285「報告(1)」
ノヴァトキオの北に広がる魔の大樹海の外縁での大規模な戦闘から一夜明けた次の日、オレ達も活動を続けていた。
とは言え、オレは昨日ボロボロにされたので、半日ほどは安静に置かれていた。
しかし、負傷のすぐ後に一度癒してもらっていたのと、ハルカさんとドワーフのラルドさんの治癒魔法お陰で、起きた時には傷自体はすっかり良くなっていた。
加えて、出血やスタミナの消耗は意外に少なかったようなので、昼食後には普通に動けるようになっていた。
こういうところは、本当に治癒魔法の偉大さを感じる。なにしろ普通なら、全治数か月どころか命を落としていたくらいの怪我だったのだ。
昨日負傷した悠里の相棒の雷龍のライムも、オレと同じように総出で治癒魔法を施したお陰で朝には元気いっぱいで、朝からみんなと偵察に飛び立っていた。
ドラゴンの復活が早いのは、主に魔力で活動する存在なので、体の構成などが違うかららしい。
そして他のエルブルス辺境伯領から連れてきた警備隊の人たちも、それぞれ朝から偵察に出ていた。
一方、ここの家主のゴーレムマスターを名乗る錬金術が得意なレイ博士は、午前中に独りでに戦場から戻ってきたゴーレム達の整備で、昼からずっと工房に籠りきりだ。
もちろん、レイ博士の相棒というか愛妾とも言えるロリッ娘猫耳フレンチメイド姿のゴーレムのスミレさんも、博士と一緒にゴーレムの整備をしている。
整備の時は、メイド姿じゃなくて整備士っぽい繋ぎ姿になるが、普段からこっちの方が色々と良いのではと思ってしまう。
そういう訳で、ボクっ娘と悠里が魔の大樹海の偵察の時に出くわしたドラゴンを引っ張って来た時、いつものメンツが迎え撃つことになった。
相手は下級悪魔が操る飛龍という構成の竜騎兵で、最低でもAランクの強さがあったが、こちらは軒並み格上のSランクなので呆気なく撃退することができた。
オレ自身も三ヶ月前では考えられないくらいに強くなっていて、隔世の感ありと思えるほどだ。
「魔石、こんなにあったんだ」
「この二週間ほど、普通じゃ考えられないくらいの悪魔や龍を倒しまくったからねー」
悠里とボクっ娘が半ばあきれるように、一度集めてみた魔石の数はかなりの数だ。
その上、古くは10日ほど前から今しがたにかけて、悪魔や魔物から回収したマジックアイテムも少なくない。
一連の経緯を再確認するついでに時系列ごとにまとめて机に並べてみたが、ノヴァに来てからこっち、大物と戦ってばかりだ。
「ゼノを除くと、上級悪魔3、下級悪魔12、飛龍4、地龍10、グリフォン10。龍は二つあるから、魔石は合計53個だな。他に悪魔や魔物が持っていた魔道器が、約30点ある」
まとめた表を見ながら、シズさんが冷静に集計結果を発表したが、それぞれの溜息で小さなどよめきとなった。
そんな中、一人冷静なままシズさんが、オレに視線を向けてくる。
「それでショウ、これをどうする?」
「エルブルスで手に入れた分を含めて、功績を挙げた人に分配でいいと思いますけど」
「それはなりません領主ショウ様。家臣と一族、ご友人はそれぞれ分けて御考え下さい」
(そうか、そういう配慮もいるのか……とはいえ、旅でそんなに持ち歩けないしな)
竜騎兵を率いる竜人のガトウさんの言葉を考えつつ、シズさん、ハルカさんに視線を向けると、シズさんが数枚の紙を渡してくれた。
誰がどんな功績を挙げたのかと、その順位や序列、さらに一口メモまで書かれている。
表になっているので、めっちゃ見やすい。
流石、以前国に仕えていただけのことはあると感心させられてしまう。
けど今は、感心するより活用する時だ。
