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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 迫る秋(二)

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65 砂漠への出立(後)

「何と言うか……そうねぇ、今回の荷はすごく煌びやかよね。盗賊どもが目の色変えちゃいそうだわ」


 フフ、と女性司祭ーーセオミナ、というらしいーーは笑った。


 一行はそのまま、速やかにキャラバンが用意した客人用の駱駝の元へと案内される。

 なお、姫君たちには荷運びのための十五頭の列の、ちょうど真ん中の二頭を(あて)がわれた。


 ……なるほど。

 文字通り、いっそ爽やかなほどの荷扱いだな、とエウルナリアは困ったように微笑む。

 ちら、と横目で銀の皇女を窺うと、こちらはさも当然と言わんばかりのつん、とした表情(かお)だった。


 視線を戻し、目の前の砂色の動物を見上げる。……馬より、少し背の位置が高い。随分とのんびりした生き物だ。馴れない人間が近づいても動じず、目線一つ寄越さない。ぱし、ぱしっ! と、しばたく睫毛がすごく長い。大迫力だ。

 歯は、噛まれたら痛そうだがーーあまり、人間(こちら)には関心を払っていないように感じた。敵や食べ物と間違われそうな気配は微塵も感じない。

 登るべき場所は、二つある背の(こぶ)の間なのだろう。そこに鞍が置かれている。


 (どうやって登ろう……)


 黒髪の令嬢はしばし、思案に暮れた。


 砂漠越えに適しているのはもちろん、そこに至るまでの切り立った岩山の街道は細く、足場も悪い。馬では踏破しづらいための駱駝への乗り換えだ。

 エウルナリアは、今回の旅で乗馬も初体験だった。駱駝は言わずもがなだ。おそるおそる、の(てい)でようやっと近づく。

 すると、側にいたセオミナが「ちょっと失礼」と素早く歩み寄り、若干身を屈めて令嬢の両脇に手を差し入れた。


「!! ……っ?!」


 ふわっ……と持ち上げられ、視界が高くなる。一瞬の浮遊感に青い目をみひらいたエウルナリアは次の瞬間、とすん、と駱駝の背に横座りにされていることに気がついた。なんとも鮮やかな手並みだ。


「はい、お一人様ご案内。そっちは?」


「……平気よ。私は、馬なら一人で乗れる」


 言うが早いか、ゼノサーラは駱駝の手綱を軽く引いて具合を確認すると、トンッ……と軽やかに地を蹴り、みずからエウルナリアの後方の駱駝へと飛び乗った。


 が、外套の裾が空気をはらみ、元に戻るまでの隙にフードが滑り落ちてしまう。途端に、(あらわ)となる容貌。

 さら……と、こぼれ落ちた銀髪が肩と背を滝のように流れ、なめらかに光を弾く。広場のどこからか、ほうっ……と、衆目のため息がさざ波のように漏れ聞こえた。


 「お見事、お姫様」ーーと。

 褐色の肌の女性司祭は素直に称賛を贈る。

 正真正銘の姫君はこれに対し、紅の視線をするりと流し、「どうも」とだけ答えた。


 マイペースで、つんつんとした皇女殿下に特に気を悪くした様子もなく、セオミナは(きびす)を返し、場を離れようとしたがーーその時。

 ……ハッ! と、気がついたエウルナリアは慌てて白い外套の背に、聴くものにどこか歌のように思わせる可憐な声を、つよく響かせた。


「あの……セオミナ様! 乗せてくださってありがとうございます。なるべくご迷惑にはならぬよう気を付けますので……道中、よろしくお願いしますね!」


 足を止めた司祭が、ぱち、と黒瞳を瞬く。

 振り返り、大輪の花のように、あでやかに微笑んだ。


 (……!)


 反射でドキッとする。視線の和らいだ彼女は、驚くほど魅力的な美女だった。


「セオミナ、でいいよ楽士のお嬢さん。こっちこそよろしく。河から東の悪路は、慣れてる奴でもしんどい。……つらくなったら早めに教えなさい。いい? 無理は絶対にだめよ」


「あ、……はい!」


「フフッ。結構」


 うつくしく笑んだ眼差しを残し、今度こそセオミナは、サングリード聖教会エナン街道支部を率いる(おさ)の顔になった。きりりと目許を引き締め、腹の底から艶のある、しかし低めの声を張る。


「よし。皆もーーーいいね? 出立!!」


 息の合った「はッ!」という返事が各所から上がり、駱駝三十四頭からなる隊列は一路、まだ低い位置にある太陽の方向へと進み始めた。


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