28 司祭であり、皇子
「すごい……! この茶葉、何です? こちらは見たところ、果実みたいですけど」
手のひらに可愛らしい小瓶を乗せて、嬉々と声を弾ませるのはエウルナリア。お茶のレシピと淹れ方に興味があった彼女は、アルユシッドの厚意に甘えて実際に淹れるところを見学している。
淹れる――というと、厳密には違う。
《特製の薬草茶》は小鍋で煮出す、いわゆる薬湯に近いものだった。
ちなみに一行は聖職者の棟の一階再奥、レガート支部長の執務室に続き部屋として設えてある給湯室を訪れている。
湯を沸かすためだけの室内は狭い。成人男性が三名も入れば窮屈になる塩梅だったため、正騎士2名とディレイの近侍には外側、つまり執務室側で待ってもらう。
「茶葉のベースになっているのは南方から取り寄せた紅茶の一種でね。少し独特な香りがするけど、とても体を温めてくれるんだ。果実は、蜂蜜漬けにしたカリン。喉にいいし、他の薬草のえぐみを消すための甘味と香りづけに混ぜてる。薬草そのものは、そこの庭で採れたものばかり。天日干ししたもので……合わせて八種類かな」
「本格的なんですね……」
実際に小鍋に水を入れ、沸かしている間に秤で計量しつつ薬草茶をブレンドするアルユシッド。
給湯室の棚にはずらり、小瓶に分けられた各種茶葉や薬草のたぐいが並んでおり、そちらを眺めるだけでも圧巻だった。
かれは既に「失礼。作業に邪魔なもので」と、断りを入れたあと、真っ白で袖の長い司祭服の上着を脱いでしまっている。
よって今は、かなり寛いだ雰囲気の――レガート第二皇子だ。
ディレイは手近な壁に寄りかかり、腕を組んで睦まじく茶談義を繰り広げる二人を眺めている。
表情は読めない。だがそうしていると―――一国の王というよりは一人の青年だ。一振りの剣、或いはしなやかな獣のような空気をまとってはいるものの、無闇やたらと人を襲うことはなさそうな、ぴん、と律した武人の気配を感じる。
とはいえ、実際に襲われたことのある少女にとっては苦手な人物でしかない。金輪際二人きりにはなりたくない。
エウルナリアは、背に刺さる視線は出来るだけ無視した。
―――が。
「……他国には嫁げない、との回答。正式にも受けた。だがなぜだ? それが国益となる場合もあるだろう」
淡々と訊ねてきた。
吐息しつつ、アルユシッドは口をひらく。
「彼女の損失は、計り知れない国益の損失と同じことです。彼女は、我が国の顔でもある皇国楽士団の、未来の歌長候補。この上ない次代の“華”……正式な回答どおりですよ、ディレイ殿。我らは国を挙げて彼女を守る」
「―――!」
エウルナリアは驚きに青い目をみひらき、息を呑んだ。……どうしよう、呼吸できない。
父も同じようなことを言ってくれた。でも、目の前の皇子が言葉にすると重みが違う。
ぐつぐつ……と、煮え始めた小鍋に、アルユシッドは計量した薬草をぱらぱらと入れている。
――手慣れている。傍らの令嬢に衝撃を与えつつ、その佇まいは穏やかで、まるで薬師のようだった。
「では、ウィズルがどうこう、という意味でも相手が俺だからという意味でもないのだな」
「……そうなります。もちろん、貴方の行いは公表されていないだけで、充分我が国の不評を買っていますが。彼女が欲しいなら、それこそジュード陛下のように熱心なパトロンになってしまえば宜しかったのに」
「気に入った女は崇め奉るものじゃない。側に置いてこそ、だと思うがな。ときに貴殿らは、婚約者同士か?」
「それに近い、間柄ではあります」
充分に薬効を抽出した小鍋の中身に、今度は手で割いたカリンの蜂蜜漬けが数個、ぽちゃ、ぽちゃん、と入れられる。
アルユシッドは暫し蜂蜜入りのカリンの小瓶と蜜に濡れてしまった指を交互に眺め、珍しく思案顔となった。
エウルナリアは「……?」と、小首を傾げる。
「どうなさいました? ユシッド様」
「いえ。惜しいな、と思って……二人きりなら、手ずからこちらを差し上げられたんですが。――とびきり甘いですよ、いかがです?」
「!! ……え、と……? その、お気持ちだけで。有難う、ございます……???」
何となく意味を察しつつも皇子の意図を計りきれず、まごまごと狼狽えるエウルナリア。
アルユシッドは特に気にした様子もなく、ふっと頬を緩めた。
「わかった。じゃあ、残念だけど次の機会にしようか。そこの茶葉、入れてくれる? 私は手を清めるから」
「あ。はい」
急にアルユシッドの口調が戻った。
エウルナリアはつい、反射で答えてしまう。
すぐに自然な仕草で火元に近づくと、計量済みの茶葉をざっと煮え立つ小鍋に入れた。指示はなかったが、出してあった砂時計をコトン、とひっくり返す。
「――うん。ありがとう」
流水で両手の指を清めつつ、皇子はにこりと目許を和ませた。




