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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第3部

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232「エルブルスへ向けて(3)」

 その日の野営地は、崖が大きくせり出している場所のある砂浜だ。それなりの広さで崖の一部が屋根のように張り出してるのを見つけたので、この場に決めたのだ。


(夕方の潮風って気持ちいいなあ)


 などと思ってられるのも、クロを人化させて夕食の準備させているからだ。

 しかし本当になんでもテキパキとしてしまうので、人の姿にしておくとこっちは逆に殆ど何もさせてもらえない。

 おかげで4人して海をぼーっと眺めている次第だ。


「そういえば、今年も海行かなかったなあ」


「今来てるじゃないか。それにハーケンも海の上だろ」


 分かって言っているシズさんは、からかい顔だ。


「それはそうですけど」


「なになに? ボクの水着姿が見たいって?」


 ボクっ娘が元気に身を起こして、グッとオレの顔を覗き込んでくる。


「できれば全員のを。というのはジョークだけど、暇だしちょっとくらい遊ぶか?」


「海で遊ぶのは構わないけど、ほどほどにしてね。後で体洗うために海水から真水作るとか、魔法の無駄遣いもいいところよ」


 ハルカさんがとりあえずといった口調で釘を刺してくるが、意外に乗り気な声だ。


「まだ日もあるし、いいんじゃないか? 私も今年は海にもプールにも行ってないしな」


 シズさんはそう言いつつ立ち上がり、その場で上着を脱いで丈の長い服の裾を大胆にたくし上げていく。

 当然、魅惑のラインを描く脚が太ももの中ばまで晒されるが、別にオレへのサービスというわけではない。

 もしそうなら、いたずらっぽい表情でこちらを見てきただろう。

 ごく自然そうしているだけだ。


 そしてシズさんの行動が自然だったので、つられて二人も立ち上がり鎧や上着、靴などを脱ぎ始める。

 それならば、続くのが男としての務めというものだろう。


 かくして数分後、青春真っ盛りな情景が出来上がった。


 「思ったよりヌルい」「そう? けっこう冷たいわよ」「海だからな」「北の海は夏でもかなり冷たいから、こういうの久しぶりだ」と海をそれなりに堪能したまでは良かったが、その後ボクっ娘を先頭として水の掛け合いへと発展した。


