78 ちいさな、初めまして
「……?」
何故、と言い募ろうとすると、ぴた、と唇を押さえられた。人差し指で。
肩より少し上の位置で、フッと微笑われる。
「だって、こうでもしないと貴女は祝わせてくれないでしょう? それどころじゃないと。大間違いの大問題です。――なので、サーラ様に相談しました。宿に着いてすぐ」
「う……」
確かに。実は、ゼランを発った四日目にエウルナリアは十七歳になっていた。でも、どうでもいいと思っていた。
ふと、レインが懐から何かを取り出す。
細い金の鎖。それには、精緻な彫刻が施された楕円の、薄い板状の飾りが付いていた。
「……ペンダント?」
「惜しいですね。まぁ……どうぞ、手にとってご覧ください」
チャ、とわずかな音を立てて鎖はエウルナリアの首と鎖骨を飾った。長い。トップはちょうど心臓の辺りで揺れている。
手にとり、ハッと瞳をみひらいた。
――これ、開く。ロケットペンダントだ。
後ろからレイン。
左右から銀の双子が覗き込むなか、少女はそれをカチリ、と開け―――瞬間、息を忘れた。
「……!」
「出立の際、アルム様からお預かりしました。『どうせ、エルゥは自分の誕生日を忘れるだろうから』と。『忘れていたらサーラ様に相談すればいい』と、仰っていたのもあの方ですよ」
「…………こ、れ。……ひょっとして?」
レインがしずかに首肯する。
「貴女の、母君のユナ様だそうです。ちょうど学院を卒業してすぐ、キーラ家の奥方に描いていただいたとか」
「そう、なんだ……」
食い入るように見つめる。
なぜなら、バード邸には絵姿が一枚も飾られていない。母だけではない。先祖の、誰一人。
――幼いとき『なぜ?』と訊いた娘に、アルムは小さな笑みを湛えて答えていた。
『心の中より、鮮明な姿の彼女はどこにもいないよ』と。
(……こんな、お姿だったんだ……)
胸が詰まる。息がくるしい。
けど、不快じゃない。むしろ……
左右で、双子が感想をこぼした。
「あんまり、似てないわね。でも……瞳の色はそっくり」
「うん、美人だ。流石はエルゥの母上」
「黙んなさいよ」
パシン! と、再び叩かれるシュナーゼン。痛いなー、とぼやきつつ、場は緩やかにほどけている。
なぜなら――――エウルナリアが、すごく、すごく嬉しそうに微笑んでいるから。
ぱし、ぱし、と忙しなく瞬きしつつ、少女は絵姿の母を見つめた。
(そっか……そうよね。私、産んでもらえたんだわ。この女性に)
金の縁取りのなか、ちいさくとても丁寧に描かれた細密画。
母と呼ぶにはあまりに自分と大差ない、薔薇色の髪の美少女。
……その、繊細な美貌に浮かぶのもまた、幸せそうに少し、はにかんだ微笑みで。
瞑目し、そっと、胸に当てる。
「……ありがとう、レイン。ごめんね。二人も。あの、今からでも……その。お祝い、してくれる……?」
か細い声。
けれど、従者として。恋人としてレインははっきりとそれを捉えていた。左右の双子も同様に。
「勿論です。……十七歳、おめでとうございますエルゥ」
「おめでと。やっと同い年ね」
「同じく!」
にこにこと笑む、鏡を置いたように同じ顔。
見渡して、あらためて少女もはにかんだ。
その表情は、アルムが見ればきっと胸が一杯になったろうほどに―――絵のなかの母と、瓜二つ。
* * *
砂漠のさなか。ジールの都に入る手前、最後のオアシス都市。
その、暮れてゆく陽と逆方向。
藍色の空にひとつ、一番星が白くあえかに瞬いた。




