269「新たなゴーレム隊(1)」
「フフフフフッ、諸君らは運が良い!」
学校の運動場に集会用に置かれている壇上のような場所で、レイ博士が芝居ががった笑い声を響かせていた。
場所は屋敷内のやたらと大きな倉庫のような工房。
目の前には、バスケットコートの白線は引かれていないが、代わりに巨大で複雑な魔法陣がある。
そしてその周囲には、体長3メートルほどもある少し大きいサイズの変わった造形のゴーレムが、目覚めの時を待って作業用ベッドのような台座にそれぞれ寝かされている。
「いいから、早く動かせ!」
レイ博士のノリノリの言葉を、シズさんがピシャリと中断させる。
「す、少しくらい良いではないか。最新型ゴーレムのお披露目だぞ」
「観衆が私達だけだから、意味ないでしょう」
「皆様のおっしゃる通りです。元主人様、意味のない戯言は後にして下さいませ」
ハルカさんは半目状態で、あからさまに面倒くさいと顔に書いてある。
スミレさんも平常運転だ。もう、レイ博士には同情しかない。
しかし一人例外がいた。
「いや、大したもんだレイ博士。これだけの岩巨人を一人で作りあげ、今からこれを一度に動かそうというのだろう。ワシらの部族に迎え入れたいくらいだ」
ドワーフのラルドさんは、表情も大絶賛だ。
ただ、目の前に12体ある動き出すのを待っているゴーレムは、この世界の様式美から外れた姿をしている。
一世代か二世代前のオタクが好むロボットのデザインラインが、今まで見てきたゴーレムよりもさらに強い。
ぶっちゃけ、著作権に引っかかりそうなデザインだ。
「そ、そうか? まあ形を整えるのはノヴァの職人に頼んだものも多いのだし、製作の一部は吾輩の同志やスミレに手伝ってもらったのだがな。いや、そうか、そんなにすごいのか吾輩」
言葉の後半は小声だけど、めっちゃ嬉しそうだ。
これだけの事ができてノヴァでは蔑ろにされがちって、どれだけ冷遇されているかと考えると不憫だ。
この構図は、アメリカンハイスクールのジョックとナードの関係みたいだ。
まあ、ここは技術を愛する人がいたお陰で、レイ博士のテンションは完全に持ち直していた。
「では、見えるが良い! 吾輩の最新作に命が吹き込まれるその瞬間を!」
そう叫ぶと、派手に両腕を意味ありげに動かしてポーズをとった後で、突然のように精神集中へと移行していく。
両腕の妙な動きは、魔力を放ったのでも魔法陣を描いたのでもないので、オタクマインド的な何かだろうとしか分からない。
しかし精神集中は本物で、すぐにも石畳の地面に描かれていた巨大な魔法陣が輝き始める。
そしてそこに設置されていた大量の魔石から膨大な魔力が注がれる。
魔法の構築にはスミレさんも同調しているらしく、さらに否定的だったシズさんとハルカさんも構築に協力している。もちろんラルドさんも。
この協力をする為に魔法陣の一角に長時間立たされていたのだから、女性二人のレイ博士への冷淡な態度も分からなくもない。
かくいうオレも、魔力タンク代わりとしてレイ博士のそばに立っている。
しかし高位の魔法使いが協力した魔法陣は、大規模かつ急速に形成されていく。
魔法陣の数自体は5つにもなり、最上級の難易度を有する第五列魔法だということを雄弁に伝えていた。
重度のオタクでロリコン趣味のレイ博士だけど、魔法使いとしての腕は本物だ。
しかもこれ程となると、『ダブル』だけでなくこの世界でも屈指の腕前なのだそうだ。
そうして長い魔法の構築が完成すると、周囲にあった大量の魔力はその周囲に置かれていた12体のゴーレムの額と胸に埋め込まれた魔石に吸収されていく。
そして今度は、それぞれのゴーレムの魔石からゴーレムの体中に魔力が供給されていく。
ゴーレムの誕生の瞬間だ。
