239「世界竜の財宝(1)」
「名前の件は分かったが、他にまだ何かあるのか? 領主以外にも何かもらったような口ぶりだったが」
この世界最強の自我を持つ存在、『世界竜』の話題は尽きない。
シズさんも指摘した通りで、オレも聞いておきたい事案だ。
「彼、エルブルスが溜め込んでいるものを、治療費だって幾らか譲られているわ」
「領主の権利は治療費じゃないんだ」
「領主は、どちらかって言うと、彼の眷族や庇護下にある者たちからの謝礼としての治療代ね。『真なる主人様の苦境をお救い頂いたことに対する対価は、我らを差し出すより他ありません』とか言われてドン引きしたわ」
苦笑しているが、本気でドン引きしたのは表情を見れば明らかだ。
まあ、普通のメンタルなら、ドン引きが普通の反応だろう。
オレだったら、こっちが土下座で全額返納しているところだ。
「それじゃあ領主以上の権利になるのか?」
「そこはエルブルスも交えて相談して、値引きって事で領主権にしたの。ただ彼らの慣わし上、私じゃそれを全部受け取れななかったのよね」
「で、その領主はショウが受け継いだわけだが、他は何を譲られた?」
シズさんが強ーい興味を向けている。
世界竜のお宝なら、凄いマジックアイテムでもあるんじゃあと思っているのだろうと、顔に書いてあるような表情だ。
ハルカさんもその顔に思わず苦笑している。
「竜の秘宝みたいに、シズの期待するほどのものはないわよ。彼は別に人が作ったお宝とか魔道器に興味ないから、今までこの辺の住人から貢がれてきた金銀財宝の類がほとんどね」
「見たのか?」
「山のように積み上げたれたお宝なら見たわよ。ああいうお宝の山って、いざ見せられると現実感ないものね」
「魔導器は全然無かったの? 竜の秘宝ってよく噂になるよね」
「今のミスリルの剣とマジックミサイルが増えるアイテムがそうね」
「なるほど、納得の逸品だな。しかしそれらも、世界竜への貢物なのか?」
「彼や『まだらの翼』とかの言葉を要約すると、お宝狙いの盗賊や勘違いのドラゴンスレイヤー候補が残していった遺品ね。飛行場にあった飛行船もそうよ」
二人が「ああ、なるほど」という納得顔になる。
そして後で聞いた話しだけど、この世界のドラゴンは、オレ達の世界のおとぎ話やゲームの中と違って、別にお宝好きというわけではない。
匂いや気配でお宝を感じ取ったりもできないし、カラスのように光り物を溜め込む習性も無い。
ただ、強い力を持つ竜が、たまの暇つぶしや偶然に近隣住民を助けたり脅したりするので、貢物として金銀財宝は溜まりやすい。
特に魔物は、世界竜にとっても害虫レベルながら敵になるので、自分の為に倒したら賞賛されたという事は多いらしい。
エルブルスがこの近隣で崇拝レベルで慕われているのも、彼にとっての害虫退治の結果だそうだ。
そして今言ったように、溜め込まれた魔導具などの多くは、竜を倒そうとした愚か者が身に付けていた物品だ。
そういうことが何百年、何千年と続いて、膨大な財宝の山が作られていくというわけだ。
なお、貢物として一番困るのは知性を持つ生贄だそうだ。
死んだ状態なら葬れば済むが、生きたままだと生贄とされた者の心情を考えると安易に返品するわけにもいかないので、適当な理由をつけて竜やその眷族が育てる事となる。
そして彼らも、生贄から人がどんな暮らしをしているのかなどを知る。
おかげで長い年月の間に、世界竜達も人の事情や文化に詳しくなるというオチがつく。
さらにこのエルブルス領にも、そうした生贄の子孫が暮らしていたりする。
近隣に獣人が住むのも、間接的には庇護を求めた結果なのだそうだ。
「強い竜の財宝って、そうやって作られて行くんだね。今ひとつ夢のない話だなー」
「世界竜や上位龍にしてみれば、迷惑な話らしいわ。基本、彼らって特に衣食住はいらないから、のんびりと過ごしているだけで、たまーに興味の湧く文物を望むくらいね。善良なエルブルス達は、それにすら対価を渡すけど。
ま、それで虫歯になってたら世話ないわね」
「全くだな」
とそこで小さく笑いあうが、ボクっ娘はまだあるらしい。かなり表情が真剣だ。
「あの、下世話な事を聞いちゃっていい?」
「彼からもらった治療費の額?」
ハルカさんの何気ない口調を装った言葉に、コクリとボクっ娘が首を首肯する。
それに対して「……まあ、みんななら良いか」と小さく呟くと、ハルカさんが3人を順に見て口を開く。
「見に行く? ここの地下に置いてあるけど」
ハルカさんの言葉につられて3人とも首を縦に振ってしまい、そのままやたらと厳重そうな扉の前まで案内された。
扉は鉄もしくは鋼鉄でできている。しかもかなりの分厚さだ。そしてその扉のある壁も、頑丈そうな岩を削り出して煉瓦状に積み上げた構造だ。
聞けば岩の間に鉄板が挟み込まれているらしい。
どんだけ厳重なんだよと、思わずにはいられないほどだ。
そして扉は、なんだかドラマで見た昔の銀行の金庫みたいだ。ファンタジー感が全然ない。
辛うじて、扉の両側に立っている体長2メートルほどの石像、いやゴーレムが、ここがファンタジー世界であることを主張している。
