270「新たなゴーレム隊(2)」
「ほう。言うだけあって、流石に速いな」
「うむ。森の中でも時速4から5キロ出る。明日の朝には、十分に目的地に到着予定だ」
「何をさせるの?」
「今言った通りだ。進軍しながらの魔物の掃討以外命じておらん。というか、流石に無理だ。頭の魔石にパッケージされた命令や地図を組み込むのも、簡単ではないのだぞ」
「だろうな。しかし、十分に大したものだ。ゴーレムマスターの二つ名は伊達ではないな」
「うむ! 伊達ではないぞ」
ラルドさんが言った「伊達ではない」というフレーズがお気に入りらしい。やたらと強く反芻している。
もっとも「伊達」と言うのは日本語だから、そういうニュアンスで聞こえているだけなのだそうだ。
そして博士の話には続きがあった。
「しかも、これで終わりではないぞ! シズ君に託された例のキューブを覚えているかな?」
「何か分かったのか? いや、反応があったのだな」
「フッフッフッ、流石察しがいいな。ゴーレム用のものを改良した魔法陣を使って大量の魔力を注いでみると、起動に成功したのだ。しかもそれだけじゃないぞ」
「もったいぶらずに言え」
「慌てるな慌てるな、今見せてやる。スミレ」
レイ博士がそう言うと、台車に乗せられた甲冑のようなものをスミレさんが運んでくる。
全身甲冑だけど細身で、人が装着するものと形状も違っている。有り体に言えば、人型サイズのロボット、もしくは人に似せたロボットだ。デザインが少しSFっぽい。
そしてそのそばに、深い青色のキューブが置かれているが、活性化した魔力で淡く輝いている。
「確かに強く光っているな。で、その鎧は何に使う? スミレのような事をさせるのか」
「吾輩も最初はそれを狙ったのだがな、内骨格はダメだったので次善の策を試してみようと思っている」
「つまり、今から実験するのか?」
「試験はもうクリアしている。本番用の体のサイズや諸々の調整に手間取った上に、今回の遠征に一応顔を出せと言われてた上に、他の仕事をさせられていたせいで、完成させられなかったのだ」
「ここでするという事は、ゴーレム化か?」
「まあ似たようなものだな。ささ、もう一度起動を手伝ってくれ」
そう言って3人を両手で急かして、もう一度ゴーレム起動の魔法を行使する。
今度は魔法陣の中心に鎧を置き、キューブは鎧の胸を開けた中に設置する。
そして魔法の発動と共に大量の魔力が注がれ、そして鎧の仮面の下の魔石が、他のゴーレムと同じように輝く。
しかもそれで終わらず、甲冑の内部を他の2つのキューブが、人になる時に見せるようなドロドロした魔力の塊のような物が駆け巡って、そして内部を筋肉のように覆ってしまう。
そして全てが完了すると、ゴーレムとは思えないスムーズさで立ち上がった。
「起動完了だ。さあ、己が主人の元へ跪くが良い!」
相変わらず無駄にいい声で、ゴーレムに命じる。
そうするとレイ博士に一礼して歩き始めると、シズさんの前で騎士のように膝を折った。
いや、何も知らなければ、普通に騎士で通りそうだ。
しかしよく見ると、女性の形をしている。
一見すると、甲冑を脱げばさぞスタイルの良さそうな女性だと勘違いするのではないだろうか。
そしてその甲冑から、声が響いてきた。
「私をあの牢獄よりお救い頂き、誠にありがとう御座いました。遅れましたが、心より御礼申し上げます。
私からは何も差し上げることは出来ず、また未だ力を全て行使出来るわけではございませんが、まずは私の忠誠をお受け取りくださいませ」
「救ったというなら、私だけではない。乗っ取った化け物から直接解き放ったのはそこの男になるが、私で構わないのか?」
「もちろん他の方々にもご恩はございますが、あなた様が居なければ私は再びあの牢獄に繋ぎとめられていた事でしょう」
「なるほど。分かった、私はシズ。お前は、そうだなアイと名付けよう、藍色のアイだ」
「忠誠を受け取ってくださるばかりか、素晴らしいお名前を頂き、このアイ感激に本体が打ち震えてございます」
確かに胸のあたりが振動している。
意外に分かりやすい。
「うん。ところでアイは何ができる。そこのクロは『客人』の体の創造を、そこのスミレは物品の創造ができる。アイはそのどちらかか?」
「いいえ違います。私の本来の役割は魔力の収集と選別、さらに供給になります。ですが長期間にわたり間違った使い方をされていたため、現在機能を修復中です」
「その機能は元に戻るのだな」
「現状では期日は不明ですが、必ず。また今は外骨格をご用意して頂きましたが、機能回復後にはそれも不要になります。それまでは、この仮初めの体にて奉仕させて頂きたく存じます」
「そうか。どちらもよろしく頼む。それでレイ博士、現状のアイの能力は?」
シズさんの問いに、レイ博士がいかにもな感じで考える仕草を見せる。
ただこれには演技臭さはないので、本来のもののようだ。今ひとつ判り難い人だ。
「そうだなあ、戦闘力はAランクの下程度と思った方がいい。スミレも骨格を用意したり魔力の供給とか色々してみたが、戦闘力は頭打ちだった。
それに今は甲冑で外から人型を固定している形になるが、甲冑の強度自体は普通だ。それに取り替えることも可能だ。あと、その甲冑では細かい作業はあまり期待せんでくれ」
博士が腕組みしつつ、自分にも言い聞かせるように話す。この辺りは技術者っぽい。シズさんもそれを素直に聞いている。
こういう面では、博士がちゃんと信頼されているのが分かる情景だ。
「つまり戦闘、いや護衛をして貰えばいいわけだな」
「後は荷物運びくらいだな」
「至らぬ身ではありますが、何なりとご命令を」
そう言って跪いたまま、また頭を下げる。
「私は接近戦が苦手だ。護衛をしてくれると助かる」
「畏まりました。片時も離れずお勤めを果たさせていただきます」
「ああ、宜しく頼む。ところで、キューブ状には戻れるのか?」
「可能です。しかし現状では会話すら出来かねます」
頭を上げる姿が、このままの姿で尽くさせてくれと語っているようだった。
マジックアイテムだけど、こういうところはクロと同じでどこか人間くさい。
「了解だ。あと、お前が奪われたりしたら事だ。決して他者に悟られず、また奪われたりしないように。これも命令だ」
「畏まりました」
一通り聞いて、シズさん的には満足したようだ。
ただ新しいキューブの人型は、甲冑で覆われていて女性型という以外、どんな姿なのかが分からないのは少し残念だ。
そしてその体を、ラルドさんが興味深げにしげしげと近くで見入っている。
対して、説明を聞いていただけのハルカさんは、半ば他人事な雰囲気だ。
「とにかく、強い護衛が増えたのは心強いわね」
「うん。けど、誰が何に乗るのか、シフトとか配置も考えないとな」
「少なくとも、明日の戦場への移動はクロも人化させると定員はほぼ一杯だな」
シズさんの言う通り、ヴァイスには5人、ライムには4人で定員一杯だ。
「レナと悠里が文句言いそう」
「まあ、二人の説得はお願いね」
「えーっ」
「戦闘が終わるまでは、ちゃんと領主様らしい事してね」
「うっ、分かった」
戦力は増えれば、それだけ厄介ごとも増えるかのようだった。





