233「竜の国(1)」
寝て現実世界で1日を過ごして、そして起きると『アナザー・スカイ』での目覚めがやってくる。
これが今のオレの日常だ。
そして現実世界では、平凡な夏休みが続いている。
事件といえば、妹の悠里に「誰にも喋ってないだろうな」と軽く凄まれたくらいだ。
ただ、この日はあまり会話が成立しなかったので、現在地などを教えることがなかった。
それはともかく、家庭教師と玲奈とのプチデートとタクミからの情報収集とバイトをこなして、1日が何事もなく終わる。
向こう一週間は、こんな感じだろう。
そして、こうして違う場所で交互に目覚めるのも慣れたものだ。
夜露避けの簡易の天幕の下で毛布にくるまって寝るというのも、こっちに来るようになった頃によくしていたので、懐かしさすら感じるほどだ。
目を覚ますと、もうすぐ日の出で空はかなり明るい。
少し離れた場所で3人が寝ていた筈だけど、すでに一人しか寝ていない。毛布から耳と複数の尻尾が覗いているのでシズさんだ。
あとの二人を視線で探してみると、すぐそばの焚き火にはクロではなくハルカさんがいた。
そして上半身を起こしてさらに視線を流していると、彼女と視線が交差する。
「おはよう。今朝も早いのね」
「そっちこそ。他は?」
「クロは朝食用にって魚探しに行ってる。素手で獲るつもりかしら?」
「まあクロは不定形生物みたいなもんだし、なんでもできるんじゃないか。レナは……ヴァイスもいないから、空の散歩でも行ってるのか?」
「そうみたい。私が起きた時にはもう居なかったわ」
起き上がったオレは、話しながら近づき彼女の隣になるべくさりげなく腰掛ける。
彼女もそれを咎めたり、わざと改めて距離を開けたりもしない。
(シズさんは起こさない限り起きないだろうから、事実上の二人きりか)
同じ事を思ったのだろう、ハルカさんが僅かに悪戯っぽい表情を浮かべる。
「朝ッぱらから、何エロい事考えてるの。何もしないわよ。ていうか、しないでよ」
「しないって。けど、二人で話すくらいいいだろ」
「それくらいならね。飲む?」
そう言いつつ、ひっくり返してあった金属製のカップを一つとって、焚き火にかけてあったポットを手に取る。
インスタントコーヒーはない世界なので、コーヒーではなくお茶だ。
そのお茶を入れたカップを受け取りつつ、何か話したい心境だったので会話のネタを頭の片隅で探す。
「目的地の事とか聞いていい?」
「それは着いてから話すって言ったでしょう」
「そうだったな。まあ、ここ数日二人で話す機会なかったから、これで十分だよ」
「それは何より。それで、向こうの人たちはどんな感じ?」
玲奈とタクミの事だ。
どっちが聞きたい事かは言うまでもないだろうが、玲奈の事だけ話したら不機嫌になるのは間違いない。
「玲奈とはシズさんの勉強で会って、その後少し話したりするくらい。タクミは、子供サイズの人型と戦ったって言ってたから、多分ゴブリン相手だろう」
「意外にローペースね」
「どっちが?」
「両方。玲奈には何もしてあげてないの?」
気遣うというより、気になるという聞き方だ。
しかし、オレが逆の立場だったらと思うと、ずっと大人だと思う。
「バイトの給料出たら、夏休み中に最低一回は1日デートの予定」
「ふーん。じゃあ、私との距離もしばらくこのままね」
半目でこっちを見て来るので、ご期待通りに「えーっ」と悲鳴を上げると、少し真面目な表情になった。
「えーじゃない。それにこれから一週間くらい、どうせ忙しいわよ」
「ま、確かに。それにしても、また荒事だな」
「ノヴァの事だし、見て見ぬ振りもできないわ」
「それはやっぱり貴族や議員だから?」
言いつつ、大変だなあと思う。
同時に出来る限り手伝えればと思うが、戦う以外にできることがなさそうなのが、ちょっと歯痒い。
「それもあるけど、魔物相手だからノヴァ神殿に属する神官としてもね」
「いろいろ面倒だな」
「じゃあ、幾らか背負ってよ」
少しウンザリめに言った後、オレに強めの期待を込めた声色と同時に見つめてきた。
そうされれば、オレがどうするかは分かっているだろから、期待通りの返答を口にした。
「背負えるもんなら、なんでも背負うよ」
「よし。言質はもらったわよ。覚悟してなさい」
機嫌良さそうに笑みを浮かべる彼女だけど、この時は何を言っているのかさっぱりわからなかった。
だから首を傾げつつも、いつものように答えるだけだ。
「おう。任せろ」
日が登り、味噌、醤油なども持ち出していたので意外に和風な朝食が終わると、そそくさと目的地に向かっての飛行を開始する。
今日は丸一日飛ぶ予定で、夕方までには現実世界で冬季オリンピックをしたこともある街と同じ場所にある、エルブルス領のシーナの街に到着予定だ。
半島沿いに飛んで2、3時間置きに小休止を挟みつつ、海岸沿いを高度1000フィート(300メートル)辺りの空を飛行する。
単に飛ぶだけなら1万フィートくらいが一番速度が出るそうだけど、そこまで急がないし休憩のたびに地表に降りてまた上昇するとなると手間なので、1000フィートくらいが相場だそうだ。
アクアレジーナからノヴァに向かう時は、危険回避と高速飛行のため雲の上を飛んだけど、それはあくまで例外だ。
そして黒海沿岸の空は特に危険もないので、のんびりした飛行がほぼ1日続いた。
最後の小休止からは直線で目的地を目指すので、小アジア半島の付け根あたりから一気に目的地へと海上をまたいで飛行する。
そして日がかなり傾いた頃だった。
遠目には、目的地であろう海岸線が迫りつつある。





