表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 迫る秋(二)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/244

77 必要なこと

 最初の一音。

 心にえがくA ()の音程。それだけを、ただ伸ばせばいい。


 エウルナリアはすぅ……と目を瞑り、息を吸い込んだ。ぴん、と姿勢を正し―――祈るように鳩尾(みぞおち)の辺りに当てた左の手を、右手で包む。


 口をひらく。


「…………、ぁ……っ!」



 微かに、かろうじて漏れた声。

 押し出されたそれは吐息ですらなかった。傍らのゼノサーラは思案げに首を傾けて腕を組み、色素の薄い眉をひそめている。


「――なるほど。歌ってないと思ったら……ほんとに歌えなくなってたのね可哀想に。……って、いうか」


「?」


 銀の皇女は、痛ましい表情を一転、紅の(まなじり)をキッ! と吊り上げた。

 反射でエウルナリアは半身を引く。やばい、何かが逆鱗に触れた。


 つか、つかつかつかと歩み寄った皇女は――やはりと言うべきか。素早く黒髪の少女の両の()()()()に拳を当てると、ぐりぐりと容赦なく()し挟んだ。


「! いたぁっ! 痛い、サーラ! ごめん、やめてぇ……っ!!」


「この、バカ!! やめないわよ。だってあんた、わかってないじゃないの。何でわたしが、こんなに怒ってるのか!」


 ほんの少し、力が緩んだ。その隙に涙を浮かべた青い、真夏の湖のような瞳が皇女を映す。

 この、たおやかな容姿のどこにそんな怪力が……? と、エウルナリアはいつも不思議になる。とりあえず彼女の両手首を押しやるべく、それとなく握りつつ首を捻った。


「えぇと……言わなかった、から?」

「そうよ!」


「きゃあっ……あ、だめ、痛い痛い、やめ……てぇっ!」


 おかしい。正答だったのにまた責められた。もはや、どうすれば良いのか見当もつかず途方に暮れ始めたとき。



 カチャッ……


  バタン!



「エルゥ! 大丈夫?!」

「! 失礼します、サーラ様っ」


 両者、申し訳程度の断りとほぼ同時の入室だった。

 シュナーゼンとレインは一目で状況を悟ったのか、ちら、と互いに目線を交わし、息ぴったりに部屋へと足を踏み入れた。




 宿の壁は、さほどの厚みがないようだ。

 或いは、少女の声の通りが良すぎたのか。


 ――――これで、なぜ歌声だけが封じられているのか。

 エウルナリアはこみかみにも痛みを伴う枷を受けたまま、二重三重の疑問を強いられた。

 慌てたシュナーゼンは妹姫の手首を掴み、間に割って果敢に立つ。


「こら、サーラ。手が早いにもほどがあるよ。やめなさいって」

「あぁぁもう! 邪魔すんじゃないわよシュナ! この子、一度ガツンと言わなきゃわかんないんだわ!!」

「まぁまぁまぁ、どうどう。ね?」

「誰が馬よ!」



 怒り心頭らしい皇女殿下は双子の兄君に任せ、レインは後ろからエウルナリアの肩をやさしく引いた。

 その場――皇女の手のおよぶ範囲――から、主を避難させるため。


 そっと右手をとり、左腕で彼女の細い腰を抱き寄せる。


「大丈夫ですか、エルゥ様」


「レイン……ありがと、大丈夫。……いいよ。私のせいだもの」



「……」


 この主従、本当に距離感がおかしい――


 が、シュナーゼンは突っ込むのを必死に堪えた。らしくないなと内心呆れつつ。


 そのとき。

 ぱしん! と、苛立ったゼノサーラが兄の手を叩き落とした。「(いって)ぇ??! 手! 商売道具ぅ!」と正直に吠えるシュナーゼン。


 皇女は兄を構うことなく、従者に守られた親友へと視線を定める。ただし、もう手は出さない。


「それよ、それ! あんたのそういうところが嫌いっ!」


「ごめ」

「わかってないのに謝らないっ!」


「は、はいっ!」


 つられて、肩を跳ね上げつつも答えるエウルナリア。

 レインもシュナーゼンも目を合わせ、苦笑した。手さえ出さないなら止める道理はない。なぜなら――……



 ……こほん、と皇女は一つ、ちいさく咳払いをした。目許が少し赤い。涙ぐんでいる。


「あんたが。あんただけが悪いわけないでしょ。それを全部、ふつうに抱えちゃうのやめなさい。これが一点」


「は……はい……」


「まだあるわよ。何か不都合があるなら、すぐに言いなさい。庇ってやれないでしょ」


「あ……」


「それから。大事なこと、隠すんじゃないわよ。なんで、誕生日教えてくれないのよ。もう、過ぎちゃってるじゃない!」


 (……んん?)


 これには、流石に怒られ慣れている少女も、怪訝な顔になった。明らかに、先の二つと質がちがう。

 あと、私の誕生日を知っているのは……


「レイン?」


 ぱっと肩越しに振り向き、見上げると、灰色の目が悪びれず彼女を迎えた。


「はい。僕が言いました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