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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 砂漠の都

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84 女王の戯れ

「あぁ! 面白かった!!」


「……陛下」


 夜。水流苑の最奥(さいおう)、女王の寝室は賑やかだった。喚びつけられた第一夫リザイは苦い顔を隠しもしない。ごく、小さく嗜めたものの――今は妻と呼べるこの女性(ひと)には通じないのだろうと、内心で頭を抱えた。


 寝物語にしても(いささ)か無粋なきらいがある。白い紗の垂れた寝台で並んで横になっているわけだが、情事も政治も、彼女には等しく「楽しめるか否か」に過ぎないと知るだけに複雑だ。

 ――国境付近の、頻出する賊についても。


「どうなさるおつもりです? 我ら臣がいかに協議したとしても、最終的な判断は貴女に委ねられる。

 ……ウィズルの提案は確かに旨味(うまみ)があります。ほんの少し、白夜(びゃくや)国の軍を引き付けておくだけでいい。防衛と称し、国内で暴れるならず者どもを前線に送り出せるんですからね。始末してもらえば言うことはない。

 ことが成った(あかつき)には、多少の分配が見込めるアルトナやレガートの豊かさについても。魅力的です。セフュラは、オルトリハスが食い物にするでしょうけど」


「そうねぇ」


 くすくす、と囁くように女王がリザイにすり寄った。枕になっている青年の、剥き出しの腕の感触を楽しむように、心地よさげに頬擦りする。さらり、と長い髪のつめたさと重みがリザイの腕の内側を滑った。


 (…………)


 ぐっ、と持っていかれそうになる意識をつとめて繋ぎ止める。理性とも言い換えられる、その限界にも彼女は容赦ない。耐えるしかない。


「……妻を腕に抱きながら、(ねや)(まつりごと)について詰めさせられる哀れな夫に、少しくらい優しさを見せてはくれませんか」


「あら。優しいわよ? ちゃんと、あなたを喚んであげたじゃない。昼間のことを根にもって、たっぷり仕返しをしてくれるんだとばかり思ってたわ」


「いや、それはもう済ませたと言いますか……」


 しどろもどろと弁を濁らせる青年に、女王はフッと笑みを含む視線を滑らせた。


「根性なし」


「ぅぐっ……」


 するり、と甘い香りの豊潤な肢体が腕のなかから逃げてゆく。反射で腰を抱いて引き止めようとするものの、それも上手く(かわ)された。


「もういいわよ。ご苦労様」


「――ス」


 何事か口走ろうとしたリザイは、素早く振り向いたジールの指に唇を押さえられ、()()を口にできなかった。

 先ほどまでの睦事の余韻はどこにもない。一糸まとわずとも冷えたまなざしの、紛れもない女王がそこにいる。


「名を、呼ぶことは許さないわ。……戻りなさい。(わたし)はちょっと、口直しに遊んでくるから」


「口直し」


 女王の言を反芻(はんすう)しつつ、リザイの表情がはっきりと曇った。曇天、豪雨直前くらいの。


「……何をなさるつもりか、お訊きしても?」


「だめ。わかるでしょ?」


 可愛らしく小首を傾げた妻からの、追撃とも受けとれる無言の圧力。それが、ひしひしと(さいな)むように押し寄せて来る。


「――御意」


 盛大なため息とともに、リザイは屈した。




 二つばかり年下の夫が部屋を出たあと。

 シュル、と帯を巻いて形ばかりの夜着を整えたジールは思案した。


 ()()()()()()()()()()


 ニッ、とあげられた唇の両端は愉しげで、宵闇に浮かぶ三日月よりも研ぎ澄まされ、あやうかった。


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