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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 疾く過ぎる夏

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43/244

43 歌長の仕事、南国との交渉

固いです! 超かたいですすみません。

ですがこの場面しか浮かびませんでした……!!




 アルムは精鋭の皇国楽士数名を率いてセフュラ南端の港湾都市を訪れていた。レガートの嵐が収まってすぐのことだ。

 名目上は夏の休暇を兼ねたいつもの演奏(しごと)だが、実際のところはレガート・セフュラ同盟の定義内容の確認および対ウィズル戦を想定した二国間協議である。


 海を見下ろす高台に建てられた白亜の離宮。

 王の私室にて、アルムとジュードは海風をはらむ紗のカーテンを横目に、小卓を挟んで向かい合っている。

 それぞれの白磁の茶器のなかで、オレンジ色がかった水色(すいしょく)の紅茶がゆらりと揺れて、風通る室内に柑橘系の仄かな香りを漂わせた。


 コトン、とジュードが手にした茶器を卓に置く。中身はまだ残っている。


「わかった。――で。なんで、()()()()()()()()()()なんだ?」


 アルムは、ぴくりと片眉を上げた。ひどい言い(ぐさ)だ。また、緊張感の欠片(かけら)もない。対面する男の四十にして衰えぬ美貌に湛えた表情は、残念なことにふて腐れているようにも見える。


「うるさいなぁ、説明しましたよね? 何度仰られてもエルゥがいま足を運ぶべきは東です。(ここ)じゃない。あの子達はもう少し、世界を広げねばならない」

 

 とはいえ、娘のことはしっかり思い出してしまったのだろう。伏し目がちの瞳にかかる睫毛の影が濃い。その優美さは、ここにはいない少女を思わせた。


 ジュードはそれをまじまじと眺める。

 (そういや姫は、造作がほぼ父親(こいつ)譲りなんだよな……)と、内心うんうんと頷きながら。

 ―――元々、好きな顔である。問題ない。


「いやまぁ、言い分はわかるんだが」


「わかってくれて嬉しいです陛下。で、セフュラとしてはこの件、どうします。ディレイ王とは(さき)の大陸会議でちょっとは話せましたか?」


 それまでのゆるさが嘘のように、場にぴりりと緊張が走った。

 ジュードは戸惑うことなく鷹揚に構え、だが(かぶり)を振る。


「いや、最低限の挨拶しかしていないな。奴の方からそれとなく距離を取られてた気がする。警戒されてるのかと、あえて放っといたんだが……裏目に出たか」


「うーん。仕方ないかもしれませんね。貴方は大々的なエルゥの支援者(パトロン)だし、力も経験も備えた大国の主だ。距離を取りたくもなるでしょう」


「……それは、褒めてるのか?」


 怪訝そうな顔の親友に、アルムはふふっと華やかな笑みを添える。両手の指を組んで背凭れに体重を預け、小首まで傾げた。


「それはもう。娘の代わりに抱擁して差し上げてもいいですよ」


「よし、来」

「なーんて、冗談に決まってるでしょう。しませんし、勿論させません。親としては感謝していますし、レガートの歌長としても必ず、お望みの形で恩義に報いますが」


 真顔で両手をひらいて見せたジュードに対し、アルムは学生の頃と寸分変わらぬ容赦なさを披露し、にこにことしている。

 ジュードも特に気分を害した様子は見せず、ふっと笑んだ。

 再度、卓上の器を手に取る。

 ゆっくりと冷めた茶を含み―――どこか遠くを見るように、視線を翠の海へと投げ掛けた。


「恩義がどうの、という話はウィズルをどうにかしてからだろうな……姫は、海向こうの介入もありえると?」


「えぇ。セフュラの主としては如何です? その辺の読みは」


「良くできた女性に育ったと思う。ぜひ妃に欲しい」


「いえ、誰も本音をいえとは、一言も……」


 つい、正直に渋面となった歌長に、南国の王は(すが)しく笑い、「さっきの仕返しだ」と軽くいなした。

 そのまま一気に器の中身を飲み干し、たん、と潔く卓に戻す。


 ジュードの紫の瞳には、迷いの影も驕りの色も何もない。ただ、ひたすら成すべきことを見つめ、出来る最大限の一線を見極める、王ならではの眼差しがある。

 その、王が吐息した。


「よかろう。南海(こちら)の防衛も、(そちら)の戦線も全面的に請け負ってやる。ただしレガート湖から西に流れる河川より南のみ。そこは譲れん。北はアルトナと白夜(びゃくや)でなんとかしろ。

 見返りは……そうだな。年に一度、無料(ただ)でお前と姫に来てもらえるならそれでいい。生涯、ずっとだ」


 親友の条件提示に、歌長は思わず目をみひらいた。

 やがて手元の茶に視線を落とし、ぐっと飲み干す。静かに置き、座したまま優雅に一礼した。


「―――御意。そこまでしていただけるなら、あとは如何(いか)ようにも。感謝申し上げますジュード王。

 もちろん、喜んで歌わせていただきます。娘と毎年、これからも貴方のもとを訪れましょう」


「あぁ」


 張り詰めた空気のなか。

 主要なやり取りを終えた親友達は、どちらからともなく視線を交え―――互いに、ふっと頬を緩め合った。



 (そろそろ、草原の都に入る頃か。エルゥ達は)


 その最中(さなか)にあっても、歌長の心を占めるもの。

 愛娘らの無事と交渉の成功をひそかに祈る心の呟きは、その強固な意思をもってして、この場ではため息一つ、漏らされることはなかった。


(8/20 誤字報告、感謝です!)

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― 新着の感想 ―
[一言] 固い…ですか? 特段そうは思いませんでしたよ? 良い取引シーンだと思います。 見返り条件がこれなのも本作ならではですね!
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