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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 迫る秋(二)

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73 薬草……市?

「いらっしゃいませ。……熱冷ましですね? 規定量までですけどよろしいですか? 少々お待ちください」


「……」


 開店後。

 《サングリードの薬草市》は、常とは異なる盛況を見せつつあった。


 まず男性客が多い。いつもなら細々(こまごま)とした家庭の品や常備薬といった代物は、一家の主婦など女性陣に一任されているのだが。


 今、エウルナリアが手ずから薬草を渡しているのは二十代後半ほどの青年だ。

 かれは、座る彼女の目線に合わせて片膝を立て、胡座(あぐら)をかいている。立ち上がる素振りは見せず、日に灼けて浅黒い頬をぼぅっと紅潮させていた。


「…………あの?」


 しかも、中々(なかなか)大胆だった。

 袋ではなく、ほっそりと柔らかい手指を丸ごと包まれて、離してもらえない令嬢が戸惑いの声を上げる。すると……


 ガシッ


「すみませんお客さん。後ろの列もつかえてるんでご容赦を。質問でしたら、そっちの列に並んでもらえませんか」


 ――――にっこり。

 後ろから中腰になり、強引に男性客の肩を掴んで振り向かせたレインは、その顔に至近距離からつめたい灰色の視線を叩き込んだ。


 口許には惜しげもなく、うつくしい微笑。

 ついでに、くいくい、と空いている手の親指で少し逸れた右側を指し示す。


「え。……あぁ……え?」


 茫洋たる男性の眼差しに、唐突に現実が戻った。


 それは、正確には列ではない。女性ばかりの人だかりだった。

 落ち着いた声音。青い飾り帯を肩からさらりと掛けた聖職者の青年が、七~八名ほどのご婦人にびっちり囲まれている。


 手にとって説明しているのは保存の効く薬品らしい。親指と人差し指の間に挟まれた透明な瓶のなかで、黒胡椒ほどの粒がカラララ……と、乾いた音を立てた。


「…で、こちらの丸薬(がんやく)はですね。痛み止めではありますが使い方は何通りかあります。歯痛の場合は患部で直接噛んでください。激烈に苦いですけど、がんばって」


 聖職者の青年がにこっと目許を和らげると、辺りから「はいっ……」「ください、それ!」などと、上擦った返事や華やいだ声がさざ波のように広がってゆく。年代は少女(おとめ)から老女まで、よりどりみどりだ。


「……」


 その一団に、偶然()()の姿でも見つけてしまったか。

 男性は、それこそ(くだん)の丸薬を噛み潰したような苦みばしった表情で、こっそりと呻いた。


「いや……いい。すまんな。はい、これ。謝礼」


 所定の位置に置かれた(かご)にチャリチャリン、と(あかがね)色の硬貨を六枚入れる。

 それでも、立ち上がったあとは「ありがとな、お嬢さん」と一度だけ振り返り、ほくほくと嬉しげな顔で去っていった。



 ――――開店から約一時間。

 (おおむ)ねずっとこの調子だ。エウルナリアも慣れたもので「次の方、どうぞ」と、紳士がたに声をかけている。


 甘やかな銀鈴(ぎんれい)の声。そのうるわしさに。

 行儀よく居並ぶかれらは皆、頬を弛ませた。



 そんななか、無表情を貫くのは栗色の括り髪を背に垂らす少年のみ。


 見目うるわしい騎士(ナイト)よろしく主の傍らに控えつつ、天幕内の客をさばき、みずから対応できる客にはさっさと用件を済ませてお帰りいただいている。仕事量は三名のうち、実は最も多い。

 その、手短にさばかれた客の大半がレインの外見にほだされた年頃の少女らだったのだが―――本人は、それどころではなかった。


 (だめだ、こいつら……()()()()()()()()()!)


 レインは鉄面皮の下、内心で絶叫した。


レインに捧げる閑話になってしまいました。

(とても迷惑そう)

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