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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 疾く過ぎる夏

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40/244

40 草原の宿場町(前)

 (かし)いだ夕陽が地に長く影を象り、緑の木々や家々の屋根を茜色に彩る。そこに生きる、一日を終えた充足感や、ちょっとした疲労に満ちた人びとの顔も。


 ざわざわ……と、雑踏を行き交う馬車と歩行者で賑わう、レガートにほど近い草原の宿場町。

 そこに取り立てて目立った点のない、しかし質の良い造りの馬車が二台、連れだって訪れた。


 高級な旅籠(はたご)から手頃な宿までが整然と立ち並ぶ赤レンガの噴水広場。目当ての軒先に停まった馬車二台から、身なりの整った旅人達が順に降りてゆく。


 いくらか小綺麗な露店も軒を連ねるなか、人びとは何とはなしに一行に視線を奪われた。

 かれらのうち、二人の容姿が―――フードを目深にすっぽり被って隠してはいるものの、仄かに覗く鼻筋や口許、立ち居振舞いが妙にうつくしく惹き付けられたからだ。


 しかし、見られることに慣れている当人達は、あまり頓着しなかった。 



「何日かかるんだっけ? オルトリハスまで」


 やや、気だるげな声。

 馬車を降りつつ欠伸を噛み殺し、織りの軽そうな夏用の外套をまとった少年が思わずの(てい)で呟いている。


 先に降車を済ませていた連れ合い――よく似た装束の居丈高な少女――は、後ろを振り返りもせず、そっけない声音で律儀に返事をした。


「確か、六日目の夜には着けるはず。調べときなさいよ、それくらい」


「うーん? 聞いた気もするんだけどさ。多分サーラが覚えててくれるだろうなって。ふふ、やっぱり読み通りだった」


「ばーか。使わないから余計にばーか」


「……」

「……」


 この兄妹は車内でもずっと()()だった。

 のらりくらりと話題を振るシュナーゼンに対し、ゼノサーラがいっさいの甘さを省いた切り返しを叩き込む。概ねその繰り返しである。


 ところが、さほど険悪でもなかった。主に皇子の(かも)(ゆる)い雰囲気のおかげで、罵詈雑言がぽんぽんと飛び交うなかでも一行は非常にのんびりとした、和やかな空気に包まれている。


 (これも一種の才能よね。シュナ様は打楽器独奏者(ソリスト)を目指してるし、何より皇族ですもの。()にしろ()にしろ、いずれレガートの中枢を担う方になるんだろうな……)


 賑やかな双子に続き、ものしずかなレインが身軽な仕草で降り立つ。

 す、と振り仰ぎ、右手を自然に差し出した。「ありがとう」と、それに繊手(せんしゅ)を与えたエウルナリアも危うげなく、するりと馬車から降りる。


 とん、と素足を包んだサンダルが、揺れない地面に着いた。


 ふわ……と、垂らした黒髪と白い外套の裾が夕映えを受け、風をはらんで揺れる。夢みるような青いまなざしで周囲をそろり、と見渡す。

 そのさまは、まるで初めて人界を訪れた精霊の姫君のようで――栗色の長い括り髪の美少年と並び立つと、余計に衆目を集めた。


「……」

「……」


 揃いのフードを目深に被り、銀細工のごとき容貌を厳重に隠す双子は同時に黙り込み、やれやれとため息をこぼす。


「レインだけでも結構目立つのに……あの主従、お忍びの意味と自分達の容姿が色々と危ないってこと、そろそろ気づいてくれないかしら」


「無理でしょ。レインは自覚しててあれだし、素で隠す必要ないと思ってるからあぁなんだって」


 枝葉を広げる緑樹の影。

 噴水の縁に腰掛けるゼノサーラと、それに寄りそうシュナーゼン。

 もちろん、傍らにはそれぞれの侍女と侍従も控えているが――


 (いいえ、殿下がた。ちょっと隠したくらいじゃ意味がないほど、貴方がたも充分、目立っておいでなんですが……!)


 とは、流石に言えず。

 力なく笑顔を浮かべるだけのかれらの真意は、当然双子に届かない。

 唯一、緊張感をもってきびきびと任務に当たる私服姿の騎士四名は、今日の務めを終えた馬八頭と自らの騎馬を順に労い、手際よく馬車を広場の隅へと移動させていた。


 周囲の耳目を集めつつ、主従が双子の待つ噴水にゆるりと近づいたとき。


「お待たせいたしました。宿がとれましたよ」


 目星をつけた旅籠と交渉に当たっていたゼノサーラの侍従と侍女が戻り、とりあえずの安堵を一行にもたらした。


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