240 砂漠と草原の星
菱の花のようなレガート島。東西南北の突出した岬に港は備えられており、北は基本的に皇室専用。よって、各国は他の三方より入国する手筈となる。
エウルナリアが任ぜられたのは東の草原、砂漠。南のセフュラ。そして西のウィズルだった。
細かな人員の管理や流れは外交府の担当官が引き受けているので、エウルナリアが負うのは実際の接待や案内だけ。どちらかと言うと官吏の指示に従い、臨機応変に摩擦を減らして国益をとることを期待されている。
はず、ではあったが。
「ようこそ、レガティアへ。ステラ陛下にリザイ様。それに……カイザ・ハーン陛下。キオン様」
予定時刻。東港にて。
思いもよらず勢揃いした両国首脳陣に周囲の官吏らがこぞってドン引きするなか、少女は全く動じることなく前へと進み出た。優雅な礼をさらりととったあと、平然と話しかける。
「乗り合わせておいでになったのですか?」
「まぁ、そんなところね」
ふふ、と相変わらず艶かしい褐色肌の女王も冬の湖は寒いと見える。ふかふかの銀豹の毛皮の外套をまとい、以前見た薄衣姿とはがらりと趣を違えていた。
「申し訳ありません、エウルナリア殿。我が君が気まぐれで」
同じく褐色の肌。長身の女王よりなお高い位置にある生真面目な面には、ありありと“痛恨の極み”と書いてある。
エウルナリアは、「いえ」と頭を振った。
実際のところ、馬車は予備も用意してある。迎えが一度で済んだのなら、両国が険悪でもない限り却って助かる。
(険悪……じゃないよね?)
窺うように、同じくらいの目線の少年の顔を覗き込むと、なぜか赤面された。
「? カイザ様?」
「久しぶり……です。エウルナリア殿。会えて嬉しい」
こちらも、相変わらず少女のような可憐さが漂う美少年ぶりだった。懐かしさと慕わしさに、思わず笑みほころぶ。
「わたくしも。再びお会いできてとても嬉しいですわ、陛下」
「おや。僕には?」
「キオン様」
ずい、と、砂漠のリザイほどもある長身の青年が屈み込んでエウルナリアに迫った。
――ところ、ふっと離される。
キオンはカイザに。エウルナリアはレインによって、同時に肘を引かれていた。
みずからの隣まで少女を連れ戻したレインが、にこり、と一見友好的な笑顔を浮かべる。視線は真っ直ぐキオンに向けられていた。
「星読みの君には、ご機嫌麗しゅう。今も、うつくしいものを愛でるのがお好きですか?」
「きみ……たしか従者の。髪、切った? 似合うね」
残念ながら会話が噛み合わない。
げんなりとした少年王が、連れの青年に肘打ちを食らわせて代弁する。
「すまない。うちの変態が……。ご覧の通りさ。今回は初の外遊だからって浮かれてて」
「なるほど」
うんうん、と納得した様子のレインが腕組みで頷いた。すかさず言い添える。
「実は、結婚しまして。現在はレイン・バードを名乗っております。以後、お見知りおきを」
「え」
「へぇぇ……凄いな。おめでとう」
「あら。やっぱり?」
「…………!」
四者四様。なかでも、たった一言呟いて悲愴な表情になってしまったカイザ・ハーンにはちょっと心配になったが、空模様をちらり、と気にしたエウルナリアは、一行にほのぼのと笑いかけた。
「あのぅ……。宜しければ、もう参りませんか? 皆様を無事に迎賓館までお連れするよう、此度の開催主であるマルセル今上陛下より厳重に申し付けられております。若干、雪も降りそうですし。差し支えなければ六人用の馬車を二台、用意してございますが」
「あぁ、……うん。わかった。そうだね」
灰鼠色の冬空に、光明がさすような麗らかさ。多少強引ではあったが、全員が彼女とその夫になった青年に、さまざまに興味があるのは否めない。
よって。
「こう……なりますか」
「なるわ。せざるを得ないわ、エウルナリア」
――――と。
カタタン、カラカラカラ……と車輪が廻り、一台の豪奢な大型馬車が主街道の中央、噴水広場を右折して北上する。目指すは北の皇宮。隣接する迎賓館だ。
エウルナリアは、外交上問題とならぬ程度の情報を開示しつつ、レガートでの自分達のなれ初めや、ウィズルでの出来事を喋らされた。
『自分は御者席で構いませんよ』と提案したリザイはもちろん丁重に断り、エウルナリアの右隣に。左隣はレイン。
進行方向に向かう形で座る対面席には、キオン、カイザ、ステラの順に掛けている。
キオンは、真ん中の少年の肩をぽん、と叩いた。何事か互いに耳打ちあっていたが、結局また少年が星読みの巫覡の頬を緩く殴ったりと、じゃれている。
(元気に……なられたのかな? よかった)
ほ、と息を吐き、安堵も束の間。キオンが切り出した。
「ところで。ウィズルのディレイ王はどうだった? 同じ迎賓館で泊まれるのかな。ぜひ、かれとは直に話してみたいんだけど」
「オルトリハスの。それ、抜け駆けなの?」
艶然と微笑み、ステラが問いかける。
磨きたての黒曜石のような瞳で見つめられ、同じく黒髪黒目――しかし象牙色の肌、草原の民そのものの風貌の青年は、軽やかに微笑んだ。
「いいえ、砂漠の星の名を戴く女王。僕は草原の《星読み》として、かれに興味があるだけだよ」




