241 南国の旧友、迎える歌長
時は遡り、朝の九時過ぎ。
意外なことにさほど厚着でもない南国の王ジュードが、甲板で従僕に頼み込まれ、渋々内側に羊毛を仕込んだマントを羽織らされていた頃。
南港では、オペラグラスを片手にアルムが待ち受けていた。
「来た来た」
吐息が白く上り、グラスのなかの視界が一瞬けぶる。
遠く、船上にはためくセフュラの国章は睡蓮。曙の紫に染めた地に白の花弁が象られ、周囲を縁どった金糸が風に波打つように輝いている。
ちょうど、雲間から陽が差したところ。
喫水線の浅い船底付近で、無数のオールが規則正しく水を掻いている。向かい風のほうが強いのだろう。華麗な装飾を施してはあるが、機能的には小回りが利きそうな、実戦向きですらある重厚感とコンパクトさ。立派な河用の軍船だった。
(海軍と河軍。両方そつなく維持してるのが恐ろしいな、あの男は……)
学生の頃からそつのない男だったが、治世も盤石の名君と言って差し支えなかった。あとは妃と世継ぎに恵まれさえすれば――とは、詮ない思いだ。
ウィズルの件で。
思いもよらない角度から、今回は旧友の国の底力を知った。
南洋に向けて、唯一の貿易港を備えた海運国家。かの大国があるからこそ免れた戦禍が幾つもある。
(さて。あいつ、怒るかな。いやどうかな……)
オペラグラスを下ろせば、まだ船は遠い。
ちょっと暖でも取ってくるか、と、アルムは埠頭から離れた。
* * *
「…………いくらなんでも、早すぎだろう。姫は」
「十七です。学生と言えど、ここでは充分成人と見なされる。ましてやあの子の境遇を考えれば、早すぎるということはありません。むしろ必要です。個人としても、各地に招かれる歌い手としても」
「それは」
ちら、と、紫の瞳に影が宿る。
――ジュードは、エウルナリアの母、ユナを知っている。あの学院でともに歌い、特別な時間を過ごした仲だ。まだ立太子からも逃げ回っていたマルセルを含めて、四人。
懐かしいな、と頬が緩むことが多くなった。
アルムは苦笑する。
南港でかれを出迎えた際、当然のように後ろを探された。
『姫は?』
『外しました。私の一存で』
『~~~……なにぃっ!!?』
――と、ほぼほぼ予想通りの会話を経ての移動中。馬車での差し向かい。
娘とレインの婚姻が済んだことを告げ、複雑な祝福とちょっとばかりの落胆の言葉を預かった。もちろん、娘には前者のみ伝える。
カラカラ……と、石畳をゆく乾いた音。ジュード一人に対しては大きすぎるほどの車体だったが、セフュラが押しに押されぬレガートの同盟国であることは揺るがない。他国と比べ、遜色のある待遇にするわけにはいかなかった。
レガートが軍を持たないこと。それでも、サングリード聖教会と各種芸術面から他国との繋がりを築き、時に災禍に遭うこともあれば、戦を回避することもあった。
今回のように。
「エルゥのことは置いておいて」
「置くのか。人でなし」
くすり、と微笑んで正面の親友を眺める。
かれが、軽口を叩く間は有りがたいことに、まだ平和。
アルムはゆっくりと首肯した。
「『人でなし』。結構です。守りたいものを守れるならね。
――ところで明日からの会議。貴方はどう出ます? ギリギリの水面下で防衛線を張っていただいたわけですが。例の外国からの介入や海賊の件はどうなりました? かれらも、流石に冬は動けないんじゃ……とは思ってましたが」
「本当に容赦ないな、お前。ペラペラペラペラと……。親友が長年温めた恋心をそんな、身も蓋もない味気もない話題で」
「それが、私の。“我々の”務めだとも思っていますから」
「食えんし。相変わらず面倒な男だよな、お前……」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めとらん」
一路。
話題には事欠かぬ旧友とのひととき。
馬車は、緩やかに定められた大路をゆく。
実際には、物語は前章(238話)で終わっていますので、こちらのエピローグは正真正銘の後日譚ですね……。
た、たぶん全五~六話で(だんだん小声になる)
ゆっくりとお読みいただけると、幸いです。
つたないお話にお付き合いくださり、感謝です……!!




