257「空からの強襲(1)」
「海峡が見えてきた。もう直ぐノヴァだよ!」
ヴァイスを寄せてきたボクっ娘の言葉に、ライムに乗る悠里、ハルカさん、そしてオレは視線をその先に向ける。
「もう少し近づいたら、予定通り雁行に並び替えよう!」
「オーキードーキー! 伝えてくるねー!」
そう言って離れ、それぞれの3騎編隊に順番に飛んでいく。
大きいとは言え鳥なので、空での細やかな動きはドラゴンよりずっと向いている。
そうして雁行編隊に組み直した頃に、空に飛んでいる大きな鳥のようなものが近づいてくるのが分かった。
「あれ、翼竜だよな」
「ノヴァの空軍だと思うわ。友好の合図を送って」
「分かりました」
悠里はそのままライムの鱗の少し下の方を撫でて、ドラゴンを操るための言葉とも言えない特殊な言葉を口にする。
そうするとライム、蒼い鱗を持つ大柄の飛龍が大きな翼を軽く上下に振る。
それを合図に、編隊を組んでいる他の飛龍とヴァイスも翼を上下に振った。
それを二、三度繰り返すと、向かってくる翼竜も翼を上下に振る。
これで最低限の空の挨拶は終了だ。
向かってくる翼竜も安心したような雰囲気が感じ取れ、交差する間際に翼を翻してライムの横に並ぶ。
「どこの物か!」
「エルブルス辺境伯領の警備隊! そっちはノヴァの人?!」
「そうだ。ノヴァトキオ空軍だ。目的は?」
「聞いてないのか?! 評議会と冒険者ギルドの要請で援軍に来た!」
悠里の後を継ぐ形でオレが答える。事前にそうするように教えられていたからだ。
「エルブルス辺境伯領を示す証拠を提示できるか!」
「これでいいかしら?」
オレが軽く支えているハルカさんが、ドラゴンをあしらった領地の旗を魔法で作り出し、大きく風にたなびかせる。
それを見て翼竜の乗り手が、片手は手綱を持ちつつも最敬礼する。
「エルブルス辺境伯の援軍来援を心より歓迎致します!」
「状況は? 簡単に教えてくれ!」
「本日、魔の大樹海中央外縁に魔物の群れが襲来。既に進軍中の部隊と戦闘が始まっております!」
「戦況は?」
「一進一退との報告を昨日受けております。私はそれ以上聞かされておりません!」
「分かった。このまま街の上空を通過して、一気に戦場まで向かう。それで構わないか?!」
「はい! 私は先に知らせに戻ります。すぐに別の翼竜を出して戦場まで先導させますので、少し速度を落としてそのまま進んで下さい!」
「分かった、頼む!」
そう言うと、装備を最低限としている翼竜は素早く飛び始め、こちらよりも早く街へと戻っていく。
ヴァイスなら十分追従可能だけど、飛龍だとそうはいかない速さだ。
翼竜は戦闘では弱いが、飛行速度は速いので情報伝達には向いている。ノヴァでも、『ダブル』ではないこっちの人たちの一部が使っているものだ。
「ショウの心配性が当たったみたいね」
ハルカさんが苦笑気味に口にする。
つられてオレも苦笑する。
「ただの思い込みなら良かったんだけどな」
「マジそれ。けど、チャンスじゃね?」
ゴーグルで目は見えないが、悠里はどこか楽しげだ。
「騎兵隊でも気取れってか」
「ヒーローは遅れて現れる。ハリウッド映画みたいで格好いいじゃん。一昨日みたいに、魔物の群れを吹き飛ばそうよ」
「そうやって調子に乗ると、大抵しっぺ返し喰らうんだよな。できるだけ慎重に行くぞ」
そこまで言うと、ヴァイスがまた横に並んできた。
「どーなったー?!」
「もう戦いが始まってる。けど、次の先導が来るまでゆっくり飛ぶ。で、先導が来たらそのまま街の上空を抜けて、一気に戦場まで向かうぞ!」
「ありゃまあ。リョーカイ。みんなに伝えるねー!」
すぐに飛び去って、また他の竜騎兵たちに伝えにいった。
そして伝え終わって雁行編隊に戻る頃に別の翼龍が先導に現れ、そしてすぐにもノヴァの街が迫りつつあった。
「悠里ちゃん。この方向、中央広場の辺り抜けてもらえる?」
「はい。この方角でいいですか?」
「ええ、そこを高さ50メートルくらいで。あと、黒い城の側にはあまり近寄らないでね。確か、城自体に防御の魔法が張ってあった筈だから」
「それじゃあ編隊の端がかからないように、もう少し広場から逸れますね」
「任せるわ。ショウ、もう一度旗を出すから支えて」
「はいよ。旗持ちよろしく」
そうして次の先導にも概要を話してから海峡から街の上空へと入り、そのまま城を掠めつつ街の中央広場上空を通り、街をゆっくり目に抜けていく。
街にはかなりの人が出ていて、オレ達を見ると沢山の人たちが、声援や歓声を挙げたり手で指差したり手を振ってくれた。
