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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第3部

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231「エルブルスへ向けて(2)」

 それからは急ぎ足になった。

 それでも道中の食料を用意すれば、あとは軽めの旅の用意だけで済むので、今ある旅の一式を半分も持っていかなくていい。

 余分な着替えや儀礼用の鎧など嵩張る物も置いていくし、かなり身軽だ。

 それに準備するものもほとんど無かったので、すぐにも出発できた。


 そしてハルカさん家の玄関で3人と1体に見送られ、急ぎ飛行場へとやってくる。

 その間、馬車の窓から『ダブル』達が作り上げたノヴァトキオの街を車窓観光するが、住宅地から飛行場は街の中心を外れての移動なので、あまり観光気分は味わえなかった。


 ただし街を行き交う人は、ファンタジー世界の住人達だった。

 寸胴短足でごつい体格の髭もじゃなおっさん達は、ドワーフで間違いないだろう。

 オーバーオールやニッカボッカとかしか思えない衣服を着ているのは、ノヴァならではなのだそうだ。

 しかも、見た目が建設重機のようなゴーレムを連れていたりする。


 ちなみにドワーフというのは『ダブル』命名でしかない。

 この世界では、ラテン語な感じで『矮人ナーヌス』と呼ばれる。

 要するに小人こびとという意味だけど、オレ達の世界の空想上の小人と似通っている。


 しかし、妖精のいない世界なので、彼らも妖精の眷属や末裔ではなく、単に人の亜種に過ぎない。

 獣人などのように、古い昔に魔物をなんとかするために神々が異界から喚んだ種族の一つとされている。


 オレ達の世界の創造物と違って洞窟には住んでいないが、小さいががっしりした体格で、器用で鉱工業に長けていて頑固者と言う特徴は同じというのは、逆に由来や出自について興味をかき立てさせる。

 そんな彼らが、ノヴァの街の造成に一役買っている。

 『ダブル』より多い数が、ノヴァには住んでいるそうだ。


 そして種族としてはいないと言われたが、ピンと尖った耳のエルフも見かけた。

 確かに異世界ファンタジーのお約束の金髪で若々しい外見だけど、見たのは残念ながら男のエルフだった。

 ただしこのエルフは、『ダブル』が変化したものかもしれないと教えられたので、尚更期待を打ち砕かれた心境だ。


 獣人も、種類はもちろん人と獣の色んな混ざり具合の違う人々がいた。もちろんだけど、人も沢山暮らしている。

 分別があり文明的に暮らせるだけの知性があるのならば、どんな種族でも分け隔てしないのが『ダブル』だからだ。

 ノヴァは人以外の種族が最も多い街だ。


 ただ通り過ぎていく町並み自体は、あっち、現代社会の郊外住宅地を、巡回バスでノロノロと抜けていく印象だったので、奇妙な違和感が強く感じられた。

 ゲームのようだと言われるのも分かる気がする。



 そして少しばかり落胆しつつ飛行場に到着したが、飛行場も今ひとつだった。

 すでにハーケン、ウィンダム、アクアレジーナの飛行場を見てきたが、建物や設備が現代チックで規模は最大級なのに、停泊している飛行船の数、大型飛行生物の数はどれも一番少ないくらいだ。


 事前説明で、多くがすでに戦闘のため動員されて飛行場にいないことを知らなければ、落胆度合いはさらに大きかっただろう。


 なんでもノヴァトキオは、黒海沿岸、エーゲ海沿岸の植民都市や領地を海路、船で結んでいる。しかし周辺は魔物の領域ばかりで、近隣に人の国が殆どない。

 だから、空路は情報伝達手段としてこそ発展しているが、輸送の主力は遠距離中心で、さらにコストの安い海路なのだそうだ。


 だから港を見れば、アクアレジーナ並かそれ以上に発展している情景が見られただろうということだ。

 その片鱗は、いそいそと飛び立ったヴァイスの背からノヴァトキオの全景を見たときに、少しだけ分かったくらいだ。



「本当だ。海で街が二つに分かれている感じだな」


「あっちが大昔の本来の市街地ね。今は遺跡で地下を中心に未だに弱い魔物が出るから、鎮定のついでにビギナーの訓練地に使われているわ」


 いつも通り、隣で一緒にヴァイスの背に寝転がるハルカさんから、チュートリアルやトリビアが披露される。


「徹底的に鎮定して再利用とかしないんだな」


「最初はするつもりだったらしいけど、初期の頃の建築系の人たちが、新しく計画に沿った街を作りたいとか言い出したから、私の家のある当面の市街地以外は更地に作ったそうよ」


「リフォームとか面倒だからか?」


「丈夫な石造りが多いけど、そうでもないそうよ。けど、長い目で見れば、現代の技術や理論を取り入れた街の方が便利で使い勝手がいいって言うので、そうしたらしいわね」


「実際のところは? ハルカさんちはリフォームみたいだけど」


「街は便利にできてるわよ。清潔で上下水道も完備しているし。実際、すごく革新的で便利だから、諸外国もわざわざ見学に来たり、職人や技術者を自分の国に招いて真似しているそうよ。ハーケンの街も一部そうだった筈」


「へーっ。『ダブル』って色んな所に影響与えてるんだな」


「今やノヴァは技術と流行の発信拠点よ。新規な技術や概念だけじゃなくて、衣食住全てで強い影響を与えているわ。

 だから、『ダブル』の冒険者ギルドも、商館としての面も持っているくらいね。それに商館、あっちでの大使館に当たるものが、大国や裕福な国は大抵ノヴァに置いてるわね」


「それだと評議会とか忙しそうだな」


「外交担当は特にね」


 どこか他人事な感じの言葉だ。表情も口調も他人事な感じだ。


「ハルカさんは違うのか?」


「私は巡察官になるために議員になったエア議員みたいなものだから、少ししか仕事してないのよね」


「風紀委員的な事をしてたってやつ?」


「それと評議会と神殿のつなぎね。がっつりしたのは、お試し期間の実質3ヶ月くらいかしら」


 そう言ってあごに指を当てている。

 態度も気軽な感じだから、本当にエア議員だったのだろう。


「貴族とか領主とかは、評議会の議員とは関係ないんだよな」


「そんな事はないけど、私が貴族になったのってまだ1年も経ってないもの」


「そうなんだ。ハルカさんも色々あったって事だな」


「そういう事よ」


 そこで会話が途切れたが、それ以上は今まで話さなかったのだから聞くべきじゃないと思ったからだ。

 彼女も、オレの顔をチラリと見ただけでそれ以上話してくることはなかった。


 前に座っている二人も、オレたちの会話を聞くともなしに聞いていただろうが、敢えて問いかけてきたりはしない。

 こういう距離感は大切だと思う。


 それ以後はノヴァの街の話を聞きながら、一度の小さな休憩を挟んで夕闇迫る頃に本日の野営地へと辿り着いた。

 その間の飛行は、黒海の上を小アジア半島沿いに進んだので、景色が単調で今ひとつ面白みに欠けるくらいだった。

 魔物も出なければ、海岸沿いに人が住んでいる形跡は、時折見える小さな漁村くらいだった。


 ノヴァトキオもそうだけど、トルコに当たる辺りも、大昔の戦乱の影響を引きずっていて、あまり人の住む地域ではない。

 そして欧州と中東の中継点と言える場所を『ダブル』が切り開いたように、まだ人の領域とは言えないからこそ、オクシデントと他の地域の文化の断絶が大きい。


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