最新型のゴーレムは、単に石を積み上げたような形状ではなく、人でいう関節など稼働する場所がそれっぽい形をしている。
強度とか大丈夫なのかと思うが、強度が必要な箇所は金属でできていた。
よく見れば、手も何かの金属で出来ていたり、金属製の鎧のようなパーツもある。
これにより、ファンタジックな稼働に必要な魔力使用量を減らしているらしい。
そして全体の造形がやたらとよく出来ていると思ったら、岩ではなく強度を強めたコンクリートで各パーツを成形したのだそうだ。しかも鉄筋入りなので、すごく丈夫だ。
つまり目の前の12体のゴーレムは、鉄筋コンクリートゴーレムという事になる。
現代技術を使用しているので、ある意味チートだ。
ただ、全体として受ける印象は、大きなプラモデルだった。
そしてその鉄筋コンクリートゴーレムが動き出して、行儀よく博士の前に整列していく。
動きがかなり滑らかだ。
「完成しましたね」
「君、そこは『目覚めた』と表現してもらいたいところだな」
「ノリノリですね」
「うむ。いつもこの瞬間が堪らない。特に今回は、試作品だから好きにして良いという事で、造形にこだわったからな」
本当に満足そうな笑みを浮かべている。
その笑顔を見るだけで、オレもこれくらい打ち込める何かが欲しいとすら思えてしまう。
そしてそこまで満足しているのなら、どのくらいのものなのか知りたいところだ。
「強さはどのくらいですか?」
「そうだな、吾輩的にはBランクあると見ている。オーガくらいなら1対複数でも相手できる筈だ」
確かに見た目は強そうだし、体つきが普通の岩巨人ではない。
「機敏そうですもんね」
「うむ。プラモデルの技術を応用したが、ここまで上手くいくとはな」
「それに素手じゃないんですね。ゴーレムのお約束はいいんですか?」
「本当はビームサーベルにしたかったのだがな」
オレには理解できない単語だったが、言葉からある程度予想はついたので、それよりも気になった事を口にする。
「このサイズなら、鉄製でも十分強力でしょう」
「ウム。鉄だけで作るとサビの問題とか後のメンテが少し面倒なのだけど、人と同じ手持ち武装が持てるので、このような事も可能なのだ。命令を与えれば、他の武器を持たせる事も出来るぞ」
「そういうのがアリなら、全身も鉄の鎧とかで覆うのもアリなんじゃあ?」
何となく聞いてみたが、思う所があるのか腕組みながらとなった。
「こいつらは試作だし、自律的に森の奥で魔物を狩るために作り出したゴーレムだから、出来るだけ整備いらずにしてある。それに鉄筋コンクリートだから、体の修理も楽チンだ」
出来栄えに目を細め、博士はとても満足げだ。
「それで、今完成させたはいいけど、どうするの?」
「ものは凄いが、流石に連れては行けんよなあ」
「やはりここの警備を増やすのかの?」
魔法が終わったので、レイ博士のもとに3人が集まってくる。
ゴーレムが動き出したというのに、女性陣はまだ非難がましい。
少しは、目をキラキラさせているラルドさんを見習ってもいいと思えてしまう。
「心配ご無用。今言ったように、こ奴らは自律性が高い上に、戦闘力も高い」
「とは言え、ゴーレムだ。足は遅いだろう」
「うむ。ゆえに、今より命じて作戦地点に向かわせる」
「単独で? 大丈夫なの?」
「そのために作った。さあ、新たな我が子らよ、この地点まで赴くが良い。そして道中共々、邪魔立てする魔物どもに恐怖を振り撒いてくるのだ!」
レイ博士が地図を示しつつ芝居がかって命じると、頭の目の位置にある魔石が「ビンっ!」という感じで強く輝き、1体また1体と動き出し、2列縦隊を組んで歩み始める。
その速度は人が歩くくらいだけど、ゴーレムとして見れば確かに速い。





