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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 迫る秋(二)

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66 襲撃(前)

「大丈夫ですか、お嬢さんがた」


 のんびりした歩調の駱駝の数珠繋ぎ。

 その中央で“運ばれる”姫君たちは束の間、馴れない動物への緊張を忘れ、揃って声の方向へと顔を向けた。

 エウルナリアは思わず、感嘆の表情を浮かべる。


「ロキさん……! すごい。駱駝にも乗れるんですね」


「おかげさまで。キーラ卿の供をすれば誰でもこの通り、あらゆることを覚えさせて貰えます」


 にこっといつも通りの食えない、人当たりのよい笑みで応える東方騎士隊長は、慣れた様子で駱駝を操り、左方向やや後ろから二人に近づいた。


「乗馬が出来ていれば、駱駝もそう変わりません。少し、乗り降りや坂道では気を使いますが」


「……そうなんですか?」


 エウルナリアは、この段になってようやく、自分が鞍の持ち手を強く握り締めていることに気が付いた。そう言えば、肩もガチガチに強ばっている。

 ロキは小首を傾げ、困ったように微笑んだ。


「えぇ。駱駝は元々急勾配(きゅうこうばい)に強い。その分、平地では馬ほど速くありませんが、乗り方は基本的には同じですよ。

 姿勢を正して無駄な力を抜くこと。“乗っかる”だけではぐらぐらして、乗せている駱駝も大変ですからね。

 足場の悪いところでは特に、内股で挟むように。坂道は上体の角度でバランスを取るといい。……そう、そんな感じ。お上手です」


 言われるままに背筋を伸ばし、腹筋を意識してなるべく遠くを見るように視線をあげると―――……なるほど、と感心する。心掛け一つでずいぶんと楽になった。

 馬より幅のある動物なので、慣れるまではもう少しかかりそうだが。


 ほっと、和らいだ目許で令嬢はロキに微笑みかけた。


「助かりました。ありがとうございます」


「どういたしまして」


「……で、どうなのロキ? この先。最初の村に入る前の難関」


 (……難関?)


 首を傾げつつ、エウルナリアは今朝見せてもらった、周辺区域の地図を頭に思い浮かべた。


 オルエンから東へ。

 国境の、浅瀬のような河は駱駝に乗ったまま、あっさりと渡ってしまった。

 今はとげとげした、くすんだ色合いの草が(まば)らに生える荒野を進んでいる。ゴロッとした岩がそこかしこに転がり、民家の(たぐ)いは見られない。


 そして、とにかく暑い。日光を遮るものが何処(どこ)にもないからだ。

 外套の中は汗でしっとりとして気持ち悪いが、陽射しで皮膚を焦がすよりはいいでしょう? と、固くレインに誓わされた。脱ぐわけにはいかない。


 距離的な感覚はわからないが、次は両側を切り立った岩山に挟まれた、起伏の激しい峠道に入るはず。

 名は、確か……


「ドラク峡谷?」


 後ろを振り返って確認を求める楽士伯令嬢に、銀の皇女は鷹揚に頷いて見せた。


「そ。五割がた、出るわよ。盗賊団。ようやくお出ましね」


「!」


 エウルナリアは青い目をみひらく。

 確かに、レガートから離れるに従って徐々に治安が悪くなっている感はあった。が、実際に遭遇するとすれば初めてだ。

 おそるおそる、問うてみる。


「……なにか、避けて通る名案があるんですか?」


「避ける? まさか」


 傲岸と顎をそびやかし、鼻で笑う皇女。

 傍らで、駱駝に揺られながらロキがおだやかに微笑んだ。


「その通り。正面突破で充分です」


「え……? ひょっとして交戦ですか。被害が出るのでは? 相手方の規模は把握してるんですか?」


 思わず矢継ぎ早に質問を重ねるエウルナリアに、ゼノサーラはきょとん、と一瞬呆けてみせて――ふはっ! と、勢いよく吹いた。そのまま、くつくつと顔を背けて笑っている。


「あの……?」


 どこかに、笑われる要素はあったろうか……と違う方向へ心配の芽を伸ばしつつ、令嬢は怪訝顔(けげんがお)となる。

 笑いを収めた皇女は、ふぅ、と息をついたあと、改めてにこりと親友に笑顔を向けた。


「わかるわよ。そのうち」


「はぁ……」


 生返事で答えて、ゆるりと戻した視線の先。はるか地平の向こうには、壁のような高い岩山が(そび)えているのがわかる。


 (ひょっとしなくても、あれを越えるのね……)


 先行きの険しさと、当面の危機に置いていかれた感すら漂う、なんとも言い難い空気。

 そっと嘆息するエウルナリアの耳に、列の先頭から小休憩を取る旨の報せが届いた。


まさに襲撃前。

(大丈夫、作者は争いごとが苦手な平和主義者です)←残酷描写に注意! は、どこ行った



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