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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 西国の王

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28 司祭であり、皇子

「すごい……! この茶葉、何です? こちらは見たところ、果実みたいですけど」


 手のひらに可愛らしい小瓶を乗せて、嬉々と声を弾ませるのはエウルナリア。お茶のレシピと淹れ方に興味があった彼女は、アルユシッドの厚意に甘えて実際に淹れるところを見学している。


 淹れる――というと、厳密には違う。

 《特製の薬草茶》は小鍋で煮出す、いわゆる薬湯に近いものだった。 


 ちなみに一行は聖職者の棟の一階再奥(さいおう)、レガート支部長の執務室に続き部屋として(しつら)えてある給湯室を訪れている。

 湯を沸かすためだけの室内は狭い。成人男性が三名も入れば窮屈になる塩梅(あんばい)だったため、正騎士2名とディレイの近侍には外側、つまり執務室側で待ってもらう。


「茶葉のベースになっているのは南方から取り寄せた紅茶の一種でね。少し独特な香りがするけど、とても体を温めてくれるんだ。果実は、蜂蜜漬けにしたカリン。喉にいいし、他の薬草の()()()を消すための甘味と香りづけに混ぜてる。薬草そのものは、そこの庭で採れたものばかり。天日干ししたもので……合わせて八種類かな」


「本格的なんですね……」


 実際に小鍋に水を入れ、沸かしている間に(はかり)で計量しつつ薬草茶をブレンドするアルユシッド。

 給湯室の棚にはずらり、小瓶に分けられた各種茶葉や薬草のたぐいが並んでおり、そちらを眺めるだけでも圧巻だった。


 かれは既に「失礼。作業に邪魔なもので」と、断りを入れたあと、真っ白で袖の長い司祭服の上着を脱いでしまっている。


 よって今は、かなり寛いだ雰囲気の――レガート第二皇子だ。



 ディレイは手近な壁に寄りかかり、腕を組んで睦まじく茶談義を繰り広げる二人を眺めている。


 表情は読めない。だがそうしていると―――一国(いっこく)の王というよりは一人の青年だ。一振りの(つるぎ)、或いはしなやかな獣のような空気をまとってはいるものの、無闇やたらと人を襲うことはなさそうな、ぴん、と律した武人の気配を感じる。


 とはいえ、実際に襲われたことのある少女にとっては苦手な人物でしかない。金輪際二人きりにはなりたくない。


 エウルナリアは、背に刺さる視線は出来るだけ無視した。

 ―――が。


「……他国には嫁げない、との回答。正式にも受けた。だがなぜだ? それが国益となる場合もあるだろう」


 淡々と(たず)ねてきた。

 吐息しつつ、アルユシッドは口をひらく。


「彼女の損失は、計り知れない国益の損失と同じことです。彼女は、我が国の顔でもある皇国楽士団の、未来の歌長(うたおさ)候補。この上ない次代の“華”……正式な回答どおりですよ、ディレイ殿。我らは国を挙げて彼女を守る」


「―――!」


 エウルナリアは驚きに青い目をみひらき、息を呑んだ。……どうしよう、呼吸できない。

 (アルム)も同じようなことを言ってくれた。でも、目の前の皇子が言葉にすると重みが違う。


 ぐつぐつ……と、煮え始めた小鍋に、アルユシッドは計量した薬草をぱらぱらと入れている。

 ――手慣れている。傍らの令嬢に衝撃を与えつつ、その佇まいは穏やかで、まるで薬師のようだった。


「では、ウィズルがどうこう、という意味でも相手が俺だからという意味でもないのだな」


「……そうなります。もちろん、貴方の行いは公表されていないだけで、充分我が国の不評を買っていますが。彼女が欲しいなら、それこそジュード陛下のように熱心なパトロンになってしまえば宜しかったのに」


「気に入った女は崇め奉るものじゃない。側に置いてこそ、だと思うがな。ときに貴殿らは、婚約者同士か?」


「それに近い、間柄ではあります」


 充分に薬効を抽出した小鍋の中身に、今度は手で()いたカリンの蜂蜜漬けが数個、ぽちゃ、ぽちゃん、と入れられる。

 アルユシッドは(しば)し蜂蜜入りのカリンの小瓶と蜜に濡れてしまった指を交互に眺め、珍しく思案顔となった。

 エウルナリアは「……?」と、小首を傾げる。


「どうなさいました? ユシッド様」


「いえ。惜しいな、と思って……二人きりなら、手ずからこちらを差し上げられたんですが。――とびきり甘いですよ、いかがです?」


「!! ……え、と……? その、お気持ちだけで。有難う、ございます……???」


 何となく意味を察しつつも皇子の意図を計りきれず、まごまごと狼狽(うろた)えるエウルナリア。

 アルユシッドは特に気にした様子もなく、ふっと頬を緩めた。


「わかった。じゃあ、残念だけど次の機会にしようか。そこの茶葉、入れてくれる? 私は手を清めるから」


「あ。はい」


 急にアルユシッドの口調が戻った。

 エウルナリアはつい、反射で答えてしまう。

 すぐに自然な仕草で火元に近づくと、計量済みの茶葉をざっと煮え立つ小鍋に入れた。指示はなかったが、出してあった砂時計をコトン、とひっくり返す。


「――うん。ありがとう」


 流水で両手の指を清めつつ、皇子はにこりと目許を和ませた。


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