230「エルブルスへ向けて(1)」
昼食後、次の目的地となった、ハルカさんの領地だというエルブルス領に向かうべく動き始める。
向かうのはオレ達4人。
ボクっ娘とハルカさんだけでも構わないのだけど、ノヴァに残るほどの理由もないしシズさんも興味津々なので、4人一緒に行くことにした。
それに、オレにやや強めな感じで付いて来て欲しいと言われては、断ることなど出来る筈がない。
「レイ博士、ではこれを頼む」
「ウムっ、任されよう! それと例の件も調べておこう」
「元主人様の警護とお世話はお任せください、新たな主人様」
シズさんが深い空色のキューブ状の魔導器をレイ博士に渡す。そしてレイ博士の言う例の件とは、『完全異世界召喚』に関してだ。
どちらも本来は、ノヴァでシズさんが中心になって調べる予定だった。けど、予想外にレイ博士が関わり深いと分かったので、秘密の共有と利害の一致で調べてもらうことになった。
それに元々シズさんとハルカさんとは面識もあるし、基本善人なので信頼は置けると踏んだようだ。
ジン議員とリンさんには内緒の事だけど、レイ博士にアイテムの調べ物を頼んだとだけ説明した。
そうして急ぎ装備を整えて出発することになる。
「なんか、あっちのイスタンブールとイメージちょっと違うな」
「地形の基本が同じでも、海抜が30メートルほど違うから当然でしょ」
「それでも海峡を押さえられる位置にあるから、場所はほぼ同じだ。ただし、随分昔に争いの舞台となって国ごと滅び、『ダブル』が喚ばれるまで魔の領域に沈んでいたのだがな」
「ここって、空から見るとリアス式海岸ぽいよね」
「それと、こっちでの旧市街にあたる遺跡が、あっちでの新市街にあるのよ」
「じゃあここは?」
遺跡と言った場所は、居間の窓から海の向こう側に見えている。
ハルカさん達の家は、その新市街という中でも海に面した、それぞれ広い敷地に区割りされた邸宅街の一角にある。
周りも似たような建造物が多く、石造りの外観は貴族の邸宅とはいかなくても、相応に裕福な家のようだ。それなりの広さの庭と石積みの囲いまである。
それに街の他の区画より少し高くなっているので、街を俯瞰で見ることができる。
そして海とは反対側に向かうほど建物は増えていて、2キロほど先に今の街の中心部と思われるエリアが広がっている。
街の規模自体は、ハーケンやウィンダムより広い。大きいではなく広いという印象だ。
公園や緑地帯がそこかしこにあり、道幅が広く他では見られなかった車道と歩道が分けられていて、どこか現代社会っぽい。
街路樹や小洒落た街灯らしきものまであるので、尚更現代社会っぽい印象を受ける。
もっとも、さすがに電柱は立っていない。
逆に街の外周に巨大な城壁がそそり立つなど、この世界らしい建造物も見て取れる。
あと、街の中心部は3階以上の高層建築が多いが、鉄骨や鉄筋が使われているからだそうだ。コンクリートの建物も、当たり前のように建っている。
そして遠望した限り、中心部から少し離れた高台の上に、著作権に引っかかりそうな外観のお城がある。ただし向こうで見かけた情報通り、カラーリングが正反対だ。
黒壁に深紅の屋根だと、思った以上に魔王の城っぽい。
さらに別の一角には、同じく著作権に引っかかりそうな恐らく魔法大学が、木々の間から顔を覗かせている。
赤十字を掲げた無機質な外観のノヴァトキオ大神殿は、屋上の赤十字マークの看板のおかげで一発でそれと分かった。
赤十字を掲げた神殿というのも違和感半端ない。
それと、鎮守の森のような一帯が街の郊外にあるのだけど、そこから顔をのぞかせているのは、神社の鳥居と社のてっぺんの辺りだ。
こんな異世界にまで神社を建立してしまっているのは、もはや苦笑しかない。
それに神殿とどう折り合いをつけているのか、少し気になるところだ。
探せば、仏教のお寺もあるらしい。
他にも、主に洋風だけど著作権に引っかかりそうな建造物は各所に見られた。
逆に鉄筋コンクリートで作ったような無味乾燥な建物も見られたりと、今ひとつ統一感に欠けている。
それに街の一角と、住宅地と思われる区画にポツポツと、鉄筋コンクリートで作ったような高い煙突が伸びていた。
そしてその多くが煙を吹き上げている。
蒸気機関は実用化されていて、工房街もしくは工業地帯のような区画があるが、住宅地のものは工場ではなく公衆浴場、つまり銭湯だ。一般家庭で大量のお湯の供給が難しいので、銭湯が普及したらしい。
中には、遺跡時代の建物を利用したローマ式のテルマエまであるそうだ。
なお、街の建造物のかなりが未だ建設中や増築中で、さらに街自体は拡大を続けている。
労働力が足りないので、重量運搬などで大量の作業用ゴーレムが活躍しているのだそうだ。
オレが立っている場所は街の中でも古い地区で、ハルカさんの家がそうだったように古い建造物をリフォームして使っている事が多い。
そうやって見ていくと、街がどうやって拡大していったのかが少し見えてくる。
「ゆっくり案内してあげたいけど、ノヴァはいつでも来られるわ。今は飛行場に急ぎましょう」
「ここからだと飛行場はちょっと距離あるから、急ぎ足で向かうよ」
「了解」
「それなら馬車を使う?」
そこでリンさんが、自分たちが乗ってきた馬車を指差す。
しかしハルカさんはゆっくりと首を横に振る。
「評議会議員を歩いて帰らせるわけにはいかないわ」
「それならば、ルカ君も評議員議員だ。しかも上級神殿巡察官だが?」
「ジン議員の方が、この街では顔が知られているでしょう。それに、レイ博士も安全な場所に送ってもらわないといけないわ」
「うむ、大学までお願いしたい」
「兵士やゴーレムが配置され、何重にも強固な結界の施されたこの街の中で、悪魔どもが襲ってくるとは思えないが?」
シズさんの言葉にあるように、この街の治安と防衛力は信頼置けそうだ。そう思うと、3人の譲り合いは評議会の体面や役職に付いて回る外聞や見栄なのだろう。
シズさんの言葉も、そうした事を言いたいのが見え隠れしている。
「譲り合ってても仕方ないでしょう。ハルカたちはこの馬車使って。私たちは別の馬車を手配するから、もうしばらくハルカの家にいさせてもらうわ」
このままでは埒が開かないと見たのか、リンさんの口調が強まった。
「それじゃあ、家の管理をしてもらってる大神殿のハナに連絡してくれる」
「分かったわ。じゃあ、よろしくね」
「評議会を代表してお願い申し上げる」
「手ぶらで戻る事はないと思うけど、過度の期待はしないでね」





