84 女王の戯れ
「あぁ! 面白かった!!」
「……陛下」
夜。水流苑の最奥、女王の寝室は賑やかだった。喚びつけられた第一夫リザイは苦い顔を隠しもしない。ごく、小さく嗜めたものの――今は妻と呼べるこの女性には通じないのだろうと、内心で頭を抱えた。
寝物語にしても些か無粋なきらいがある。白い紗の垂れた寝台で並んで横になっているわけだが、情事も政治も、彼女には等しく「楽しめるか否か」に過ぎないと知るだけに複雑だ。
――国境付近の、頻出する賊についても。
「どうなさるおつもりです? 我ら臣がいかに協議したとしても、最終的な判断は貴女に委ねられる。
……ウィズルの提案は確かに旨味があります。ほんの少し、白夜国の軍を引き付けておくだけでいい。防衛と称し、国内で暴れるならず者どもを前線に送り出せるんですからね。始末してもらえば言うことはない。
ことが成った暁には、多少の分配が見込めるアルトナやレガートの豊かさについても。魅力的です。セフュラは、オルトリハスが食い物にするでしょうけど」
「そうねぇ」
くすくす、と囁くように女王がリザイにすり寄った。枕になっている青年の、剥き出しの腕の感触を楽しむように、心地よさげに頬擦りする。さらり、と長い髪のつめたさと重みがリザイの腕の内側を滑った。
(…………)
ぐっ、と持っていかれそうになる意識をつとめて繋ぎ止める。理性とも言い換えられる、その限界にも彼女は容赦ない。耐えるしかない。
「……妻を腕に抱きながら、閨で政について詰めさせられる哀れな夫に、少しくらい優しさを見せてはくれませんか」
「あら。優しいわよ? ちゃんと、あなたを喚んであげたじゃない。昼間のことを根にもって、たっぷり仕返しをしてくれるんだとばかり思ってたわ」
「いや、それはもう済ませたと言いますか……」
しどろもどろと弁を濁らせる青年に、女王はフッと笑みを含む視線を滑らせた。
「根性なし」
「ぅぐっ……」
するり、と甘い香りの豊潤な肢体が腕のなかから逃げてゆく。反射で腰を抱いて引き止めようとするものの、それも上手く躱された。
「もういいわよ。ご苦労様」
「――ス」
何事か口走ろうとしたリザイは、素早く振り向いたジールの指に唇を押さえられ、それを口にできなかった。
先ほどまでの睦事の余韻はどこにもない。一糸まとわずとも冷えたまなざしの、紛れもない女王がそこにいる。
「名を、呼ぶことは許さないわ。……戻りなさい。妾はちょっと、口直しに遊んでくるから」
「口直し」
女王の言を反芻しつつ、リザイの表情がはっきりと曇った。曇天、豪雨直前くらいの。
「……何をなさるつもりか、お訊きしても?」
「だめ。わかるでしょ?」
可愛らしく小首を傾げた妻からの、追撃とも受けとれる無言の圧力。それが、ひしひしと苛むように押し寄せて来る。
「――御意」
盛大なため息とともに、リザイは屈した。
二つばかり年下の夫が部屋を出たあと。
シュル、と帯を巻いて形ばかりの夜着を整えたジールは思案した。
どちらを、訪ねるべきか。
ニッ、とあげられた唇の両端は愉しげで、宵闇に浮かぶ三日月よりも研ぎ澄まされ、あやうかった。




