26 王と、司祭と歌姫と(3)※
「エルゥ」
中庭に差し掛かったとき。今度はアルユシッドに愛称を呼ばれ、手を差しのべられた。
何方も此方も皆、揃いも揃ってエスコートを申し出てくれることに、少女はやんわりと苦笑を溢す。
が、公の場で皇子の厚意を断るわけにもいかない。「有り難うございます」と、ここは素直に受けた。
左手を預け、右手で衣装の裾が汚れぬよう、軽く浮く程度につまむ。
――俯きがちに歩を進めるエウルナリアと、そんな彼女を気遣うように微笑みつつ、寄り添うアルユシッド。
小雨のなか、白銀の髪の司祭と黒髪の歌姫の取り合わせは、まるで一瞬の絵を切り取ったかのような見事な調和を見せていた。
元来、似た空気の持ち主である。
並び立つと本人達が思う以上に似合いの二人となる……ということに、流石と言うべきか姫君のほうは全く気付いていない。
若き司祭は、そうでもないらしいが。
かれは、暗紅色の眼差しでちら、とディレイに視線を流すと何事もなかったように「では、先に聖職者の棟へ参りますか?」と述べた。
「…あぁ」
返事は一言。
剣呑に細められた視線は容赦なく目の前の青年を射抜いたが、アルユシッド当人はどこ吹く風と動じない。実に、にこやかに一行を先導した。
「では、こちらへ」
中庭は、薬草園も兼ねていた。
背の高いもの、低いもの。花をつけたもの、枯れ枝のようなもの――知識がなければ首を捻るしかない、一群の草花。そのさ中、板を渡された広い通り道を一行は歩く。正騎士は二手に分かれ、それぞれに傘を差してくれた。
「失礼ですが、貴国はあまり植物の育成には適しませんね」
わりと熱心に草花に見入っていた客人二人に、アルユシッドは告げた。
草花よりは鋼の刀身や、血飛沫飛び交う戦場が似合いそうな青年は、視線を薬草園に固定したまま淡々とこれに答える。
「何も、礼は失していない。事実だ。我が国はほとんどが乾いた荒れ地。このような慈雨、恵みでしかないな」
「…でしょうね。薬草に関しては聖教会独自の繋がりがありますから、流通には支障ありません。大陸を網羅する強みが、こちらにはあるので」
ぴく、とディレイが反応した。ゆるりと茶褐色の瞳が動き、再び司祭を射る。
「ほう? 興味深いな。その辺は今日はご教授いただけるのか?」
「わが教会の秘磧にございますれば、ご容赦を」
しれっと、柔らかな美貌に笑みを浮かべて質問をかわすアルユシッド。
ディレイは、スッ…と視線の温度を下げて呟いた。そのくせ口許は嬉しげに笑んでいる。気のせいか、周囲の温度も下がった。
「……そうだな。胡散臭い、実証もできかねる上なんの足しにもならぬ他の教えに比べれば、サングリードの御教えは肯首できることが多い。
徹底して《現世を健やかに過ごせるよう尽力すべし》…だったか? 影にどれほどの土台を構築してあるのか、底の底まで覗いてみたいものだ」
「お戯れを」
ふふふ、と楽しげに微笑みを交わす青年達。
が、同席の者は堪ったものではない。
近侍の男性はもちろん、騎士二名も微妙な顔色である。
そんな中――――たおやかな少女だけは。
(ユシッド皇子、強い! さすが、一歩も引けを取ってない。――…私も、見習わないとだめね。お父様に言われた通りまだまだ胆力が足りないんだわ……!)
この場で冷や汗をかくこともなく、涼しい顔で自省していたわけだが。
…これに関してはもう、無自覚の産物というより他なかった。
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※小雨のエルゥのイメージはこちら。