「それじゃあ、今回の皆さんの功績を家臣、一族、友人の関係も踏まえて判断して、それに応じて分け与えたいと思います」
「まあ、そんなとこだな。ただし、坊主や嬢ちゃん達だけで倒した分を数に入れない様にな」
「それは功績に対する褒美として渡しますよ」
「なるほど。それなら心置きなく貰えるってもんだ」
大柄な狼獣人のホランさんが、凶暴そうな歯並びを見せつつガハハっと豪快に笑う。
獣人達だけでなくエルブルス警備隊の将軍もしているので、そうしたところからの発言だろう。
「我ら竜騎兵に、過剰な文物は無用なものですが」
「けど、戦うなら質のいい魔石や魔道器はあった方がいいでしょう」
「おっしゃる通りです、領主ショウ様」
「まあ、道具の方の大きさの調整なんかはワシらがするから任せとけ」
「その折はお願いします」
対して、真面目というか無欲な竜人のガトウさんだけど、竜人は文物よりも役割や名誉が褒美や報酬には良いらしいので、その辺も考えておかないといけないらしい。
そしてもう一人の家臣でドワーフのラルドさんだけど、治癒職の評価も難しいところだ。
もっとも当人は、今いるレイ博士の屋敷の滞在許可を褒美に欲しがっているらしい。
技術にうるさいドワーフが気にいるほどのものが、レイ博士のゴーレム工房にはあるようだ。
もっとも、今オレ達がいる館の主は、この場にはいない。
リビングとしている広いホールを借り切っているが、当人とスミレさんは工房に籠りっきりだ。
元が趣味人であり職人肌なので、しばらく出てこないだろうというのが、以前からの知人のハルカさん、シズさんの言だ。
そして、そう聞いていたのだけど、ホール扉をわざわざノックしてそのレイ博士が入ってきた。
しかし、いつも一緒のスミレさんの姿がない。
「門番ゴーレムが、客人が飛馬で来たと言うておる。今、スミレを迎えにやらせているが、まあノヴァの連中だろう」
その言葉にそれぞれがそれぞれに視線を向けて、回答を得ようとする。
やはり最初に口を開いたのはシズさんだ。
「会えば分かるだろう。それに文句を言われても、多少の取引材料は用意してある」
「その為の今朝の偵察だものね」
「昨日手に入れた情報や魔道具も取引材料になりますよね」
「そう言えば、その話は聞いていなかったな」
オレの言葉にシズさんが少し眉をひそめて考え込んだけど、話す時間は与えられなかった。
スミレさんが「ノヴァトキオのジン議員と、冒険者ギルドのリン様がお越しです」と、伝えに来たからだ。
「随分派手な事をしてくれたね」
広間に入るなりジン議員が、話を切り出してきた。隣のリンさんもあまり良い表情はしていない。
「ま、まあ、掛けるが良いぞ。コーヒーもすぐに用意させる。スミレの淹れたカプチーノは格別であるぞ」
一応家主のレイ博士がそう言うのを待たずに、部屋の中央の席に着いてしまう。
流石にそれは少し失礼だろうと思うが、怒っているポーズを見せているのかもしれない。
シズさんが目配せして、ジン議員の対面に座る。
リンさんの前には、知り合いもしくは友人のハルカさんが席に着く。
自然オレは、中央ではなくシズさんのとなりに着席する。
一方他の人たちは、ほとんどが部屋を出て行く。
他に部屋に残ったのは、レイ博士とボクっ娘、それに悠里も残っていた。
とは言え、ボクっ娘と悠里は中央のテーブルには着かずに、部屋の端のソファーに座っている。オレ達と同じテーブルに着いたのは、あとはレイ博士だけだ。
そしてシズさんが二人、特にジン議員に視線を据えて口を開いた。
「まず最初に申し上げておくが、森林火災の事を問う気なら、あれは不可抗力だ。戦闘での龍の咆哮や魔法で起きた火災が、一気に燃え広がったものだからな」