街を抜ける時の城壁の塔を抜ける時には、守備兵から「頼んだぞー!」などの声援もかけられた。
こうした状況から、街にも既に魔の大樹海での戦闘が楽ではないことが伝えられているのが見て取れる。
そして編隊がノヴァトキオの街を抜けると、ヴァイスが抜け出して「逆かさ落としで蹴ちらすねー!」と挨拶を残して、さらに上昇していった。
残る8騎の竜騎兵の方は、悠里と隊長のガトウさんに分かれて、それぞれ3騎ずつが後方につく。
これで4騎編隊を緻密に組んで、昨日のエルブルスでの戦いのように、まずは地上の敵を一掃する手筈だ。
そうして街から小一時間ほど飛行すると、前方に火による煙が幾筋か上るのと、周辺に巻き起こる土煙が遠望できた。
土煙は、よく見ると二箇所から立ち上っている。
その向こうには、濃い緑の海、魔の大樹海の外縁部が視界いっぱいに広がっている。
ここで先導していた翼竜は、「味方に友軍来援を知らせてきます!」と大声で伝えると、一気に加速していった。
そうして到着した戦場は、ノヴァの軍勢はかなり不利だった。
そして土煙が知らせてくれたように、戦場は大きく二箇所に分かれていた。
一箇所は荒れ地の一角。
互いの陣形と前後する街道の伸び方からも、ノヴァから前線の集結地に向かう途中を襲われたように見えた。
ゴーレムを含む1000名以上がいるという周りを、物凄い数の雑多な魔物が囲んでいる。
しかも雑多なばかりでなく、ところどころに地龍がいたり、上空では少数の竜騎兵たちが色々な空飛ぶ魔物と戦っている。
ただ、空に疾風の騎士は見当たらない。
もう一箇所は、前線拠点とか集結地であろう太い丸太の柵と空堀で囲んだ大きいが簡素な砦は、大量の魔物に包囲され見張り櫓の幾つかが炎を吹き上げていたり、すでに崩れ落ちたりしている。
こちらの方は、兵士と魔物の数はかなり拮抗していたが、そこにいるのは魔力持ちの少ない兵士主体の市民軍らしく、魔法が飛び交うなどの派手な戦闘はあまり見られない。
砦の上空も、竜騎兵が敵の空を飛ぶ魔物と戦っているが、竜騎兵の数自体が少ない。
魔物の目的が、行軍中のノヴァの軍を叩き、その間砦の兵士を外に出さない事にあるのは間違いない。
そして二つの戦場は、見た目で4、5キロ離れている。
荒れ地で戦っている方に伸びる森林があるので、そこから奇襲してきた魔物たちが溢れ出したのが、地面の痕跡からも見て取れる。
なんにせよ、ノヴァの側が合流間際の油断を突かれたのは間違いなさそうだ。
「どっちを助けるー?!」
一度こっちの高さまで降りてきたボクっ娘が、ヴァイスから問いかけてきた。
ヴァイスの爪の一つに何かが引っかかっていたが、既に最低1匹のグリフォンを仕留めていたらしい。斥候でも倒してきたのだろう。
それはともかく、時間がないので瞬間で判断しないといけない。
(一介の高校生に、戦争の作戦とか分かるわけないのに、何て無理ゲーを求めるんだよ。1対1で強敵と戦う方がいくらかマシだっての!)
と愚痴りたくなるが、しかし周りの目があるので、キョロったり不安な顔を見せるのは良くないだろう。
と、そこに、ボクっ娘と背にいるシズさんが、腕を大きく使って何かの手振りを見せる。
そしてそれを追ってみると、何となく回答が分かった。
「ノヴァの軍が合流できるように、真ん中の荒地寄りの敵を叩こう! レナはその辺りを飛んでるやつを片っ端から叩き落としてくれ!」
「アイアイサー! 任せて!」
その次に、かなり近づいていたガトウさんにも、腕を大きく振って大声で呼びかける。
「オレ達はノヴァの両軍の間の敵を叩きます。オレ達が反対側に回るので、ガトウさんはこのまま正面からお願いします!」
「畏まりました!」
「坊主! 龍が息を吐き尽くしたらどうする!」
「切り込めるなら、飛び降りて蹴散らします!」
「了解だ! いいか、野郎ども! そんときゃあ領主様に続くぞ!」
「「おおっ!!」」
ガトウさんの後ろに乗ってたホランさんが、問いかけた後に部下へ下知する。慣れたもんだ。
そう言えば、あっちは狼獣人組で、オレ達の後ろの竜騎兵の背にはニオさん以下ネコ科の皆さんが乗っている。
こっちにネコ科の皆さんがいるのは、オレの飛び降りて戦闘するスタイルに少しでも追従するためだと、説明を受けている。
ネコ科なら飛び降りるのも得意だろう。
空を飛ぶ飛龍の背から飛び降りる戦い方は今までなかったようだけど、すっかり気に入ったみたいでギリギリまで練習してたそうだ。





