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日帰り異世界は夢の向こう 〜聖女の守り手〜  作者: 扶桑かつみ
第3部

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219「彼女の家(2)」

 いつも通りの雰囲気で、二階にあるリビング・ダイニングに入る。

 部屋の広さは、それぞれ10人ほどが寛げるくらい広い。

 調度とかは庶民的だけど、広さはちょっとしたお屋敷くらいあるだろうが、一部屋でフロア全体のかなりを占めている。


 ただ少し違和感があったのは、匂いだ。なんとも馴染み深い匂いが、部屋に入る前から漂っていた。

 記憶違いでないなら、味噌や醤油の匂いだ。

 しかもその部屋には先客がいて、忙しげに食事の準備をしている。


「おはようございます。新たな主人様。朝食の準備をしておりますので、今少しお待ち願えますか」


 一昨日から一緒に行動する様になった、ロリッ娘猫耳メイドのスミレさんだ。

 相変わらずな格好だけど、だんだん見慣れてきた気がする。慣れとは恐ろしい。


 テーブルでは、すでに5人分の食事の準備が行われているが、その5人目はまだ眠っているので、まずはいつもの4人で食事をとることにする。

 どうやら、丁度いいタイミングで起きたみたいだ。

 しかも給仕などは、クロとスミレさんがオレ達に何もさせない勢いで行うので、優雅に朝食を楽しむこととする。


 食事内容はかなり和風だ。

 炊きたてのご飯、味噌汁、佃煮、漬物、納豆、海苔、生卵まである。とても異世界とは思えない。

 ただ主菜は盛りだくさんだ。

 それぞれに焼き魚があるのは和風なのだけど、テーブル中央には全員で食べるように肉類の料理が大量に盛られている。


 他の皿にも、全員用としてハム、ソーセージ、チーズといった洋風素材の簡単な料理がある。

 どことなく見慣れた生野菜のサラダまであるのはちょっとした驚きだし、新鮮な果物のデザートも抜かりなしだ。


 オレやシズさんは、和食は向こうで食べ慣れているというかいつも食べているが、ハルカさんとボクっ娘にとっては珍しい食事だ。

 と言うか、少なくともオレは、こっちに来てお米のご飯や和食は初めてだ。


 そのせいだろう、特にハルカさんはもう満面の笑顔で食事しているので、小難しいおしゃべりは食後で構わないと自然に思えた。

 無論会話がないわけではなく、他愛のない会話を調味料とする。


「そういえば、タクミンはどんな感じ?」


「タクミン? また変な呼び名つけるなあ」


「え、そう? そう言えばなんて呼ばれてたっけ?」


「普通にタクミもしくは苗字」


「なんかつまんない」


 ボクっ娘がブーっと口を軽く尖らせるが、そういう仕草がよく似合っている。


「それで、どうなの?」


 ボクっ娘だけじゃなくて、みんな気になるようだ。

 まあ、旅のスケジュールにも影響するから当然だろう。


「今の所、なんだかよく分からないものと、なんとなく戦ってるだけだってさ。そろそろ退屈だって言い始めてる」


「まあ、最初の一週間くらいはそんなものだろ」


「徐々に具体的になって、そのうちリアルに近い戦闘になるものね」


「あと、馬に乗ったりとか、細々した事も体験するよね」


 オレが体験出来なかったことを、それぞれが口にしていく。

 オレも前兆夢があれば、出現当初は少しは違っていたのだろうか。


「魔法は使えそうか?」


「まだ不明です」


「となると、私の時と同じくらいのペースなのかしら。強制召喚は早いって言われたけど、そうでもないのね」


 食べながら淡々と話が進むが、みんなが一番気にしているのは、タクミが何時現れるかという点だろう。


「まあ、ゆっくりに越したことはないでしょ。ボクは、できればエルブルス山にも行ってみたいし」


「やはり一ヶ月ほど欲しいところだな」


「あれ? 3週間ほどじゃありませんでしたっけ?」


 そこで3人同時に「ああ、そうだ」という顔になる。


「今朝起きてから3人で軽く話していたんだけど、最低3日、できれば1週間くらいノヴァに滞在したいの。その上でエルブルスまで行くとなると、ハーケン辺りまで戻る旅程として、余裕を見て4週間欲しいって」


