、魔力の活性化で不自然に赤く、それは『煉獄』の魔法が施された空間に似ていた。
その後、シズさんやオレ達の魔力は、『煉獄』とブレスや炎の魔法の乱れ打ちを二回行うには足りていないが、その分はノヴァ空軍の人達や『ダブル」達に余力があったので補ってもらった。
なお、亡者となったもと魔物達は見境無しだったが、近寄らない限り害は無かった。
どうやら人や飛龍などより、近くの魔物と魔物の残骸の方が、無理矢理亡者とされた魔物の成れの果てにとっては美味しい獲物だった。
それに知性もなさそうだし、移動力が低く、鬼ごっこをしても負ける要素がないほどだ。
またスライム状の巨大な魔力の化け物と対戦かと思っていたので、はっきり言って拍子抜けだし当然オレの出番もなかった。
さすがのオレも、この状況で亡者の中に突っ込みたくもない。
そしてオレ達の代わりに損害を受けていたのは、退路の手前で暴れる亡者の群れの側を取らないといけないボロボロの魔物達の方で、どんどん取り込まれて亡者の方はお仲間を増やしていた。
しかも取り込みすぎて、中には何だか分からないグログロな姿の亡者とも魔物とも言えない姿を取るものもあった。
そしておつむが空っぽなのか、激しい炎が迫っても逃げたりもせず、そのうちこちらが仕掛けた炎に飲み込まれていった。
ついでに言えば、ボスキャラもしくは指揮官らしい魔物と出逢う事はついに無かった。
同胞を亡者とした奴も姿を見せずじまいだ。
外道なヤツは、悪役を名乗る気もないチキン野郎でもあるようだった。
「意外に呆気なかったな」
戦闘も終わろうとしている時、指揮官として突っ立っているとハルカさんが近づいて来たので、何となく言葉が出てきた。
「どっちが? 魔物の群れ? 亡者化した魔物?」
「どっちかって言うと亡者の方かな」
「亡者になると、魔物でも燃えやすいって事なんでしょうね。亡者は水分嫌いだから」
「その言い方だと今までこういう事は無かった?」
顔ごと首を向けると、彼女は軽く肩を竦める。
「さっきも言ったでしょ」
「そうだったな。じゃあ、もしかしたら人の魔法使いが関わっていたのかもな」
「道を外した魔法使いが悪魔と手を組むっていうのは物語だとありがちネタだけど、少なくとも私は実際に出くわした事ないわ」
「そりゃ何より。ていうかさ、亡者を作り出す魔法があるとか初耳だ」
オレにとって初耳ネタだけど、ハルカさんは冷めていた。
神官なら目の敵にしても良さそうなのにと思っていると、そのまま解説してくれた。
「あんまりメリットないから、稀にいてもマッド・サイエンティストみたいなイメージね。神殿も積極的に探したりしないくらいよ。
亡者は制御が難しいし、自分が吸血鬼とか不死の存在になれたりするわけじゃないのよ。普通、人が不老を目指すなら、魔力集めて妖人を目指すわ」
「なるほどね。それはともかく、ボスキャラも出そうにないし、そろそろ引き上げるか」
「そうね。動いてるものもいないし、魔力も拡散してるものね」
「魔力かあ。なんかまた魔力を無駄に稼いだ気がするなあ」
「あ……そうかも。神殿で気をつけないと」
半ば傍観者だったオレとハルカさんの締まらない会話が、その戦いの締めとなった。





