66 襲撃(前)
「大丈夫ですか、お嬢さんがた」
のんびりした歩調の駱駝の数珠繋ぎ。
その中央で“運ばれる”姫君たちは束の間、馴れない動物への緊張を忘れ、揃って声の方向へと顔を向けた。
エウルナリアは思わず、感嘆の表情を浮かべる。
「ロキさん……! すごい。駱駝にも乗れるんですね」
「おかげさまで。キーラ卿の供をすれば誰でもこの通り、あらゆることを覚えさせて貰えます」
にこっといつも通りの食えない、人当たりのよい笑みで応える東方騎士隊長は、慣れた様子で駱駝を操り、左方向やや後ろから二人に近づいた。
「乗馬が出来ていれば、駱駝もそう変わりません。少し、乗り降りや坂道では気を使いますが」
「……そうなんですか?」
エウルナリアは、この段になってようやく、自分が鞍の持ち手を強く握り締めていることに気が付いた。そう言えば、肩もガチガチに強ばっている。
ロキは小首を傾げ、困ったように微笑んだ。
「えぇ。駱駝は元々急勾配に強い。その分、平地では馬ほど速くありませんが、乗り方は基本的には同じですよ。
姿勢を正して無駄な力を抜くこと。“乗っかる”だけではぐらぐらして、乗せている駱駝も大変ですからね。
足場の悪いところでは特に、内股で挟むように。坂道は上体の角度でバランスを取るといい。……そう、そんな感じ。お上手です」
言われるままに背筋を伸ばし、腹筋を意識してなるべく遠くを見るように視線をあげると―――……なるほど、と感心する。心掛け一つでずいぶんと楽になった。
馬より幅のある動物なので、慣れるまではもう少しかかりそうだが。
ほっと、和らいだ目許で令嬢はロキに微笑みかけた。
「助かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「……で、どうなのロキ? この先。最初の村に入る前の難関」
(……難関?)
首を傾げつつ、エウルナリアは今朝見せてもらった、周辺区域の地図を頭に思い浮かべた。
オルエンから東へ。
国境の、浅瀬のような河は駱駝に乗ったまま、あっさりと渡ってしまった。
今はとげとげした、くすんだ色合いの草が疎らに生える荒野を進んでいる。ゴロッとした岩がそこかしこに転がり、民家の類いは見られない。
そして、とにかく暑い。日光を遮るものが何処にもないからだ。
外套の中は汗でしっとりとして気持ち悪いが、陽射しで皮膚を焦がすよりはいいでしょう? と、固くレインに誓わされた。脱ぐわけにはいかない。
距離的な感覚はわからないが、次は両側を切り立った岩山に挟まれた、起伏の激しい峠道に入るはず。
名は、確か……
「ドラク峡谷?」
後ろを振り返って確認を求める楽士伯令嬢に、銀の皇女は鷹揚に頷いて見せた。
「そ。五割がた、出るわよ。盗賊団。ようやくお出ましね」
「!」
エウルナリアは青い目をみひらく。
確かに、レガートから離れるに従って徐々に治安が悪くなっている感はあった。が、実際に遭遇するとすれば初めてだ。
おそるおそる、問うてみる。
「……なにか、避けて通る名案があるんですか?」
「避ける? まさか」
傲岸と顎をそびやかし、鼻で笑う皇女。
傍らで、駱駝に揺られながらロキがおだやかに微笑んだ。
「その通り。正面突破で充分です」
「え……? ひょっとして交戦ですか。被害が出るのでは? 相手方の規模は把握してるんですか?」
思わず矢継ぎ早に質問を重ねるエウルナリアに、ゼノサーラはきょとん、と一瞬呆けてみせて――ふはっ! と、勢いよく吹いた。そのまま、くつくつと顔を背けて笑っている。
「あの……?」
どこかに、笑われる要素はあったろうか……と違う方向へ心配の芽を伸ばしつつ、令嬢は怪訝顔となる。
笑いを収めた皇女は、ふぅ、と息をついたあと、改めてにこりと親友に笑顔を向けた。
「わかるわよ。そのうち」
「はぁ……」
生返事で答えて、ゆるりと戻した視線の先。はるか地平の向こうには、壁のような高い岩山が聳えているのがわかる。
(ひょっとしなくても、あれを越えるのね……)
先行きの険しさと、当面の危機に置いていかれた感すら漂う、なんとも言い難い空気。
そっと嘆息するエウルナリアの耳に、列の先頭から小休憩を取る旨の報せが届いた。
まさに襲撃前。
(大丈夫、作者は争いごとが苦手な平和主義者です)←残酷描写に注意! は、どこ行った




