244「『夢』を描く人(2)」
中に入ると、鈴木副部長以下すでに大半の人が集まっていた。何人か初めて見る人もいるが、見た感じ大学生っぽい人もいる。
けど旧校舎なのでクーラーがなく、昔の有志が持ってきた冷風機、水で風を冷やす送風機が普通の扇風機とともに頑張っていた。
そして部室で昼を食べていた人たちも居たらしく、食べ物の匂いが少し漂っている。
「おう、合宿以来だな。それで月待、ネタはどうだ?」
「ハーケンの街でのゴタゴタはケリがつきました。そのあと、ウィーンとベネツィアに当たる街に寄ってから、ノヴァの辺りまで来ました」
「アクティブに動いてるな。ノヴァの辺りってのは?」
「街自体はほとんど素通り状態で、ちょっと眺めたくらいですね」
「黒いネズミの城とか、某魔法学校のお城とか見たか?」
予想通りの質問に、思わず少し苦笑する。
「遠目に見ました。落ち着いたら観光予定だから、その時に詳しく話せるかもしれません」
「期待しとく。それより、ノヴァで魔物と戦争の噂があるが聞いてないか?」
「軍とギルドの偉い人が滞在先に来て、色々話は聞きました」
「いいぞ、いいぞ。おっと、話させすぎたら、本番があれだな。あ、そうそう、後で用事あるから残っててくれ」
「了解です」
と、半ばいつもと似たようなやり取りをしてから、時間が来たので話し始めた。
話自体よりその後のみんなからの質問の方が長かったくらいだけど、取り敢えずお開きとなった。
オレの話術スキルが上がっているので、思ったより短く済んだ。
ただ今日の質問では、ノヴァでの戦争の情報を求める人が多かった。こういう事は今まで無かったので、ノヴァからこっちに出て来る情報は多いのだと実感させられる。
それでもオレの持っている情報は限られていたので、話はそこまで長引かなかった。
そしてこれならバイトは余裕で間に合うなーと思っていたら、副部長が手招きをした。
「そう言えば、用事って何ですか?」
「ちょっと顔貸してくれ、すぐに済むはずだ」
「はい」
そうして鈴木部長の言うがままに連れられたのは、いわゆる校舎裏だ。日陰なのでまだマシだけど、まだまだ外の温度は耐え難い暑さだ。
短い時間で済めばいいなあと思っていると、その校舎裏で先客が一人いた。
今日初めて見た人だ。
雰囲気的に大学生っぽいフツメンの男性だけど、少なくとも見覚えのない顔だった。
第一印象はあまりパッとしない、言っちゃあ悪いがオレと同類かそれ以上の陰キャぽい。少なくとも、自分の見た目にあまりお金と手間隙をかけないタイプだ。
「お待たせしました」
「いや、構わない。初めまして月待さん。悪いけど、とりあえず名乗りなしでいいかな」
表情や雰囲気からして、みんなの前で聞けないことでもあるんだろうくらいの察しは付く。
けど、そうであるなら尚更、最初に釘を刺しておかないといけないと思った。
「構いませんよ。えっと、プライベートに関わることはお答えできないのですが」
「大丈夫、そんなんじゃない。この人、まあ田中さんとでもしておくか。田中さんは、月待とご同輩だと言うんだ。それを確かめてほしい」
「『ダブル』なんですか?」
仮称田中さんが、大きく頷いた。態度はふざけている印象は受けない。
「それで、どうやって確かめましょう? やっぱり、お互いが向こうでしか分からない情報を確認し合う感じでしょうか?」
「それは大丈夫。僕は君を見かけたんだ」
オレ的には意外だったが、ノヴァは『ダブル』が一番集まっている場所なので、予測するべきだったかもしれない。
それに、だ。
「本当ですか。あ、鈴木先輩」
「分かってる。プライベートは絶対に喋らん。だが、天沢とか元宮には話してるんじゃないのか?」
「多少は。それで、オレを見ただけですか」
