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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 疾く過ぎる夏

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48 風紋の国(5)

 ――曰く、昨今のオルトリハス草原の旅人はおおむね歓待或いはそれなりに遇してもらえるが、漏れなく一つの嫌疑をかけられるらしい。即ち、他部族の間者か否か。


 『(名乗った通りの旅人と判断されれば、害されることはありませんよ)』


 あの時、夕食の締め括りにロキはにこり、と笑んで小声で告げた。

 ゲルの外、ピウゥゥ……と、風の音が高く鋭く鳴った、その寸隙を突いての言葉だった。




   *   *   *




 翌朝未明に出立した面々は、現在朝食を兼ねた休憩をとっている。

 火は使わない。それぞれに分けて持たせた水筒の水や塩が効いた堅パン、それにドライフルーツなどで最低限の栄養を摂る。


 草原のただ中、朝陽は東からぐんぐん高さを増している。一行は目深に外套のフードを被り、できるだけ効率よく体を休めた。なにしろ今日中に都に入らねば今度こそ野宿だからだ。



 エウルナリアは疑問を疑問のままにしておくのが苦手だ。ゆえにふと思い付いた質問は、そのままぽろっと唇から溢れ落ちた。


「――じゃあ、もしあの時。私達が本来の身分で会話をしていたらどうなっていたんでしょう……?」


 好物の干しブドウをつまんだ姿勢のまま、難しい表情で固まってしまった黒髪の少女。ロキはひょい、と肩をすくめた。


「多分、あの場で聞き耳を立てていた()()()()によって、夜に呼びつけられた集落の長に仰々しく迎え直され、今も歓待から抜け出せずに足止めを食らっていたかと。お忍びがバレた不手際は速やかにレガート、オルトリハス両国の中枢へと伝えられたでしょう。都からは迎えまで寄越されたはずです」


「はぁ……」


 良かった。いちおう仮の身分を貫いた会話を心がけていて、本当によかった……と、少女は安堵する。


 しかし、隣に座るレインは小さく挙手し、重ねて問うた。


「あの。なぜ、かれらは他国の旅人に寛容なのに自国の同胞には疑心暗鬼なんです? それに、僕たちは明らかに外国人の風貌です。なぜ国内での間者と疑われたんですか?」


「あぁ……それは、オルトリハスが周辺国では唯一安定からほど遠いことと関係が深いですね。

 そもそも成り立ちからして一枚岩ではないんですよ、ここ。間者はその性質上、北のエナン山脈沿いに住まう新しい世代―――つまり、他国との混血が進んだ容姿の者を雇い入れるらしいです。余所者には口が軽くなることもあるだろうと。探るのは専ら、長や体制への愚痴や不満、噂話らしいですが」


 なるほど……と、思案げに視線を落とした従者と入れ替わるように、干しブドウを食べ終えた令嬢がふたたび言葉を溢す。


「……たしか、各部族から候補者を擁立しての国王選を経て、代々の王は決まると幼いころ習いました。世襲制ではないと。今の王は――……昨日泊まった『()の部族』ですね。お話しくださったセヌー老の、お孫さんの」


 エウルナリアは視線を遠くに滲ませ、口許に指を添えて知り得る情報を整理した。年若い王とは春の大陸会議でも一曲踊った気がする。顔はうろ覚えだが。


 「そう」と、ロキは頷く。


「セヌー老は穏健派ではありますが、それは国を富ませるために他国への当たりを柔らかくしているから、という一面でしかない。

 他国を軽んじる傾向にある『月の部族』や蔑視の域にある『風の部族』とははっきり対立関係にあります。間者や互いの施策への妨害活動は目に余るものがありますよ」


「ほんとに、詳しいんですね……」


 ほぅ、と尊敬の眼差しでため息をつくエウルナリア。片頬に手を当ててゆるく首を傾げている。


 「いやいや。きみも相当だと……」と、呟き始めたシュナーゼンは、傍らの妹姫から容赦のない肘鉄を秒で叩き込まれた。脇腹だ。


「! ……ぅぐっ……」


 たまらず身体を折って呻く。

 「あんたが、ちゃらんぽらんなのよ……!」と、凄まじく突っ込まれている。――ちょっと同情する。


「そんなわけで」


 にこっと騎士隊長は爽やかな笑みを浮かべた。


「そろそろ参りましょう。大丈夫。昨日のペースで行けば日没までには余裕で都に入れます。……宿、泊まりたいでしょう? 少なくとも聞き耳は立てられていないような、真っ当な宿に」


「もちろんです」


 きっぱりと。

 代表して即答したレインを筆頭に、若者四名と騎士一名は各自、急いで再出立の準備を整えた。


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