279「悪魔の殲滅(1)」
魔法を強制中断させ飛び降りるべきか決断する直前、頭上から白い影が殺到してきた。
しかも轟音と暴風は一瞬後からやってくる。
そして次の瞬間、ピンポイントにその白い影が作り出した多くの魔力を含んだ衝撃が、すでに人型を止め巨大な不定形体となった化け物に叩きつけられる。
「ゴウッ!」とか「ボヴァッ!」という擬音をすごく大きくしたような音が周囲に轟き、盛大な土煙も巻き上がる。
すでに原型を留めず巨大なスライム状になっていた元ゼノも、ひしゃげた上に各所がバラバラに千切れている。
とはいえ、すぐにアメーバーのようにくっつき始めているので、潰すだけではダメなのが一目瞭然となった。
なお白い影は、勿論ヴァイスだ。
そして二人を乗せたヴァイスは、すぐにも小気味よい飛行で、おぼつかない飛び方のライムの横に付ける。
「騎兵隊さんじょー、でよかったのかな?」
「なんだアレは? ハーケンで見た化け物に似ているが?」
「悪魔ゼノの成れの果てです」
「うへーっ、また第二形態?」
「けどあれは、雰囲気や気配がハーケンの化け物以上にウルズで戦った『魔女の亡霊』に似てるわ」
シズさんにウルズの事を言ったのを目で謝罪しつつ、ハルカさんが思ったことを口にする。
その意見にはオレも賛成なので、二人に頷いて見せた。
シズさんも一度瞑目するも、魔女という言葉に対して何も口にはしない。
「そうか。なら、放置するわけにもいかないな」
「けど、こっちには強い攻撃手段がもう殆どありません」
「ヴァイスも今ので大技は打ち止めだよ」
シズさんの声に二人の飛行職が答えるが、地表の化け物を前に少し不安げだ。
「今のはだいぶ効いたみたいだぞ。いい時間稼ぎにもなった」
「本当に助かったわ、レナ」
「ウン。ナイスタイミング。ちょー焦った!」
「エヘヘ、ヒーローは遅れて現れるってね」
オレ達の礼に、ボクっ娘が照れ笑いだ。
それと、なんだかヴァイスも同じような反応をしているのか、少し不安定に揺れている。
「それでだが、私はまだ大丈夫だ。龍石もある。時間があれば『熱核陣』を見舞ってやるのだが」
シズさんの言葉に、みんなが再び残りの戦闘力などを考え始める。
「ライムは、ブレスならもう一回くらい大丈夫だって」
「私は、魔力はあるけど『轟爆陣』の触媒がないわ」
「魔力だけなら、オレもあるんだけどな」
「あ、何か来るよ」
化け物と化したゼノの上空で相談していると、複数の竜騎兵が近づいてきた。中央に赤く大きな炎龍がいるので、火竜公女さんで間違いない。
さしずめ、ノヴァの追撃部隊といったところだろうか。
数は6騎いる。
さらに別方向からも同じく炎龍、火竜公女さんのテスタロッサよりやや小柄なガトウさんのドラゴンとエルブルスの竜騎兵達も近づいてくる。
飛行戦力は、こういう時の移動と集合が早いのが最大の利点だろう。
「助太刀が必要かしら?」
火竜公女さんが、地表の化け物を眺めつつ悠然と問いかけてくる。
随分余裕があるように見えるが、乗騎のテスタロッサもお供の竜騎兵たちも戦いで薄汚れているし、小さな負傷をしている飛龍もいる。
今までの戦いは、決して余裕があったわけではないのだろう。けど火竜公女は、演技としての余裕を維持し続けている。
戦場でこの姿勢は、相当の胆力だと感心するしかない。
ならば、こちらもそれに応えないといけないだろう。
「見ての通り持て余しているので、手を貸して頂けますか?」
「エルブルスの領主様の頼みとあれば、貸さないわけにはいかないわね。それで、どうされるお積もり?」
仕草が女性らしいのに戦場の雰囲気を壊さないのは、何か秘訣があるのか。半ば成り行きで領主になった身としては、参考にしたい気もする。
それよりも、今は情報を伝えないといけない。このパターンは、今まで2度ほど出くわしたパターンだ。
「多分あの化け物は、周辺の魔物や魔力持ち、もしくはその死体を取り込んで大きくなります。もう、沢山の魔物の残骸を取り込んでます」
「あらやだ。スライムみたいね。しかも特大サイズの」
「もっとタチが悪いですよ。とにかく、『熱核陣』で消し飛ばすので、その準備時間を稼ぐのと広がりを防ぐために、魔法やドラゴンブレスで抑え込めないかと思ってます」