「うん。ノヴァトキオの飛行場で少し遠目から。でも一発で分かった」
「なるほど。あとは、今日話してない内容で確認しあいますか?」
「それは、これを見てほしい」
そう言って彼が手に持っていたリュックから、黄土色の表紙のクロッキーノートを取り出す。
そしてバッと開いたページには、鉛筆か何かで書き上げたオレ達4人の立ち姿と、飛行場の情景が描かれていた。
情景の方は、白い鷲のヴァイスも描かれている。凄く上手い。美大生かデザイナー学校にでも通ってそうだ。
ディティールとか細かい事は誰にもほとんど話してないので、これは実際見てないと分からない事だ。
幸いと言うべきか、遠目と言った通り容姿についてはあまり精密というか細かく描かれていないが、特徴はよく捉えていた。
しかも遠目で見たというだけでこれだけ覚えているとか、記憶力が凄いのか実はかなりの才能の持ち主なんじゃないだろうか。
そうしてオレが食い入るように見ていると、「他のページも見てほしい」と促した。
そうしてページをめくると、何枚か見たことのある景色や魔物が描かれている。
ネット上にも同じように『夢』で見たものを描いてアップしている人がいたが、この人もそうした一人なのだろう。
そして一通り見終わって顔を上げると、二人が興味津々の目を向けてくる。
「どうだ? マジか?」
「ええ、これはオレ達です。めっちゃ上手いですね。他にも見た事ある魔物や景色が幾つかありました」
「そうか、そうだろう、そうだろう」
「そうか。よかったですね」
ノートを見せた仮称田中さんが、嬉しそうに何度も何度も同じ言葉を口にしている。
今まで信じてもらえなかったのか、すごく喜んでいる。感激屋なら、両手をとったり抱きしめたり、はたまた号泣したりしそうな勢いだ。
「田中さんも『ダブル』なんですね」
「うん。でも僕は怖がりだから、ノヴァからはあまり出たことがない。向こうでは、こっちの物を絵で起こす仕事をしている。こっちで向こうの魔物とか景色をネットでアップしても、攻撃される方が多いしね。
月待君みたいに、冒険できたらいんだけど」
「冒険よりも凄いじゃないですが。絵だと、こっちの物をスッゲー理解しやすいと思いますよ」
「ドワーフとかで、そう言ってくれる人もいるけどね。でも、僕は向こうで殆どボッチだから、月待君みたいな人達が羨ましいよ」
「そうなんですか。あ、そうだ、ノヴァに住んでるんですよね。住所とか教えてください。すぐは無理ですけど、いつかお伺いします」
こうして知り合った以上ごく普通の思いつきだったが、仮称田中さんにとっては意外な言葉だったようだ。
「いいのか?」
「勿論です。あと出来ればですけど、こっちでもスマホのIDとか交換していただけますか?」
「構わないけど、いいのか?」
かなり遠慮した声色だ。見た目大学生なのに、オレ以上に陰キャなんだろうか。
一方で鈴木副部長が納得気に頷く。
「決まりですね。じゃあ山田さん、これからよろしくお願いします」
「山田さんが本当の名前なんですね。で、よろしくってのは?」
「山田さんには、これから会報とかネット用の情報の絵を描いてもらうんだよ。文字ばっかりじゃ寂しいだろ。今日、月待と合わせたのは、一応山田さんが本物かの確認のためだ。
あと、念のため月待もな。全然知らない者同士の情報をつき合わせるのが一番だろ」
「確かに。それじゃあ、よろしくお願いします山田さん」
「こちららこそ、よろしく」
そうしてオレが差し出した手を山田さんが意外に強い力で握る。
こうして握手を交わすと、向こうで会っているようにも思えてくる。
もっとも、鈴木副部長の「これで『ダブル」が二人か。オレの出現確率が、また高まったな」というダメな一言が、雰囲気ぶち壊しだったけど。





