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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 疾く過ぎる夏

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47 風紋の国(4)

 とっぷりと日が暮れた。夏ではあるが肌寒い。煮炊きのために暖炉に火を入れたものの、驚くべきことに全く苦にならなかった。


 寝台はゲルの外周付近に二台ずつ、入り口を六時とすれば零時、三時、九時方向にそれぞれ配置されている。なお零時方向が衝立に囲まれた、姫君達のための仮部屋だ。


 中央に暖炉。その手前に毛織物の絨毯と低いテーブルが置いてある。

 六名は、集落から買い取った食料や乳茶を並べての遅い夕食(ゆうげ)を囲んでいた。




   *   *   *




「レイン。その蒸した白いやつ、取って」


「あぁ……はい、どうぞシュナ様」


「どーも。はい、エルゥ。『あーん』」


「えぇ……と?」


 ぱち、と。

 突拍子もない要求を珊瑚色の唇の前に突きつけられた少女は、真青(しんせい)の瞳をみひらいた。

 暖炉の小さな灯火(ともしび)。卓上のランプ。光源はそれだけのささやかな旅の(ぜん)である。

 にもかかわらず、その青さは変わらず深みを増しただけ。一層レガートの澄んだ湖水を思わせる。


 (ほんと綺麗だよな……)と、見とれている間に――――パクッ! と。

 なんと、同じほどの美人に羊肉と根菜の蒸し餃子は食べられてしまった。シュナーゼンは愕然とし、次いで糾弾の悲鳴を上げる。


「え……? うわぁぁああっ!!? 嘘だろ、なんでレインが食うんだよーっ?!」


 そ知らぬ振りでもぐもぐと咀嚼中の美少年は、残念ながらすぐには答えられない。代わりにかれの主人が、実に申し訳なさそうに言葉を添えた。


「うーん……多分、私に食べさせないためです。ね? レイン」


 律儀な主に律儀な従者。レインは堂々と咀嚼しつつ、こくりと頷いた。その拍子に嚥下してしまう。


「……どうも」


「どうも、じゃないよね!!?」


「エルゥ、乳茶おかわり」


「あ、はい。どうぞ? サーラ」


 向かって左。入り口に最も近い席にレイン。そこからエウルナリア、シュナーゼン、ゼノサーラの順に座っている。丸テーブルなので互いの顔は見やすい。

 ロキはやれやれと嘆息しつつ、ちらりと右隣の部下と目配せし合った。


 部下の青年は片頬を緩ませているが、瞳に笑みはない。

 騎士隊長もまたそれに静かに頷き、本題を切り出すことにする。


「さて。坊っちゃんがた―――明日のことですが」




 ぴり、と場に緊張が走る。


 (若いな)


 ロキは好意的にその落差を受け止めた。素直であることは美徳だ。長じてなお維持し、己の経験と才覚とを合わせ、且つ備え続けていられるなら大したものだと密かに内心、独り()つ。


 かれは、塩味の乳茶とはまた別の持参した珈琲の湯気をくゆらせて若者達を見渡したあと、扉布の外側に一瞬だけ視線を投げ掛け、素早く囁いた。


「(そのまま、普通に話しながら食事を続けて。おそらく()()()()()()())」


「!」


 エウルナリアはごくん、と思わず口内に含んでいた堅パンを飲み下した。慌てて手にした椀の乳茶で流し込む。

 涙目の主を察し、レインが即座に()()()()()()話しかけた。


「大丈夫ですか? エルゥ。それ、しょっぱいから急に飲むと()せますよ」


「ごっ……ごめ、レイン。ありがと……」


 けほけほ、と咳をする少女の背をやさしく(さす)る従者の少年。かれは灰色の視線をす、とロキに流すと、ほぼ唇の形だけでゆっくり問い掛けた。


「(目的は、わかりますか)」


 柔軟な対応を見せる少年に微笑しつつ、騎士隊長は部下が持ってきた筆記具を無言で受けとると、さらさら……と紙片に文章を書き始めた。


「申し訳ありませんね。慌てさせてしまって――ちょっとお待ちください。今、どの辺まで来たか地図を使ってご説明しますから」


 見事な普段通り。

 柔らかい響きの丁寧な話し口調。いつものロキだった。


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