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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 疾く過ぎる夏

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46 風紋の国(3)

「わぁ……」


 天井を見上げた黒髪の少女は、ちいさく驚嘆の声をあげた。


 一見したところ、借り受けられたゲルは集落の他のものと大差ない造りのようだ。とにかく広い。

 円形で、壁は白い厚手の丈夫な布。中央には煮炊きの可能な暖炉があり、今は火が入っていない。煙突がわりとなるパイプが天頂部分に空けられた穴へと繋がっている。

 穴には傘のように段差をつけて木製の覆いが二重に被せられ、下段となる内側には月と星、太陽の図案が透かし彫りされていた。朴とつとした彫り方で、かわいい。


 めくってあった布製の扉は、半分降ろされている。

 男性陣は荷物を降ろし、ゼノサーラを寝台に横たえたあと、馬の世話のために一旦外に出た。かれらの気配は布の壁越し、すぐ側に感じられる。


 ……シュナーゼンは、何をしていても楽しそうだ。叫び声から察するに、馬に髪を噛まれたっぽい。

 騎士達の笑い声、レインの気のない相槌など見事に筒抜けだった。つられて少女も、ふふっと笑んでしまう。


 寝台は人数分。合わせて六台用意されていた。うち二台は入り口から最も離れた隅に寄せられ、背の高い衝立で囲ってある。少女達のための、即席で作られた二人部屋といったところか。


「……っと。いけない、サーラの着替え、手伝ってあげないと」


「――いいわよ。一人でできる。エルゥ、私の荷物とって」


 衝立の向こう。

 怠そうだがしっかりとした口調の声が聞こえた。彼女特有の凛とした、内面よりも大人びた響き。今は、少し掠れている。


「サーラ。もういいの? ゆっくり休んでていいよ?」


 エウルナリアは慌てて彼女と自分の荷袋を掴み、ゲルの奥へと移動した。

 「失礼しまーす……」と、衝立から顔を覗かせると既に体を起こし、寝台に腰掛けるゼノサーラと目が合う。


「ありがと」


「どういたしまして……運んだだけだけど。起きても平気?」


「シュナも言ってたでしょ? 単なる練習不足だもの。ぐぅぐぅ寝てらんないわ」


 どうやら、先ほどの兄殿下の厳しい一言が効いているらしい。そういうものなのかな……? と心配そうに眉を下げつつ、少女もそれ以上は言及しなかった。それとなく、動作の補助などは心がけようと内心で決める。


 二人で最低限の荷を整理し、用意してもらっていた水桶と布で汗や土埃をぬぐう。こざっぱりした服装に着替えたところで騎士達が戻った。


 外は、そろそろ薄暗いはず。夕食のお手伝いはさせてもらえるかな……――などと考えていたエウルナリアは、衝立からひょこっと顔を出すと、にっこりして面々を労った。


「みなさん、お疲れさまでした。お帰りなさい!」


「あ、エルゥ。ただいま戻りました」

「「「……!」」」


 返事をくれたのはレインだけだったが、少女は気にせず衝立から出てきた。「夕食、お手伝いしてもいい……?」などと従者に訊ねているが、「だめです。どうかお寛ぎください」とにべもなく断られている。

 入り口に佇む残り三名は、何とも言えない表情でそれを見守った。


 (何でだよ、レイン……! なんで、そこで動じないで居られるんだよ。あのシチュエーションで『おかえり』だぞ??! 固まるだろ、ふつう……!!)


 黙っていても思考が賑やかなレガート第三皇子は苦渋をかみしめる口許を左手で覆いつつ、側にいたロキの肩に右腕を引っかけ、なお項垂(うなだ)れた。


「教えて、人生経験豊富なロキ先輩。僕の反応は間違ってた……?」


 ふむ、と宙に視線を流して一考する騎士隊長。

 かれ自身、令嬢の『おかえりなさい』には撃ち抜かれるものがあった……とは、言うに言えない。


「いえ、心情としては間違ってはいませんが……レインどのは年齢(とし)のわりに手堅いな、という印象は拭えませんね。先輩としても」


 うんうん、と頷くのは三十代前半ほどの部下の騎士。色々と思うところもあるのだろう。



「……うちの男どもは、揃いも揃って阿呆ばかりなの……?」


 腕を組み、辛辣な台詞を投げ掛ける銀色の皇女が側に歩み寄るまで、レガートの男衆三名は荷ほどきや夕食の準備の傍ら、しばし人生談義に花を咲かせていた。


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