その言葉にジン議員の目がスーッと細くなる。
「火災は作為や故意ではなく、偶然の事故で想定外だったと?」
「そうだ。我々もそのうち消えるだろうと思い、魔物を追って転戦しているうちに燃え広がっていた」
事前に決めていた事だけど、全くの嘘を真実として言い切ってしまう胆力は凄い。
オレなんか、表情に出ないように努力するので精一杯だ。
ボクっ娘や悠里は、嘘がバレたらダメなので遠くに居る筈だ。普通なら、ボクっ娘は側で聞いているだろうからだ。
そして言い始めた以上、嘘とバレない限り押し通すしかない。
向こうも、信じているとは言い難い雰囲気だ。
「複数箇所で同時って言う証言もあるのだけれど?」
「たまたま、火災が大きくなったタイミングが同じだっただけだ。それにあの火災の拡大には別の原因がある」
「ほう、お聞きしても?」
「もちろんだ」
シズさんは『ダブル』ではないと思われているので、二人も少し遠慮がちだ。
「炎の魔法や竜の咆哮に魔の大樹海に澱む魔力が反応もしくは同調し、燃え広がったのではないかと、私は見ている」
「そんな事が起こりうるのですか?」
「私も初めての体験だ。けど、自然の火災としては不自然すぎるし、実際に何もしていないのに火災が起きた場所には魔力の活性化が見られた。
恐らくだけど、澱んだ魔力が具体的な命令を与えられた大量の魔力に触れて、何らかの類似した反応を示したのだと考えられる」
そこで二人も少し考え込む。
「今まで散々『ダブル』が樹海で魔法を使っているけど、確かにあなた程の使い手や炎龍がまとめて暴れる事は無かったものね」
「魔法の専門家、しかも『煉獄』の使い手がそう言うのなら、可能性は高そうだね」
『煉獄』の魔法は旧ノール王国で使ったことしか他の『ダブル』は知らない筈なので、もうあそこでの話が伝わっている。
そしてシズさんが話したように、こっちもその事も織り込み済みだ。
「信じてもらえて嬉しいよ。そして魔力の活性化は事実だ。そちらで専門家に調べてもらっても、同じ結果が出るだろう。
それに、これほど澱んだ魔力の濃い森は他にない。しかも魔の大樹海は、オクシデント最大の大森林だ。正直なところ、今後何が起きるか全く予測がつかない」
「そして魔力が起こしている火災だけに自然鎮火しない、と」
ジン議員の目がスーッと細くなる。見た目を裏切らず理解が早い。オレだったら、もっと説明されてないと分からなかっただろう。
「その可能性も十分にある。うまくいけば、あの辺りの魔物どもは狂った森ごと火災が一掃してくれるだろう。だから、森から魔物が溢れた場合の対処と、焼け野原となった後の事を今から考えておくべきかもな」
「心しよう。まあ、不慮の事態なら仕方あるまい。ただ」
その言葉にはオレが答えないといけない。二人の視線もそう言っている。
「分かっています。事故とはいえオレ達が起こした事です。その事でノヴァにマイナスがあったのなら、その分のノヴァからエルブルス領への褒美などは、もしあったとしても辞退します。結果として迷惑かけるわけですから」
「そちらからそう言ってもらえると、こちらも助かるよ」
「でも、結果論だけど、失策どころか大手柄に等しいわね。火災のおかげで魔物の主力は退路を断たれて、ほぼ一掃できたわ。火竜公女さんなんて大絶賛よ」
リンさんの言葉で、全体の雰囲気が軽くなった。
二人もあまり問い詰める気は無かったようだ。
形式上、もしくは他の『ダブル』、特にオレ達に反発している人たち向けのパフォーマンスから来たと考える方が自然だろう。





