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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 西国の王

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30 本心でのやり取りを

 コト、と客人らの前に茶器を置く。


「お待たせいたしました」


「あぁ……」


「申し訳ありません、令嬢手ずから」


 エウルナリアは、にこっと笑んだ。


「いえ、淹れてくださったのは司祭様ですし。私はお運び申し上げただけ。……はい、どうぞ殿下」


「ありがとう、エルゥ」


 アルユシッドは、エウルナリアが置こうとした茶器をそのまま両手で受け取った。

 作法としては行儀よくないが、親しさはこの上なくアピール出来ている。


 (うーん……そういう、作戦なのかな)


 細長いローテーブルを挟み、二脚の三人掛けのソファーが向かい合っている。

 片側にウィズル。反対側にレガート。……エウルナリアは、少し緊張しつつ「失礼します」と自らも席に着いた。成り行き上、アルユシッドの右隣である。


 令嬢が座ったのを見計らい、一同はそれぞれの茶器を手に取る。

 しばし、独特の甘苦い風味漂う湯気とおだやかな会話に、場は満たされた。






「―――で。この後のことだが」


 カチャ、と飲みかけの茶器を受け皿に戻し、本音の口火を切ったのはディレイだった。

 アルユシッドは「はい」と返事しつつ、ゆっくりと味わって茶を含んでいる。ウィズルの近侍も似たようなもので、エウルナリアだけはちびちびと口を付けていた。ほぼ、飲めていない。


 (味は、不思議だけど美味しいの……なのに、なかなか冷めないのよ。つらい……!)


 少女の猫舌加減をよく知る皇子は、横目にそれをちらりと眺めて目許を和らげた。

 咎めるような茶色の瞳。

 ウィズル王ディレイは足を組み、背をクッションに凭れさせて斜に構えるように正面の二人を眺め見た。


「予定では施薬の棟で実際の治療を見学。のちにエウルナリア嬢の案内で劇場に案内してもらえるのだったか……夕刻まで」


「そう。もちろん近侍どのと、先ほどの二名の護衛騎士がお付きします。夕刻からはマルセル陛下並びに雪花(ゆきはな)皇妃との懇談と会食。残念でしたねディレイどの。エルゥを眺めていられるのは仰るとおり、夕刻までです」


「正直になったな」


「お陰さまで」


「「…………」」


 近侍の男性が再び、胃の痛そうな顔をした。


 (この方に、よいお薬を見繕ってさしあげたほうが良いと思うのだけど――薮蛇よね)


 ようやく冷めてきた薬草茶を、こくこくと飲みながら温まったエウルナリアは一人、ほんのりと甘い表情になった。

 閉じていた目をひらくと、はた、とディレイと視線が絡む。何とも言えない顔だが……はて、と首を捻った。


 ふ、と。

 少女の年齢よりあどけない様子に、柔らかな笑みを浮かべる青年王。

 ようやく諦める気になってくれたかな―――令嬢が、希望を抱いた次の瞬間だった。


「なら。夕刻までは二人で過ごせる時間も作ってもらおうか」


 (!!?)


 青い目が驚きにみひらかれる。思わず気管に茶が入りそうになった。むせそうになるのを、ぐっと堪える。自然、なにも言い返せない。


 代わりに白銀の司祭が、冷ややかなまなざしで淡々と答えを投げ返した。


「だめです」


「なぜ?」


「よくもまあ、ぬけぬけと……貴方が彼女にした仕打ちを、我々は苦く思っていると先ほど告げたばかりでしょう」


「だからこそ、だ」


「……は?」


 さすがに、エウルナリアも口を挟んでしまった。訳がわからなさすぎる。


 令嬢の、想像以上に冷たい呟きにも砂色の髪の青年は動じず、にやりと笑んだ。胸の前で組んでいた腕を片方抜き、前傾姿勢となって器用に頬杖をつく。

 ―――斜めから、一直線にエウルナリアだけを見つめながら。


「これくらい譲歩しろ。俺が平和的とやらに、ことを進めている間にな。……べつに、攻め落としても構わんのだ。レガートには軍と呼べるものなどない。同盟国が厄介なのは認めるが、この国にあるのは豊かさとうつくしさだけだと、今回の視察でよく(わか)った。奪われるのに何の不思議がある? むしろ今までのほうが、おかしい」


「……!」


「――撤回を。ディレイどの。さすがに聞き捨てならない。そもそも、なぜエルゥなんだ……!」


 暗紅色の視線は、既に冷えきって空気すら凍えさせるかのよう。もうすぐ夏なのに―――と、思考は逸れかけたが、少女自身もそれは甚だ疑問だった。唯一温もりを伝える茶器を両手で包みながらこく、と頷く。

 怖いけれど、視なければならない。


 ……底知れない、西国の王の茶褐色の瞳。


 目が合うだけでも威圧される。その圧がなぜか、ふと和らいだ。


 (?)


「それを貴殿が言うのか、アルユシッドどの? 先ほど言ったではないか。『近い間柄』と。つまり、それほど似合いだというのに、公には認められぬ理由があるのだろう? ……育った懸想は消えはせん。俺にしてもそうだ。一度は手にしたのに」


 じ、とエウルナリアの青い双眸を視線で捕らえて言い放つ。


 聞きたくない。そう思いつつ、エウルナリアの耳は、相変わらず胸の内側を引っ掻くような響きをもつディレイの低い声を、余さず拾ってしまった。


「すべて、手に入れたいと願って―――何がおかしい? 本気だ。綺麗事を並べたところで、惚れるとはそういうものだろうが」



 眉をひそめ、表情を険しくしても視線を逸らせない。

 ……それほどの声と、瞳だった。


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