64 砂漠への出立(前)※
昇りたての朝陽が、砂色の岩がちなオルエンの街外れを白く染めあげた。
東の空はうっすらと水色。金を帯びる薔薇色が朝日を彩り、西の空はまだ藍色。細く頼りない三日月がその端に、ひっそりと名残惜しそうに浮かぶ。
が、街は既に目覚めていた。
ざわ、ざわと開門を待って行き来しようとしていた人々の疎らな群れ。馬や駱駝に曳かせた荷台の数々。そのなかを、周囲を四名の騎士に守られた双子と主従が、するすると移動する。
ところどころ脆そうな箇所のある石の街壁と関所を兼ねた東門を抜けた一行は、待ち合わせの場所へと訪れた。
ーーオルエン東門前広場。
しぜん、ここは街へ入るための人馬が列をなし、或いは出たものが待ち合わせに使う場所となる。水場はないがそこかしこに椰子が植えられ、旅人達にひとときの木陰を提供していた。
相談の結果、侍女と侍従は馬や馬車もろとも、サングリード聖教会エナン街道支部庁舎に預けてきた。
東方騎士隊長のロキ曰く、旅馴れた隊商と行動を共にできるのなら、護衛対象は少ない方が良いらしい。
(まぁ……そうよね。私とサーラ……もだけど、シュナ様も歴とした皇子様なのだし。盗賊も、いなくはないものね……)
すでに陽射しはその凶暴さの片鱗を滲ませ、暁色の空から投げ掛けられる光輪は六条の星の形をしている。さながら上質な日光石だ。ただし、目を射るほどまぶしい。
広く細い葉を広げた椰子の木陰から繊手をかざし、日除けとなしたエウルナリアは嘆息した。
「どうした? エルゥ。目眩?」
ひょいっと覗き込む、こちらは二粒の星紅玉……ではなく、シュナーゼン皇子。かれは案ずるように若干屈み、少女に目線を合わせていた。
エウルナリアは慌てて頭を振る。
「いえ……! 何でも。その、今日も暑くなるのかなと」
「あぁ。うん……だろうね。今は雨季じゃないし、砂漠はさらに一滴も降らないんだって。信じらんないよね。レガートの人間からすると」
じゃり、と皇子は靴裏で灰褐色の石畳を覆う砂を詰る。少し、フードから溢れる銀髪がくすんできたかも知れない。少女はそれを少し残念に思った。つい、その一房に指が伸びそうになったがーーー
ぱし、とその手をとられる。
「!」
「エルゥ様。お間違いのようですがそれは、サーラ様ではありません。シュナ様です」
「レイン……うん、ごめん。知ってた。シュナ様だし、いいかなって……だめ?」
「だめです」
「そう……」
ちょっとだけ残念そうな令嬢と、栗色の髪の、視線の険しい従者。置いてけぼりを食らったシュナーゼンは、遠慮がちに声をかけた。
「あのう……レイン。今、僕のこと『それ』扱いした?」
「大丈夫ですシュナ様。グランもこのくらいの扱いでした」
「待って! それは君からのグランの扱い? それともグランからの僕の扱い??」
「僕にとっては、エルゥ様の婚約者候補は押し並べて平等です。ちなみにグランからのシュナ様は『こいつ』扱いでした」
「何それ? 大して変わんないよねぇ??!」
* * *
「……お元気ですね、坊っちゃんがた。今朝も」
少し離れた壁に寄り掛かり、地図を片手に部下や皇女と打ち合わせをしていたロキは、まぶしいものを見るように賑やかな三名の若者らを眺めた。
ふん、と鼻を鳴らした皇女は容赦なくかれらを一瞥する。
「煩いだけよ。あの馬鹿兄。ちっとも言うこと聞きゃしない……まぁ、エルゥがちょっと元気になったのは安心したわ。あの子はあれくらい不用心じゃないと」
「……左様ですか」
にこ、と優しく目をすがめた長身の騎士には、皇女も等しくまぶしく映る。
「そろそろ、時間ですね。ーーあ、あれかな」
「どれ? ……って。うわぁ……」
珍しく、銀の皇女がぽかん、と口を開けて門の辺りを凝視した。カラン……カラ、カラン……と、鐘の音を鳴らして駱駝の列がゆっくりと溢れて来る。その数、三十頭ばかり。白い外套、ちらりと覗く飾り帯は青に緑。サングリードの聖職者のキャラバンだ。
実際に人を乗せるのは半数。もう半数は純粋な荷運びのための駱駝のようだった。落ちることのないよう厳重に包まれ、ロープで括りつけてある。それも、身幅からはみ出るほど大量に。
(重く……ないのかしら。随分のんびりした顔してるけど……駱駝って。我慢強いのね……)
いささか的外れな所感を胸に抱きつつ、傍らにエウルナリア達が歩み寄ったのを察したサーラが「ちょっと! 遅いわよ」と、振り向きざまに伝えた。ーーその時。
「あら、ごめんなさいねお嬢さん。そんなに待たせちゃったぁ?」
「!!」
ぎょっとした。
後ろから歩み寄るエウルナリア、レイン、シュナーゼン。かれらより頭二つ高い位置にある顔は、日に焼けた女性の顔。白い外套の、はだけられた胸元から覗くのは朝日を弾いて光る銀糸。
肩から掛けられた銀の飾り帯。つまり……
「いいえ、ちっとも。初めましてエナン街道支部司祭さま。今回はお世話になります」
何事もなかったかのように、さりげなく騎士の礼をとるロキ。「……っ!」と、周囲の騎士らも息を呑む。が、隊長に倣って次々に頭を下げた。ーー全員が騎士の礼をとっては、さすがに悪目立ちするので。
「構わないわ。話は聞いてる。……貴方は駱駝は乗れる? 道中、詳しく話しましょ。自己紹介はあとで。休憩のときでいいわ。
ーーーちょっと? あんた達来なさい。とりあえずこっちのお嬢さんや坊っちゃん方を駱駝に乗せたげて。初めてだから」
きびきびと、他の男性聖職者らに指示を飛ばす姿は凛としている。
(すご……)
ただただ呆気にとられて見とれるエウルナリアに、女性司祭はふふん、と不敵に笑って見せた。




