表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 双翼のかたわれを

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

233/244

233 拝命の儀

 指定を受けた時刻より少し前。

 エウルナリアはレインの手に右手を委ね、黒塗りの馬車から降り立った。

 ふわり、と羽織った灰銀色のショールが空気を孕む。波打つ黒髪が湖からの風にそよいだ。


「寒くはありませんか?」


「平気。さすがキリエのお見立てね。サイズもぴったりだし暖かいわ」


「良かった。母と姉でいつもどおり、あぁでもない、こうでもないと楽しそうに選んでいましたから」


「……」


 万事、そつがない。

 細やかな気遣い。爽やかな笑顔に柔らかな受け答え。

 ――本当に、徹底して“従者”だ。

 壁を作って閉じ籠られても(こた)えたが、これはこれで気になる。

(わかんない……)

 エウルナリアは今日、何度目かのため息をこぼした。


 首元まで包む、慎ましやかな群青のドレスはベルベット仕立て。見た目に重くなり過ぎないように、襟や胸元、袖口に白いレースをあしらっている。


 何よりどんな慧眼なのか、幾分ふくよかになってしまった胸囲が自然と形よく納まった。些細なことではあるが、これが一番の快挙だ。

 おまけに、何だかんだ言ってレインが側に居ると(何くれとなく世話を焼かれるので)朝食もきちんと食べられた。


 『衣食足りて礼節を知る』……に近い心境。


 愁いごとは一つずつ無くなっている。自分の心は定まっているのに。あと一手、何かが足りない。




   *   *   *




 皇宮の外壁は、主に白と金。屋根は青。

 ひらけた庭園に佇み、威容はありつつ、ただただ麗しい。水鳥のようだ。


 雪が降るにはまだ早いこの季節。庭園は花々の彩りには欠けるが、赤く色づいた背丈の低い生垣と、丁寧に剪定された木々が視界のアクセントになっている。馬車が長閑な音をたてて去った方角には、黄金色(こがねいろ)の大銀杏(いちょう)が見えた。


 ひやり、と、近づく冬の気配。澄み渡って晴れている。湖岸の空と溶け合うように北方の白雪(しらゆき)山脈が長く、左右に広がっている。

 三つの青を背景に(そび)える白亜の尖塔群は、あまりに優美。絵画的で。


(――……そうか、攻められることなんて一切考えてない城構えなんだ……)


 気づくと、じっと見上げていた。

 この半年間の旅の終着点でもあった、西国(ウィズル)の城を思い出す。

 あそこは内乱が終わって間もないせいか、まだ身近に(いくさ)の空気が満ちていた。時代に応じて手を加えられた形跡はあったものの、基本はいわば砦。敵から攻められても、ある程度(しの)げる造りになっている。


(レガートとウィズル……。源流(ルーツ)は同じはずなのに。何がどう、違ったんだろう?)


 無意識に両者を比べ、思索に耽ってしまった少女の手を、レインがそっと引いた。


「エウルナリア様、参りましょう。ユシッド様は『奥宮に』、と?」


「あ、……うん。そう。今日はね、多方面から人材を(しょう)じて、陛下や殿下がたみずから個別にお命じになるみたい。開催地がレガート(ここ)に決まったから。大忙しなんだわ」


「皇王……マルセル陛下の御代(みよ)になってから、レガートは飛躍的に国力を安定させたそうですね。特に、外交手腕が巧みでいらっしゃると。どんな方ですか?」


「どんな……?」


 エウルナリアは首を捻り、少しだけ眉を寄せた。場所が場所なだけに、なるべく慎重に言葉を選ぶ。


「うぅん…………。気さくでお優しいかたよ。朗らかで、お茶目でいらっしゃるわ。私も二度、お声を交わしたことがあるだけだから」


「あぁ……、なるほど。殿下がたのお父君でいらっしゃる、ということですね」


「そういうこと」


 こくり、と頷く。話しているうちに白い(きざはし)を昇り終え、普段なら大ホールへと続く赤絨毯の通路を歩く。


 さてさて。今日の拝命の儀は一体どちらからか。


 主従は、あっという間に声をかけてきた侍従の案内で、表の宮殿から奥宮控え室へと直接通された。




   *   *   *




「や、エルゥ。……に、レイン。傷はどう? 普段痛むことはないかな」


「! ユシッド様。ご機嫌麗しゅう」


「はい、殿下。このような場でお気遣いを賜り、かたじけのうございます」


「ふふっ。いいよ、そんなに畏まらなくても。書記官はいるけど、念のためだから。一々(いちいち)雑談までは記さない。――ね?」


 窓辺の光源を背に受けて輝く、白銀の髪の青年が笑った。それだけで空気がまろやかになる。

 奥宮の簡易謁見室。

 普段なら皇王マルセルが鎮座する椅子の前で、第二皇子アルユシッドが立っていた。



 声をかけられた書記官は皇子の傍ら、端の机に向かい、几帳面な居住まいで羽ペンを握っている。視線を落とし、さらさらと手を動かしていた。

 「……さて、どういたしましょう。殿下の仰せとあらばお聞きしたいのは山々なのですが……」と、取りつく島もない。


 いかにも『御役目大事』オーラを漂わせる官吏に、しょうがないなぁとアルユシッドも微笑む。

 エウルナリアとレインは、そっと耳打ち合った。


(……大丈夫かな。失言してないよね、私達)

(はい)


 こそこそと内緒話をする主従に、皇子の瞳がすぅっと細まる。束ねた書類をポン、と左手に当て、にっこり笑み深めた。


「すまないレイン。このとおり、うちの書記官ときたら融通が利かなくて……。扉の前で待っててくれる? ()()()()()()()()




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