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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 双翼のかたわれを

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238 色づく耳に、口づけを※

 ――その後。

 耳聡く皇子の声を拾ったレインが頭上を仰ぎ、「エルゥ様!!」と、声を張り上げるまでがワンセット。

 以下、残念な青年二人のいがみ合いが様式美のごとく延々と続く。(※気を利かせた聖職者らの意向により、人払いはとっくに完了。だだっ広い礼拝堂で、()()()()()になっている)




「驚いた……! やんごとなき司祭の殿下が女性を連れ去り、あまつさえ泣かせるなんて。一体どうなってるんです!!?」


「『どう』……? 泣かせたのはきみだと思うけどね。そうだなぁ。抱き上げて自室に連れ込んで、口づけるくらいはしたよ」


「!!!」

「殿下、それはっ」


 声なく固まるレインに、涙を引っ込めざるを得なくなったエウルナリア。

 アルユシッドは、にっこりと笑んだ。


「事実だよ。隠すほうが性に合わない。それに、これくらいしないと()()()()永遠にわからないんだ。特にレイン」


「……何を、ですか」


 眼光険しく問い(ただ)すレインに、皇子は呆れたように言い放った。


「考えてもみて。いいかい? 招かれた国で、そこの権力者にもしも二心(ふたごころ)あれば、彼女は簡単に引き離されるし奪われるんだ。あるいは、きみ自身さえも。

 きみは、あの場で何としてもエルゥの安全を確保すべく交渉し、せめて一緒に居るべきだった。引き下がらずに」


「っ!」


 途端に、打たれたようにレインの顔色が蒼白になる。

 過去の経験を踏まえて『それは正しい』と、一瞬で認めた証だった。


「だから」


 とん、と、レインに向けて隣の少女の肩を押す。

 咄嗟のことでバランスを崩したエウルナリアは、慌てて駆け寄ったレインによって抱き留められた。


「もうさ、候補だなんだと中途半端なこと言ってないで、さっさと式を挙げるくらいしなさい。歌長(アルム)からの返事、きみ、持ってるだろう?」


「なぜ」


 ハッとするレインに、アルユシッドは束の間、無言で見返した。


「……わかるよ。陛下(ちちうえ)なら、どうするかくらい。私はもう戻る。エルゥ?」


「! はい」


「またね。二人で良く話し合うといい。でないと、また実力行使するから」


「えぇと……。それは、ちょっと!!?」



 『本気だよ』と、くすくすこぼす悪戯な笑み。遠ざかる衣擦れ。靴音。

 見送る主従を残してパタン、と、一階中央の扉が閉まった。




   *   *   *




「レイン、お父様からの書簡って」

「エルゥ様、『実力行使』とは」


「……」

「…………ふっ」


 そっくり同じタイミングで切り出した二人は、やっぱり同時に笑ってしまった。

 ――何だか、()まらない。

 人差し指で涙の名残を拭いつつ、エウルナリアはレインに「どうぞ?」と、勧めた。


「たくさん言いたいこと、あったんでしょう? 聞くよ。聞きたい」


「それは」


 ごく、と喉が鳴る。この期に及んで緊張する。

 自然と下がる目線を拾うように、主の少女は近寄り、かれの手をとった。


「……私ね。さっき、レインの音を聴けて幸せだった。すごく、すごく気持ちが満たされたの。初めて聴いたときよりも。ずっと好き。きっと、これからも」


「……これ、からも……? 『ずっと』ですか?」


 震える指。

 それを、ほっそりとした手が包む。

 エウルナリアは微笑んだ。いとおしさに(あふ)れたまなざしだった。


「好きだよ。ずっと。命ある限り。……たとえどんなことがあっても。あなた自身が私には支えで光。あなたの音も。知らなかった?」


「――……知るわけがありません。エルゥ」


「うん?」


 邪気なく、小首を傾げる少女を、堪えきれずふわり、と抱き寄せる。

 折れそうな華奢さ。信じられないほどの柔らかさ。――――生きている。たしかな温もり。


(この、一分一秒が惜しい。僕にとっては、ずっと。それが)


「どうか……側に居てください。前は、貴女の夫になりたいと願ってた。でも今は違う」


「えっ」


 狼狽の気配が伝わる。

 それでまた、身を切られるような。

 ――あぁ、だから『切ない』というのかな、などと漠然と思う。

 レインは、ようやく万感の想いを言葉に乗せた。


挿絵(By みてみん)


「貴女の残りの一生、残りの時間。すべてが欲しいです。我が儘かもしれない。強欲だと言われても」


 黒髪に指を滑らせる。かきあげて、色づく耳に口づけた。びくっ、と少女が背を跳ねさせる。


「レイ……ン!」

「『実力行使』。……よくわかりませんが『させません』と、お伝えください。極力、二度と二人きりにはさせませんが」

「あ」


 焦がれた肌に触れる。

 (おとがい)に指を添える。

 潤む青い瞳を至近距離に見つめる。誰にも。もう、二度と。

 決然と意思と力を込め、レインは痛む背を無視して彼女をかき抱き、逃がさぬように唇をかさねた。


 渡し損ねた書簡が、ぽとり、と指の隙間から逃げた。






“――いとしい娘、エウルナリアへ


 前略。読んだよ。随分とレインを悩ませたようですまなかった。

 実はあの夜、きみの母が短命の一族だったと私から教えてしまったんだ。きみは、ディレイ王に直接伝えていたから。

 ……『余計なことを!』と、怒ったかな?

 ユナがいれば、間違いなく叱られたろうな。


 でも。

 幾つもの選択肢から迷わず『かれ』を選んだ、きみを誇りに思う。


 どうか、幸せになってほしい。

 麗らかな春も、灼熱の夏も実りの秋も。白く凍える煌めく冬も、朝も夜も。きみが想うレインとともに。


 卒業は待たなくてもいいよ。せっかく決まったんだ。好きにするといい。


 あ、でも仔細は私の帰国まで待って。一応、順序ってものがあるからね?



 白夜(びゃくや)にて。アルムより――



 追伸:出来るだけ早く帰る”






236話のあとがきで「あと一話」と言いつつ、書いてみると二話に膨れ上がってしまいました。


たいへん申し訳ないです……(/-\*)


近日中に後日譚を書いて完結としたいです。

お読みくださり、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おめでとう!レイン! おめでとう!エルゥ! 挿絵のふたり素敵です^^
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