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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 迫る秋(一)

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61/244

61 僻地の聖教会(後)

「二日後?」


「えぇ。大変申し訳ないのですが……ジールに向かうキャラバンとなると、その日になります」


 サングリード聖教会のエナン街道支部庁舎。副司祭の男性は、申し訳なさそうにそう述べた。

 ロキは、ふむ……と考えるように顎先に指を添える。一同はその答えを待った。


 そこそこ、広さのある司祭執務室だ。続きの間となる部屋は中庭に面し、この辺りでは貴重な緑の葉や水の気配を感じられるよう工夫が凝らされている。

 庭に向けて張り出し窓が大きくとられ、開け放たれたささやかなステンドグラスの扉向こうは、青く彩色されたタイル床のモザイク模様が目を楽しませる可愛らしいテラスとなっていた。プランターから伸びた勢いのある蔦植物が屋根へと渡された数本の棒に絡まり、大きな葉を繁らせている。


 微風はそこを通って入ってくる。そよ、と(なび)く頬を撫でる風に、エウルナリアは目を細めた。


 総勢十二名のうち、宿で留守番をつとめる四名以外の八名による大所帯での訪問だ。騎士シエルと二名の侍従はソファーの後ろに控えている。

 長方形の黒っぽい光沢を放つ大卓を囲むように配置された席に腰掛けるのは、交渉役のロキと銀の双子、楽士伯家の若い主従。

 対面に一人座る副司祭は、ずり落ちそうになっていた肩の飾り帯を直しつつ、手にしたハンカチで額の汗を拭っていた。帯の色は青。ーー位階、第二位の聖職者だ。


 先触れのない訪れだったため、庁舎の長である司祭本人は留守だった。代わりを務めるかれは非常にやせぎすな風貌で少し頼りない。

 が、瞳は優しげな黒で、困り果てた眉の下でもつぶらな印象を受ける。ちょろん、と伸ばした顎髭は灰色。同色の髪は短く刈られている。


 (……山羊の副司祭さま……)


 少女が性懲りもなく微妙なあだ名を脳内で閃かせている間にも、会話はゆっくりと進んだ。

 吐息とともに熟考を終えたロキが顔を上げ、再度、副司祭に視線を合わせる。


「そのキャラバンを率いておられるのがエナン街道(こちら)の司祭様なのですね? で、戻られるのが明日、と」


「はい。丁度アマリナまで遠出していまして。仕入れですとか、色々……。こちらで荷下ろししたあと、ジールの分を運ぶための出立が明後日(あさって)早朝となります」


「……そういうことなら。如何(いかが)なさいます、殿下?」


 ちら、と話を振られたシュナーゼンが頷く。落ち着いた口調で会話に加わった。


「いいんじゃないかな。旅馴れた司祭様率いる人員が揃ってるなら信頼性はこの上ない。僕らだけで他の商人を当たるよりずっと確実だし、帰路の心配もなさそうだ。……二日後のキャラバンの目的地はジールだけ?」


「はい。途中の村で回診や定期薬市をひらきますが、それも到着の日だけですし。無理なく一往復されるには良い日程かと思われますよ」


 ちらり、と。

 副司祭の視線が案じるように、並んで座る二人の姫君に向けられた。

 ゼノサーラは、つん、と気のつよそうな紅色の眼差しを。エウルナリアは困ったような微笑を青い目許に湛えて返す。


 ーー副司祭どのの心配は(もっと)もだ。過酷な旅程で、自分達が足手まといになるだろう自覚はあった。


 幾分、ぼうっ……としたのち、ハッと我に戻ったやせぎすの男性は、若干慌てた様子で顔をロキに向ける。


「で、では明後日の早朝。五時に街の東門にお越しください。それまでに変更が生じましたらすぐ、宿までご一報に伺いますので」



 気弱そうな声音で告げられたそれは、この場においては会談終了の宣言でもあった。

 合図はなかったが一行は、それぞれ手近な面々と軽く目配せしあう。


 ーーー内容としては概ね、願ったり叶ったり。

 もちろん、異論はなかった。


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