 「くらえ!」「やったな!」「お返しだ!」「もうっ、やめなさい」と、ガキの頃に戻ったように4人でおバカな青春ごっこに興じる。

 夢にまで見た陽キャ的光景だ。


 もっとも、最後は波をかぶったり海に尻餅を付くなどして、殆どずぶ濡れになった。

 しかもほぼ下着のような服で遊んでいたので、濡れると服が身体の線に沿って密着したり、下着や肌が透けて見えたりと、まるでオレへのボーナスステージでもあった。

 まあ、一番ずぶ濡れにされたのはオレだったんだけど。



「ここまで遊ぶなら、水着持って来ればよかったねー」


 その後、女性陣はシズさんの幻影魔法で囲って、浄水の魔法で作った水で海水を落として着替え中だ。

 オレの方は、先に海水を浄水した真水を浴びせられ、10メートルほど離れた場所で着替えるところだった。

 そこにテンション低めなハルカさんの声が聞こえてくる。


「私、水着嫌いなのよね」


「そうなの? スタイルちょーいいのに」


「水着って、露出が下着と変わらないじゃない。特にビキニ」


「身も蓋もないね。ショウが泣いてるよ」


「泣く必要もないよ」


 少し離れて着替えてても、まる聞こえだ。

 確かに、ちょっと残念だけど。

 ちなみに、かく言う今のオレの姿は、着替えの為ほぼマッパで水着以上だ。


「まあ、人それぞれだな。だが、遊ぶためのユニフォームと思えばいいだろう」


「そうかもね。けど、こんな子供じみた遊び、すごく久しぶり」


「オレなんて子供の時以来だな」


 自虐気味に呟きながら、思わず遊んだばかりの海の方に視線が向く。

 なんの設備もない自然の砂浜だけど、一生忘れないだろう。


「最近は海に行ってないのか?」


 呟いただけなのに聞かれていたらしい。

 そして改めて聞かれると、物悲しい思い出が走馬灯しそうになる。


「中学の頃は、部活の連中とは行きましたけど、男ばっかりで」


「うわっ、むさ苦しい。それともやっぱりゲイなんだ?」


「んなわけあるか」


「女の子とはなかったのー?」


「あるわけないだろ。今のこの状況は、オレにとってはもう奇跡だよ」


「二人きりなら尚良かったんじゃないのー?」


「それはそれでアリだけど、みんなとこうしてられるのも凄く楽しいよ」


 主にボクっ娘と軽い言葉を交わしながら、今は幾つも魔法を行使した状態で体を乾かしたり着替えている。

 最初、ハルカさんが一度に全てを綺麗に出来る浄化の魔法でまるごとクリーニングしようとした。けど、ただの海水は魔法の対象外だったのでうまくいかず、別の手順で体と服の海水を洗い落とすしかなくなった。


 そこで汲んできた海水を魔法で真水に浄水して、女性陣はオレの視線を遮る幻術の中で体を洗いあって着替える。

 そしてシズさんの『煉獄』の初期魔法の『熱陣』で、短時間に全身を一気に乾かす。

 はっきり言って、これだけでも現実よりも充実したアフターケアが可能だった。

 ビバ、魔法。


 そして服が乾くのを待っていると、いい匂いが少し離れた場所から漂ってきた。


「皆様、夕食の用意が整いました。こちらへお越しください」


「これもう、完全にパーリィーピーポーだよね」


「派手なサウンドなさそうだけどな」


 ボクっ娘の言う通り、声のした方では妙に精巧に設えられた急ごしらえのかまどに、このために用意していた鉄板を敷いた前に、執事服にエプロンスタイルな猫耳イケメンが、自分の手から先をトングに変化させている。


 今夕は、食材もノヴァから持ち出してきたので、見た目通りのバーベキューだ。

 おにぎりも持ってきたので、後で焼きおにぎりも食べられるという、至れり尽くせりなメニューになっている。


 というか、海で遊んだ上にバーベキューとか、ボクっ娘の言う通り完全に陽キャの遊び方だ。

 しかも今日は満月なので、日が没しつつあっても外は明るく、野外の夕食にはおあつらえ向きだった。


「普通に海に遊びに来た気分になりそうだな」


「朝はハルカさん大変だったしね」


「大した事ないわよ。あの人達もご同輩だから、こっちのガチの人と比べたら気心も知れてるもの」


「だとしても、息抜きも必要だし、いいんじゃないか」


 食べるよりお酒の方が進んでいるシズさんは、酒豪だけあって少々のことで酔わないのだけど、右手に串、左手にジョッキでグビグビいっている姿は、世の男性の色んなものを裏切っているように見える。

 少なくとも、巫女姿の時の清らかさは微塵も感じられない。


「帰りはこうはいかないだろうしねー」


「そう言えば、どういう増援を呼びに行くんだ。やっぱドラゴン関係?」


「まあそうなるでしょうね」


 ハルカさんの言葉は、どこか曖昧だ。


「世界竜に会えたりする?」


「呼べば来てくれるでしょうけど、彼の気分次第ね」


「彼って言うからには知り合いなのか?」


「一応だけど、外で話せる事じゃないから、その辺は着いてから話すわ。百聞は一見に如かずだし」


 ハルカさんの言葉に全員が期待の視線を向ける。

 しかしそれ以上は、本当に何も聞けず、あとは益体も無い話となった。

 具体的な話になったのは、その日の野営の順番の時だ。



「そうだ、今日も夜の番はクロに頼むのか?」


「ショウとシズは、普通に寝ると起きにくい時間帯があるのよね」


「それもあるが、私とショウは明日も向こうで会うから、最低でも同じ順番にしてくれ」


「ショウはまだ病み上がりで血がちゃんと戻ってないだろうから、ずっと寝る方がいいと思うわ」


「ボクは早朝には起きるから、順番に寝るなら遅番ね」


 取りあえず意見が出るが、まあ今夜の場合は答えはもう出たようなものだ。


「まあ、この辺りで魔物なり野獣が出るってことはないだろうから、全員寝ててもいいと思うけど」


「じゃあ、普通に寝ましょうか」


「という訳だ。クロよろしく頼む」


「はい。お任せ下さいませ」


 と、結局、クロだけが焚き火番になった。

 これからの野営は、こうなる事が多いのだろうか。

 ハルカさんと二人きりだった頃が、少し懐かしい気もした。


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