「了解。タクミにはできるだけ粘れって、念を押しておくよ。それで、出現しそうな感じとかって前兆夢の中で分かるかな?」


 結局突然出現だと対応できないし、移動には最低4日を見ないといけないので、これはタクミに伝えておきたいことだ。


「そうねえ、周りの風景とかのリアル度合いが増せば増すほど出現できる日は迫ってくるから、あとは粘ろうっていう当人の気持ち次第ね。ただ限界超えると『夢』から弾かれそうになるから、その時は出現したいって強く考えないとダメよ」


「そうなのか。私はそこまで粘らなかったからなあ」


「私はギリギリだったと思う。おかげで魔法も多くて身体能力は相当高かったもの」


 前兆夢は人それぞれみたいだ。

 オレには体験がないので、この辺りは聞いておかないとタクミにも何もアドバイスが出来ないので、色々と聞ける事は聞いとかないといけない。


「けどマリアさんは、3週間くらいが限度って言ってたよな」


「そうだね。えっと、ノヴァとハーケンの往復で8日、滞在が7日となると、残り6日あるからぁ……黒海の往復をぶっ飛ばせば、エルブルスには4日居られるよ」


 ボクっ娘が指を折りながら、強行軍な日程を組んでいく。いたずら顏でもないので、多分真面目に考えての事だ。

 けど、ぶっ飛ばすという言葉で、二人の顔がやや青ざめている。

 そしてそれに、ボクっ娘は笑顔で返す。


「大丈夫、二、三回で慣れるって」


「いや、あれは慣れとかの問題じゃないだろ」


「まあ、最後の高速飛行をしないでくれたら、何とか」


 ボクっ娘の言葉に対して歯切れも悪い。

 モリモリと食事をするオレを、少しマイナス感情の篭った恨めしげな視線で見つめてくるくらいダメなようだ。

 まあここは、火の粉が降りかかる前に話題を変えるべきだ。


「で、ここでの1週間は何するんだ? やっぱ調べ物?」


「私はそうだな。レナに付き添ってもらって、形だけ大学なりを紹介してもらって、調べるつもりだ。レイ博士も利用できるだろう」


「私は、大巡礼の事でここの大神殿の人に一応合わないといけないし、評議会に顔出さないわけにもいかないのよね。それに、出来れば提出書類も書きたいし」


「ボクは、ここの空軍の人と訓練とか模擬空戦のスケジュールでパンパン」


「なるほどね。となると、オレはどうしたらいい?」


 3人の視線が少し交錯するが、合理的というより感情的な問題なようだ。


「とにかくショウは、今日1日休養してなさい。血が足りてないでしょ」


「う、うん」


 お医者さんモードなハルカさんには、色んな意味で従うに限る。特に無茶した後は、気を使わせ過ぎたらいけないことくらいは、もう十分に分かっている。


「それで、体調が戻ったらハルカに付いてくれ。偉い神官が、お付きや護衛もなしに動き回るわけにもいかないからな」


「ノヴァでもそうい世間体がいるんですね」


「ノヴァの住人の多くは、こっちの世界の人だしね」


「『ダブル』は、30人に1人くらいだっけ?」


 ノヴァについての知識はまだまだ不足しているので、こういう時に聞くに限る。


「そうね。常時滞在となると、街にいるのは非戦闘職と休暇中の人たちくらいだから、せいぜい1500人ってとこじゃないかしら」


「ノヴァの街の人口は?」


「約5万人。領土になる周辺を含めると、その10倍くらい。けど、なんだか前より増えてるっぽいわね。見たことない建物も増えてたし」


 そう言って、ハルカさんが何かを思い出すような表情を浮かべる。以前と今の景色を照らし合わせているようだ。


「数年来てないだけで、もう半分くらい知らない街だ」


「オレなんて完全初見だから、一番詳しいハルカさんいついて回るよ」


「迷子にならないでね」


「護衛が迷子になったらシャレにならないなあ」


 いつもの自虐で愛想笑いをもらったところで、今まで静かに給仕をしていたスミレさんが別の反応を示した。

 どこか一箇所を凝視している。


「どうかしたのか?」


「はい、新たな主人様。元主人様がお目覚めになられたようです」


「じゃあ、話を聞きに行くとするか」


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