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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 双翼のかたわれを

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235/244

235 拝命の……儀?※

 質のよい、真っ白な紙に金箔が縁取られている。一見して手の込んだ任命状だった。

 丁寧に()じられ、薄い冊子になっている。表紙には朱で皇王御璽(ぎょじ)の押印。それを手に、アルユシッドが厳かに文面を読み上げる。


『……以上の点をふまえ、第二回大陸会議主催国(ホスト)としてエウルナリア・バードを対ウィズル及びオルトリハス、ジール、セフュラの首脳担当とする。

 各港での出迎え業務に加え、皇宮迎賓館までの付き添いを委任する。

 上記国家との円滑な関係を構築すべく、貴殿には機に応じ、“窓口”としての役割を期待するものとする。

 ――……マルセル・フィン・レガート。名代、アルユシッド・フィン・レガート』


『御意。慎んで承ります』


 形式上、起立したままのアルユシッドに向かい合い、(こうべ)を垂れて膝を折るエウルナリア。文句なくうつくしい君主代理と、次代の君臣たる令嬢の姿だった。

 冊子は書記官が平たい箱に納め、エウルナリアへと託す。


(終わった……のかな? 意外に早かった)

 ほっと表情を寛げた瞬間だった。

 ふと、皇子に屈託なく笑いかけられたのは。


『エルゥ。私はこれから陛下の補助に戻るけど、一緒に来る? 白夜(びゃくや)から鷹が戻ってるかも知れない。届いた書簡は、必ず最初に皇王が目を通すことになってるから』


『! あっ、はい。有り難く存じます。ではレインも』


 ぱっと後ろの扉を振り返った令嬢は、箱を抱えていないほうの右手をやんわりと掴まれ、怪訝な顔をした。『ユ…………殿下?』


『おいで。こっち。ただ呼ぶんじゃ面白くないから』


『?』


 左腕で抱えていた箱を抜き取られ、ことん、と書記官の机の上に置かれた。


『(()()()()()()()()()()()()())……ね?』


 人差し指を口許に当てた皇子は艶然と微笑んだ。

 ――――からの、壁にしか見えなかった非常扉を抜けて“現在(いま)”に至る。




   *   *   *



 

 結果、エウルナリアは(かどわ)かされてしまった。のらりくらりと理由を付けて、そうと知らずに皇族専用馬車の発着所まで連れられ、文字通り押し込められてしまったのだ。


 二人はレガティア観光街の中心地で馬車を降りた。サングリード聖教会レガート支部庁舎の礼拝堂の真ん前だ。

 もちろん衆目は集めたし、この点に関して言えばアルユシッドは堂々としたものだった。さも、公務の一環のような態度で令嬢の手を引いている。


(やられた……)

 今朝とは理由を(たが)えて、何度目かのため息。

 いっそう渋くなる表情。


 エウルナリアは、アルユシッドの横顔を盗み見た。

 相変わらず、自然と笑んでいるように見える。

 かれの弟妹(いわ)く『穏やかと気品の権化』。普段なら、それに安心こそ覚えど不安になることはない。なのになぜ。


(……どうして、わざわざレインを置き去りにしたんです?)


 こんなに手間隙をかけて。


 仮にも第二皇子。皇宮における権限を用いれば一貴族の従者程度、遠ざけることは容易(たやす)かったはずだ。

 それを避けた。


 悪戯としては度を越えている。嘘を()かれたことよりも、自分だけを“連れ出す”ことに意味があるように思えて。


 ――きっと。

 かれなりの、何か意図があるのかも知れない。漠然と予感めいたもの。それに身を委ねている。





 コツ、コツンと足音が重なるなか、アルユシッドがおもむろに口をひらいた。


「静かだね」


「? そうですね。観光客も礼拝者も、思ったよりは」

「そうじゃなく。きみが」


 可笑しい。連れ去った張本人なのに困りきった顔をしている。

 エウルナリアはつい、微笑んでしまった。


「だって、『ユシッド様』ですから。何か理由があるのかなと」


「その……根拠のない信頼。時々、無性に千切り捨てたくなるね」


「あら」


 アルユシッドらしくない物言いだった。悩める青年のような表情(かお)をしている。

 ぴた、と足が止めたのは礼拝堂ではなく、脇にひっそりと備えられた小さな木の一枚扉。

 そこに(いざな)われ、パタン、と背後で扉が閉まる。


 ――と、なぜか抱き上げられてしまった。



挿絵(By みてみん)


「きゃっ……! 殿下?? ちょっ」


「決めた。いい機会だから、千切り捨ててみようか。紳士らしさってやつ」


「!! だっ……、それはだめです。駄目! きっとサーラが嘆きます。『全世界の乙女の理想を踏みにじるんじゃないわよ』くらい、平気で言われますよっ???」


「言いそう。うまいなぁエルゥ」


() () () () () () !」


 はっきりと愛称で、かさねて非難を受けて、それでも白銀の皇子――司祭でもある――は、柔らかく笑んだ。


「だめ。今日だけだから。大人しくしててね、ちょっとだけ」


「え? あの……下ろしてください。歩きます。逃げませんから」


 視界が流れた。

 重たいはずなのに、軽々と運ばれている。隣接する塔の内部らしく、上へ上へとひたすら螺旋階段が伸びていた。


 …………嘘。これを、全部?


 うっすらと青ざめる令嬢に、別の理由を見いだしてか、青年はにこにことした。


「大丈夫。怖がらないで。悪いことはしない」





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