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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 迫る秋(二)

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74 主従のないしょ話

甘いのはサブタイトルだけです。すみません(小声)

 開店から二時間経過。

 エウルナリア目当てと見られる客は、(ようや)くいなくなった。


 広い天幕に残ったのは、古株と見られる女性客が四名のみ。敷物の上の薬品を整理しつつ、テオは穏やかに指示を出す。


「エルゥさん、レイン君。そっち、はけたみたいだし。常備薬セットの残りが少ないから奥で作って来てくれますか」


「……あ、はい! テオさん」

「わかりました」


 二人は素直に従う。目視で互いに頷き合うと、すみやかに移動した。


 常備薬セットは、傷薬、湿布、軽度の風邪薬や薬草茶葉などが少量ずつ入ったもので、最も需要がある。この二時間減り続け、確かにストックは残り十を切っていた。


 広い天幕のなか、積み上げた木箱で区切られた店の奥は薄暗い。

 置いてあったランタンを掲げ、主従は小声で「何個?」「五十ほど作ります?」などと、ひそひそ会話を交わす。ちょっと楽しい。



 ――と、そのとき。

 何気ない、常連らしい女性客らの声が届いた。自分達が視界からいなくたったため、より伸び伸びと話せるようになったらしい。


「それにしてもさ、参るわぁ。あんた達が来てくれるから、辛うじて増えすぎないみたいだけどぉ」

「そうそう! 怖くって、峠に近づきゃしないよ。大した荷じゃないのに襲われるってぇ話じゃないか」

「聞いたよ? あんたがた。昨日もやっつけてくれたんだって?」


 きゃあきゃあと盛り上がる彼女らの大陸公用語は、興奮のためか早口だ。抑揚にも()()がある。

 対するテオは、どこかのんびりと答えた。


「道を塞がれては、我々も困りますからねぇ……つとめが果たせないのは、サングリードの御教えに(もと)ります。お役所は? あれから陳情はしてみましたか?」


 思案げな青年の声に、苦笑を含む年嵩の女の、芯の通った声が続く。


「村長から(ふみ)を出してもらったけどさ。だめだね。どっかで握りつぶされてる。賄賂なしじゃ無理ってのさ」


「? (ジール)に物資が入りにくくなれば、困るのは都の民、ひいては女王陛下なのに?」


 から、からから……と、豪気な笑い声。

 どうやら彼女が、あのご婦人グループのリーダーらしい。


「いまの女王は、(まつりごと)はてんでダメ。自分好みの男をとっかえひっかえ、後宮に詰め込んでは宴三昧らしいよ。厨房で下働きしてる従姉妹が言ってた。前、来てくれたんだけどさ」


 ほんと、ろくでもないよねぇ……と、彼女らの台詞は続く。

 エウルナリアは不思議そうに青眼を瞬かせた。


 (ジールの女王陛下って、そんな方なのかしら……本当に?)


 一応、きちんと手は動かしつつ、脳裡(のうり)で今得た情報を既存の知識と照らし合わせてゆく。



 ――王の名は、都と同じ“ジール”。

 砂漠の慣習らしく、本名は誰も知らない。号のようなものらしい。


 現王は即位して六年経つ、二十八歳のまだ若い女性のはず。皇国(レガート)の外交府が管理する『各国王族名鑑』の絵姿でしか知らないが、この地方特有の褐色肌の美女だった。

 そこまで暗君との報せは、聞いたことはなかったが……


「多分、ぎりぎりのところを支えている臣下の何方(どなた)かがいるのでしょうね」


 主の心を読んだように、ぼそ、と小さくレインが溢す。


 仄かな灯りを(とも)すランタンは、木箱を背に隣り合って座る二人の眼前、目線より高めの台の上。 

 ちらり、と横目で窺うと、レインの綺麗な(ライン)を描く頬に、つややかな栗色の睫毛の影が落ちていた。火影がジジ……と揺れて、灰色の瞳にもゆらぐ色彩(いろ)を映し出す。


 その視線が、すぅっ……と動き、左隣のエウルナリアに定められた。


 (!)


 思わず、どくん! と心臓が脈打つ。

 表情は変えず、「……なに?」と、出来るだけ落ち着いた声音で問う。


 レインはにこり、と淡く溶けるような笑みを浮かべた。

 どきん、どきんと勝手に反応する鼓動がうるさい。


 ―――……心臓の音、ひょっとして聴こえてるのかな。


 若干、姫君が別方面で心配になりかけたとき。

 従者の少年は瞳を伏せ、主の耳にゆっくりと唇を寄せると、吐息ほどの声量で、ごく小さく囁いた。

 かれの放つ気配に鋭敏になり過ぎたエウルナリアの首筋が、思わずぞくりと粟立つ。


 ――――が、告げられた内容はそれすらどうでもよくなる衝撃(ショック)に満ち溢れ、同時に驚くほど合点のゆくものだった。



「……あれが、レガートの救護府を兼ねた諜報部、《サングリード聖教会》の抱える、大切な役目の一つです。情報収集、というね」


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