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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 迫る秋(二)

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71 優しい時間(後)

 それはさておき―――と、皇女が切り出す。

 視線の先は、兄皇子の後ろ。同じようにテーブルを囲む四名の騎士達だ。


「ロキ、あと何日? 距離的にかなり都に近いのはわかる。でも、オルトリハスと違って直行、というわけにもいかないんでしょう?」


 (!)


 そう。

 エウルナリアもこくり、と頷いた。

 レガートを発って、もう十六日が経つ。諸々の準備などを考えると、あと二ヶ月以内には帰りたい。また、時間に猶予があったとしても楽観視はできなかった。


 (鷹便を扱うウィズルに、速さや連携の密はどうしても軍配が上がってしまう……

 でも、この遊説(ゆうぜい)にだって、意味はあるはず。できれば確実にレガート側に付いてほしい。(ジール)も。周辺遊牧民も)


 騒いでいた男子二人も静かになり、食堂の端の空気は一転、ぴりっと引き締まった。


 ざわめきが少し遠のく。

 そうですね……――と、ロキが静かに答えた。


「確かに。ゼラン(ここ)からなら、砂嵐さえ遭わずに済めば、最短五日で(ジール)に入れます」


「でも、そうはいかない……わよね?」


「はい。今回はサングリードのキャラバンに同行する形ですから。立ち寄る村やオアシスはあと四つ。治療行為や情報収集を考えるとあと十日、というところでしょうか」


「まぁ仕方ないよ。安全第一。かれらのペースに任せよう。……そのほうが、いいんだろう?」


「えぇ」


 堅実な騎士隊長が、ほのかに笑みを浮かべる。卓上に置いてあった木椀(コップ)を手に取ると、す、と目線まで掲げた。


「明日は、薬草市を開くそうです。我々もそれぞれ仕事を預かっていますので、殿下がたも頑張って。もう一働きしてくださいね」


「はいはーい」


 右側に差し出されたロキの木椀(コップ)に、銀の皇子は、左手で掴んだみずからのそれをコンッと軽く打ち合わせた。了解、の意思表示。


 本格的な砂漠は二つ先のオアシスからだという。それまでは出来うる限り英気を養いつつ移動する――というのが、キャラバンの総意だった。


 (お手伝い……私は、明日も聖教会のお仕事かな)


 ぼんやりと考えを張り巡らせていると、ふと視線を感じた。

 カチャ、とスプーンを皿に置き、左隣を窺い見る。――と、レインの物言いたげな瞳にぶつかった。


「?」


「僕も、明日はエルゥ様と薬草市をお手伝いします。アルム様からお訊きしたこととか、色々とお話ししたいですし」


「え! ……いいの? 竪琴も久しぶりだったし。楽しかったでしょ?」


 自分に気を遣うことなく、好きに楽器を弾かせてあげたい。

 ―――その気持ちに偽りはないが、寄り添ってもらえるのもまた嬉しい。しかし、中々(なかなか)そうとも言いづらい。


 主の少女の困り眉に、レインはにっこりと微笑んで見せた。


「僕にとっては、貴女あっての音楽です。お気になさらず」



「……わぉ」


「! ~~んむぐぅっ……!、むーっ!!」


 紅の目をみひらいて感嘆する皇女。何事か異義を挟もうとした皇子。

 後者は、空気を読むことにかけては天下一品の騎士隊長によって見事に口を塞がれていた。


 ―――――

 それらの空気の、すべてが優しく。

 エウルナリアはぽつり、と小さく。消え入るように呟いた。


「……ありが、とう……」



 その頬は、見とれるほどに幸せそうな、薄桃色。


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