「なら来て正解ね。で、あの破壊跡はソニックボミング?」
「バスターくらいだね。でもボクらはもう打ち止め。ボクとこの子の魔力は、飛ぶので精一杯」
「あらそうなの。とはいえ、代わりにデブハゲ元帥を呼んでいる時間もないし、皆さんでかかりましょう。で、そちらの魔法使いは何人いて?」
一度、視線を連れてきた部下達に送る。
それぞれ背には魔法使いか弓兵を乗せてきているので、十分支援になるだろう。
「獣人が何名か。あと私くらいよ。ただ私は、」
「分かってるわ。回復職だもの、温存しておいて。こちらも魔石はもう少ないの」
「それじゃあ攻撃は、男爵婦人達にお任せするわ」
「任されましたわ」
ハルカさんの火竜公女さんとの間には、微妙な緊張感があるような気がする。けど、オレが関わるような事でないのは確かだ。
恐らくノヴァ内での力感系や人間関係に関わりそうだ。
しかしそれは後の事。今は、眼下の化け物の殲滅だ。
「それじゃあ皆さん、周囲に散開して押さえ込むように魔法とブレスを叩きつけて下さいな」
火竜公女さんの言葉にみんなが頷き、さらに火竜公女さんは部下の人たち一人一人に顔を向け微笑む。
こうやってイケメン龍騎士達をコントロールしているのだろう。
「皆さんお願いね。名乗り出た順に、時計回りの場所に陣取ってくださいな。弓と投げ槍組は、皆さんの護衛と、万が一に備えて下さいな。それと、私は最後にさせてきただきますわね」
「魔法とブレスを放つのは、全部で何組になる?」
シズさんの問いかけに、多くの物が周囲に首を巡らせる。
最初に答えに到達したのは火竜公女さんだ。
「えーっと、合わせると7組でいいかしら」
「ならば攻撃した後は、私が投光の魔法で場所を示すので、化け物を中心とした八角形の頂点で待機してくれ。私を含めて3か所以上を占められるなら、ドラゴンそのものとそれぞれが持つ魔導器が魔法の補助に使える」
「だそうですわ、皆さん。散開して攻撃した後は、指示通りなるべく正確に八芒星の頂点に陣取って下さいな」
「それでは一番手は私が、真北より攻撃します」
飛来したばかりのガトウさんが乗騎の炎龍を巧みに操り、すぐにも攻撃進路に乗る。
やっと追いついて来たホランさんにも、ボクっ娘が状況を素早く伝える。
またボクっ娘は、攻撃が始まるまでに少し上空に陣取るべく上空へと舞い上がり、周辺に目を光らせる。
その間に、他のドラゴン達が順番を決めつつ、順次北から時計回りの位置に付いていく。
順番的には、ガトウさん、家臣の竜騎兵と第二列の魔法が使える獣人のコンビが1組、ホランさん、悠里、ノヴァの竜騎兵と魔法使いが2組、それに火竜公女さんだ。
戦士職のホランさんは何をするのかと思ったが、オレが今まで気づかなかっただけで実は魔法剣士だった。豪快な湾曲した魔法の剣から、ヴァイスには及ばないながらも、豪快なソニックブーム(音速衝撃波)が飛び出した。
そうして行われた攻撃は今までにないほど苛烈だったが、それでも不定形の化け物となって肥大化しつつあるゼノを抑えるので精一杯だ。
沢山の魔物の残骸と魔木を取り込んでいるので、大きさは20メートル以上に広がっている。
「かーっ! 俺の切り札が甘噛み程度にしか効かねえのかよ!」と言うホランさんの言葉が、多くを物語っていた。
そして一角の地表には、シズさんとオレ達が陣取る。オレはいつもの魔力タンク役だ。
護衛自体は、シズさん前でアイとクロがしている。
魔法陣は、シズさんの前に順々に1つまた1つと出現する。それに連動して、残り7ヶ所に陣取っているドラゴン達の周りにも、魔法陣が浮き上がる。
そしてそれらを全て繋ぐように、50メートル近い四角形を二つ合わせたような巨大な八芒星の魔法陣も出現する。
また、ハルカさんが魔法構築の補助をしているので、その魔法陣も別個に3重のものが浮かんでいる。
そして5段重ねの複雑な魔法陣が完成すると、静かにしかし強い意志を込めた眼が開かれる。
そしてシズさんの頭上で形成されていた、かなりの大きさの気流で包み込まれた球体が、少しゆっくり目の速度で化け物の前に到達すると弾けて派手に拡散。シズさんの言葉とともに、魔力と化学反応が合わさった猛烈な熱と爆発が発生する。





