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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 双翼のかたわれを

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232/244

232 知らないレイン

 女子寮は基本的に男子禁制。しかし、寮監の老婦人――ロレアン女史の許可さえ得れば、入り口付近の外来応接室までは入れる。

 誰でも、というわけではない。「必要がある」と判断された者だけ。


 (れっき)とした用事を携え、品行方正な従者然とした『かれ』はその点、上記条件を見事にクリアしていた。




   *   *   *




「おはようレイン。……久しぶり?」


 まず、休日の早朝であることが幸いした。

 寝起きでぼんやりとしたエウルナリアが、信じられないような目付きで当該人物を見つめている。


「はい。おはようございます、()()()()()()()


「……」


 かちん、と来る他人行儀さだったが、ここが女子寮で、寮監が過ごす事務室とは扉を開け放したまま繋がる続きの間であることを考えると、小憎らしいほどの妥当さなのだと、改めて気づかされた。


 なので。


「一体どういう風の吹き回し? 怪我はいいの? 今日は私、皇宮に呼ばれて」


 声を潜め、ひそひそと言い募ったが、美麗すぎて惚れ惚れする、あざやかな笑みにとって代わられた。


「『拝命の儀』ですね。もちろん、存じ上げております。こちらは母のキリエから預かりました。お衣装一式です」


「やっぱり聞こえてたのね? あの時。…………で、今日の衣装? 私、一応最低限の礼装は(ここ)に持ってきてるわよ? 夜会じゃないし……多分、大丈夫だと」


 テーブルにカタン、と、両手でなければ抱えきれない木箱を置かれる。

(これ、私が部屋まで運ぶしかないのよね……)

 つい、まったく関係のない『面倒だな』が脳裡(のうり)を掠めた。


 ――――正装。

 こと、秋冬用のドレスは重い。装身具や靴、場合によっては頑丈なコルセットや、スカート部分に膨らみを持たせるための下履きまで入っているのかと思うと、予測できる総重量にげんなりとする。


 レインは主の機嫌を悟ったように、にこ、と微笑(わら)った。

 箱に触れたエウルナリアの手に、みずからの手を重ねる。そっと――繊細な指で、指と指の間に触れた。

 さも当然のように。偶然のように。


「っ!!!」


 あまい感触に、ぞくり、とした。

 背筋が震える。呼ぼうとした声は、中途半端に止まった。


「レ」

「……静かに。このまま、お部屋までお運び申し上げます。女性には重たいですから。まだ、皆さんお休みなのでしょう? ロレアン女史も、お休みのところを無理に起こしてしまいました。大丈夫。運搬係としての許可ならいただいています」


「えっ、あ、あの……」


 ばくばくばくばく、と、素直すぎる心臓が全力疾走する。

 待って。久しぶりだから耐性が。それに。


(うぅ)


 ちらり、と上目遣いに従者を観察した。

 テーブルを挟んで、わりと至近距離。

 相変わらず綺麗な顔立ちだが、明らかに「少年」とはもう呼べない。レインの備える元々の美質を(あらわ)にし、より惹きつけるような髪型だった。皇王マルセル陛下とアルムの、ちょうど中間くらいの長さ。


 エウルナリアは、無意識に心臓の辺りを押さえた。鎮まれ、鎮まれ――と。


「髪……また、切ったんだね。何だかレインじゃないみたい。知らない男のひとみたいで緊張する」


「そうですか」


「!!」


 しまった。

 我ながら、馬鹿なことを口走ってしまった。

 素敵なのに。すごく大人っぽくなって、新調したらしいグレーの紳士服も堂に入っていて。


(似合うよ、素敵だよってどうして言えないの。私……!!)


 わかる。頬が赤い。

 耐えきれずに(うつむ)いていると、朝日がまだ届かぬ室内で、さらに視界が(かげ)った。


 つかの間、合わさる視線。素通りするまなざし。

 わかってはいたが、口づけではなかった。そのまま、耳許に唇を寄せられる。


「(知りませんでした。エルゥ様は、知らない男性が相手だとそんな風になってしまうんですね。色々と間違いの元ですし、()()()()()()()僕が今日も、(きた)る大陸会議でもご公務をお手伝いします)」


「~~ぅう、っ……!」


 かかる吐息が。わざと抑えた声が、ことごとく胸をかき乱す。

 レイン(このひと)、わざと――? 私が今、すごく困ってるのわかっててこんな扱いなの?? と、なじりたい気持ちを必死に抑える。悔しい。


 さら、と、透けるカーテン越しの薄明に、切られたばかりらしい栗色の髪が流れ、睫毛の影を落とす理知的な灰色の瞳が遠ざかった。表情は読めない。

 残念なような。

 ホッとしたような。


 ――――本当に、どういうつもり? それ、もう「婚約者です」と公に発表しても構わないってこと? と、声にできぬ代わりに全身で問う。睨み上げる。

 レインは流石(さすが)に苦笑した。


「さ、参りましょう。三階ですよね? ご案内くださいエウルナリア様。()()()()()、本日は宜しくお願いいたします」


「……わかりました。こちらこそ、どうぞ宜しく。レイン」


 満ちる、おかしな既視感(デジャ・ヴ)


 七年前にキリエが連れてきた、どこか神秘的な空気を湛えていた、少年だったレイン・ダーニク。

 その欠片(かけら)を。成長とともに隠されていった片鱗の煌めきを。エウルナリアは今日、たしかに感じ取った。





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