226「魔の大樹海西部の戦況(1)」
「なるほどね。上級悪魔の魔将ゼノか。厄介だな。他にも悪魔が合わせて7体か」
ジン議員は聞き上手のようで、リンさんは話を聞きながらメモを取っている。
「ゼノの取り巻きは一度は戦闘不能にしたけど、倒せてないと思うわ。魔力の拡散はしてなかったから」
「それでも西の砦の上級悪魔、コードネーム「オスカー」を倒したのは大きい。あれには、我々も何度か煮え湯を飲まされた」
アレに苦戦したという事は、Aランクくらいの人しか戦った事がないのだろう。目の前のジン議員なら、十分対抗出来るように見えるのに。
「それに地龍があわせて8体ね。悪魔たちの言う通り1000の魔物を倒したとなれば、あの辺りの状況は大きく改善されるわね。オーガとか強いのも多かったでしょう」
リンさんの労いの言葉は心からのものだ。もっとも、その言葉をボクっ娘のひと言で吹き飛ばしてしまう。
「あらかた音速爆撃で吹き飛ばしたからねー。って事は黙っててね」
「あれは人の間での法だ。まあ、聞かれてもシラを切るさ」
「魔物、しかも悪魔相手なら、仮にバレても大丈夫と思うわ」
来客二人は多少呆れてはいるが、咎める気は無いようだ。
しかし視線はボクっ娘に注がれている。
「レナ君は、旧ノール王国とハーケンの空でも大暴れしたと聞いているが、その辺りの事は聞いていいのかな? 『帝国』と接触したという噂もあるんだが」
「空の事は不文律でボクの判断で話せるけど、聞くと厄介事に巻き込まれるかもよ」
「じゃあ聞かないでおこう。今は魔の大樹海の魔物の活動の活性化で手一杯だ」
「活性化?」
ハルカさんが首を傾げるように、オレ達全員にとって初耳の情報だ。
「そうだ。恐らく、ノヴァが行っている魔の大樹海の開拓と魔物討伐の影響だと考えられている。これ以上、樹海を潰して欲しくはないんだろうな」
「吾輩の功績であるな」
突然博士が立ち上がり胸を張っている。現金な人だ。自己顕示欲が強いのが丸わかりだ。
「それは間違いないが、これからはもっと気をつけてくれ。でないと評議会としては、レイ博士にはノヴァから出ないよう強く要請する事になるよ」
「わ、分かっている。吾輩もこりごりだ。しばらくは館で巣ごもりしているつもりだ」
「是非そうしてくれ。しかし悪魔どもが博士を狙っているとなると、護衛を付けるしかないな」
「い、いらんぞ、面倒臭い。吾輩の館なら防備は万全だ。それに今回の事を踏まえて、常時強いゴーレム複数を護衛に増やす。
それに身辺はスミレがいれば十分だし、スミレより弱いと上級悪魔どもに倒されるだけになるぞ」
「上級悪魔とは言え、1対1でなければそこまで脅威でないだろう。ルカ君、その辺はどう思う?」
「西の砦のヤツくらいなら、Bランクの上位くらいの戦士職で囲んで、魔法の集中砲火を浴びせれば何とかなるかしら?」
そこで視線がオレとシズさんに順に向けられる。
攻撃職としての意見を求めているのだろうとすぐにも察しがついた。
「西のヤツはそんなもんだったと思います。けど、ゼノってヤツの速さと技量は、戦士職のAランクはないと足止めも無理と思います。Bランクの真ん中くらいだと、ただの鴨ですよ」
「動きを止めた上で、自動命中型か範囲攻撃系の強力な魔法で集中攻撃が一番無難だろうな」
シズさんも同意してくれた。
しかし、客の二人は考え込んでしまう。
「となると、抑えるだけで『S』が最低1チームいるのか。その戦力を割くとなると流石に痛いな」
「私達は無理よ」
「なら、今回の討伐に付き合ってくれないか? それで、評議員としてのルカ君がノヴァに不在の件はチャラという事にしよう」
「それはおかしい」
シズさんが、強目の言葉と共に静かにしかし強くジン議員を見据える。ジン議員はその視線に怯むことなく、逆に強い視線を向けている。
本当にこの人達は、20歳になるかならないかの人たちなのだろうか、という疑問が頭をよぎるほどの胆力だ。
「どうおかしいのかな?」
「今回、偶然とはいえレイ博士を救出し、西の魔物の集団を鎮定した。これだけで十分すぎる功になる筈だ。それをまずは讃え、褒賞を与えるべきだろう。しかも戦ったばかりで、更に戦いを強要している。
この国は、国の重鎮をそこまで酷使するのか?」
「これは耳が痛い。しかし今回の件は、ルカ君だけではなくみなさんの功績なのでは? ノヴァトキオ評議会としては、事実を確認した上でだが報償を考えているのだが」
「無用だ。我ら3人はルカ様の従者。従者の功は主人の功だ」
「他のお二人もそれで構わないのかな?」
「ボクは、禁忌破りの件で今後一切強請らないっていうなら問題ないよ」
オレは頷いただけだけど、ボクっ娘も意外に強かだ。
その答えにジン議員が小さく嘆息した。
「無欲なことだ。では、我がノヴァトキオ評議会並びに市民軍から正式な依頼をさせていただくという形でどうだろうか?」
「のんきに旅をしているわけじゃないのよ。それに皆を危険な目に遭わす気はないわ」
「では、話だけでも聞いてくれないか。実のところ、今のノヴァは戦力不足で頭を抱えているんだ」
「……じゃあ、話だけね」
「ごめんなさいハルカ」
リンさんがかなり深めに頭を下げている。
どうやら博士救出の話を聞きに来たのは口実で、こちらが本命のようだ。
だからこっちの強さなりを知りたかったのだ。
そして話がついたので、再開された。