ハルカさんが手にしているゴーレムと対になっている宝珠がないと、襲ってくるのだそうだ。
「ここって銀行だったっけ?」
しかしそれ以外は、ボクっ娘が思わず突っ込みを入れてしまうほどだ。
「昔の地下倉庫を改造して、ラルド達に向こうの技術や図面から作ってもらったの。中は壁も床も天井も分厚い鉄筋コンクリートで補強してあるから、上位龍でも簡単には壊せないそうよ」
「それに魔法でも補強してあるな」
「魔法の鍵ですか?」
「いいや。……恐らく充填式の魔石と連動して、部屋全体を恒久的な防護魔法で覆ってある。扉は別の魔法だな」
「あと、このプレートが必要ね」
ハルカさんはそう言うと、細長いスリットに魔法陣が掘られた薄い金属板を2枚差し込み、さらに巻物で魔法の鍵を解除する。
カードや巻物は、別室のこれまた魔法で封じられた部屋に保管してあるもので、館自体も24時間警備の竜人がいるのだから、天下の大泥棒でも来ない限り大丈夫だろう。
そしてお約束な重々しい金属音が響いて鍵が開く。
「ショウ開けて。この扉重いのよ」
「お、おう」
今ひとつ現実感がない状態で、言われるがまま金属製の扉を開くと、中には金銀財宝の「山」はなかった。
その代わり、石造りの棚、現代風の金属棚が壁一面に置かれていて、そこに整然と色々な金属の塊や箱が置かれている。
大きな金の延べ棒は、特に丈夫そうな石造りの台座の上に積まれている。同じように、銀と思われる延べ棒も山積みされていた。
金貨は整理整頓して、それぞれ箱に保管されている。
別の棚や壁には、武器や防具、さらに魔導器の類も置かれているようだ。
アクセサリーや宝石の類も少なくないが、一部は魔導器だ。
室内の照明は、魔法の照明が常時灯されているので新たに不要で、整然と置かれた金属の輝きをオレたちに見せてくれている。
「なんか、イメージしてたのと違う」
ボクっ娘は、目の前の情景に明らかに落胆していた。オレも同感だ。
「同感だが、やはりこうした方が良いな」
「今頃は、彼の財宝の為に同じような金庫を山の方でも作ってるはずよ。鉄筋コンクリートで、すごく丈夫に作るって言ってたわ」
「ここもそうだけど、世界竜の方にも金庫番が居そうだね」
「いるわよ。お宝に興味はないけど、整理整頓とか管理が大好きって人に頼んであるわ」
確かにこの整理整頓ぶりは、大好きでないとできないだろう。それ以前に、お金に興味があったら邪な考えに囚われても不思議ではない。
思わず「奇特な人がいるんだな」と、口からこぼれてしまう。
「竜人は、人の世のお金とか、あんまり興味ないのよね。けど、整理整頓と管理が得意な人がいたから任せてあるの。それと財務担当は別の竜人にしてもらってるわ」
「二人体制か。相互監視なども考えれば必要だな」
「単に役割と適性よ。けど、竜人の物欲のなさには驚かされるわね。逆に役割や役職を与えたら、それにこだわるのよ。それに妙に職人気質で、名誉欲も相応に強いらしいわ」
「じゃあ財務担当の竜人は、ちゃんと知識とかあるんだね」
「ええ。その竜人、現代社会の経済の事にすごく興味があって、ノヴァで何年もかけてあっちの世界のそういう知識を吸収できるだけ吸収してて。そのくせ、お金を物や数字でしか考えてないの」
「なんかそいつ、丸メガネかけて黒い腕カバーしてそうだな」
「昔の銀行員みたいに? 実際してるわよ。冗談で教えたらドワーフに作らせて、喜んでユニフォームにしてたわ」
「竜人のイメージ、崩れまくりだよ」
オレの何気ないツッコミへの返答に、ボクっ娘がげんなりした表情と口調で正直な感想を口にする。
オレもその意見には大いに賛同だ。けどシズさんは、あまり気にしていないようだ。
「で、その竜人たちは、こういう場に立ち会わないのか?」
「今回は見るだけだしね。それに鍵とかの管理は、館の警備の竜人達の担当。で、さっき鍵をくれたのが警備の隊長。けど警備は外で待つだけで、許可なく金庫には近づけないって決めてあるの」
「なるほど。それで、ここにはどれくらいあるんだ?」
「そうね、私がここを最後に出る時には100億円分くらいあったけど、見た感じ少し減ってるみたいね」
「100億! それより減ってるってダメじゃないの!」
ボクっ娘が、二回悲鳴じみた声をあげた。
全くオレも同感だし、シズさんですら少し驚いた表情をしている。シズさんの場合は、驚くのを隠そうとして失敗した感じだ。流石に予想外だったのだろう。
対してハルカさんは、淡々としたものだ。
「いいのよ。お金なんて使う為にあるんだし、領地の為に使えって命じてあるもの。
けど、領地の予算の足りない分は彼、エルブルスが殆ど出してくれてるから、ここの財宝は少ししか使ってないかも」
「ドラゴンの資産で領地運営か。前代未聞だな」
「エルブルスも眷属の上位龍や龍人達も、そもそもそういう概念がないからね」
その後も少しだけ金庫で雑談をしたが、何だか毒気を抜かれてしまったていた。そうしてしばらく話していると、上から呼び鈴の音がした。
ここに着いた時点で日もかなり傾いていたので、もう夕食の時間だからだ。





