表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 西国の王

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/244

23 愛すべき八つ当たり姫※

「相変わらずねぇ…あなたたち。心配して損したわ」


 あっけらかんと言い放つ、少し低めの通った声。銀細工のような容貌に反し、彼女の内面は意外に飾り気ない。

 絵描きの幼馴染みに次いでの親友といって差し支えない皇女殿下――ゼノサーラの素直な一言に、エウルナリアは苦笑した。


「最近、ロゼルからも似たことを言われました」


「ふぅん。……まぁ、あの子ならまだ優しい物言いに入るわね。シュナから手紙で教えてもらったときは私、白夜(びゃくや)国の宮殿で大暴れするわけにもいかなくて。随分おじい様に八つ当たりして来たわ」


 ふん、と鼻を鳴らして自慢げに紅玉(ルビー)色の視線を流すゼノサーラは、それこそ相変わらずつんつんしていて可愛らしい。


 ――とはいえ、言葉の中身は物騒なのでエウルナリアは少し責任を覚えた。

 自分には祖父や祖母はいないが、この天真爛漫な皇女殿下ならさぞかし、あちらの宮廷でも“華やいだ”ことだろう。

 にこにこと笑んでいた顔が、少し曇る。


「……それは…申し訳、ありません…?」


挿絵(By みてみん)


 銀の皇女は困り顔の親友に一瞬、目をぱちくりとさせ―――ふはっ! と、吹き出した。


「…ふ、ふふふ! ばーか。疑問型で謝るんじゃないと、あれほど言ったでしょ。いいのよ、おじい様ったら、溺愛してらした母上と私がそっくりなものだから、私がわがままを言えば言うほど喜ばれるの。伯父様達もそう。どうしようもないわ、あのひと達ったら!」


 けらけらと豪快に笑い飛ばしているが、言葉の底にはゆったりとした愛情が横たわっている。黒髪の令嬢は、そのことにほっと安心しつつ…ふと、思い出した。


「あぁ……。王妃様、白夜の王女時代にいくつも武勇伝をこしらえたそうで」


「……なんで、貴女が知ってるの?」


「昔、お父様に聞きました。雪花(ゆきはな)王妃が動けば白夜の精鋭軍、一個師団が動くって」


「母上……何を、したの一体…?」


「“人助け”と伺いましたが」


「……うん、さっぱりわからないけど、父上が母上を苦手にしてらっしゃるの、多分そういうところかもね。私には無理だわ。あぁいう―――無邪気なお顔の裏で、駆け引きじみたものを平気でなさる感覚。

 私にできるのなんて、せいぜい政略結婚の駒になることくらいかしら…?」


「サーラ様……」



 休息日明けの学院の食堂舎。

 時刻は午前九時過ぎ。

 下学年はみんな、東塔で一般教養科目を受けている時間帯。三学年になったエウルナリアやゼノサーラに、いまや表立って絡んでくる輩はいない。


 周囲も、そんなにひと気はないが―――あまり、大きな声で話す内容でもなかった。つい、声をひそめて続きを溢す。


「…らしくありませんね。うちの父はもう、宜しいのですか?」


「――!!」


「まだ独身ですよ? 四十ですけど」


 わなわな…と、小刻みに震えるゼノサーラ。滝のように流れ落ちる銀の髪が、食堂の大きな窓から射す陽光を弾いてなめらかに煌めく。

 白い、ちいさな顔にバランスよく配された各部位が、まるで一流の人形師が手掛けたが如くうつくしい。


 けれど、とても感情豊かで―――幼いときからずっと、父のアルムを想い続けているのを知っている。

 エウルナリアは窓に面した細長い席で、頬を赤らめた親友の顔を右隣からそっと覗き込んだ。


「いけませんよ。“あの方でなければ、誰でも一緒”なんて考え方。周囲の何方(どなた)も幸せになれないと思います。…無理をなさることもないとは、思いますけど。

 ちなみに弟君のシュナ様は、皇国学士の傍ら打楽器独奏者(ソリスト)を目指して、《外交府特使》を生業(なりわい)となさりたいそうです。卒業後は」


「あの、あんぽんたん……未だに一学年の必修単位で取りこぼしがあるくせに。言うことだけは一人前ね……って。なに? あの子、貴女のこと諦めたの?」


「!! …ぅぐうっ…」


 今度はエウルナリアが言葉に詰まった。潤んだ青い目を伏せて泳がせつつ「いえ。あの、その…」と、今一つはっきりしない。

 形勢逆転したゼノサーラは、ふぅん……と流し目をくれた。


「なるほどなるほど。流石は私の双子の弟。そうよね、そんな諦めのいい性格じゃないわよね――――…って、そうか。……なるほど」


「? 皇女……殿下? …ッ!! ……って、いたいっ。やえてくあはいっ」


 突然の暴挙。

 涙目のエウルナリアの懇願に、遠慮なく頬を引っ張っていた指があっさりと離れた。そのまま同じ右手で一転、よしよしと令嬢の黒髪を撫でている。

 ―――想いびとと同じ、つややかな黒髪。


「?? ……?」


「そうねぇ…うん。娘の貴女が言うのなら、もう少しだけ頑張ってみようかしら。アルムは、これからも絶対に私を見ないでしょうけど………そうよね。気が済むまで暴れたほうが、私らしいわよね」


「サーラ様…」


 つねられた左頬を押さえながら、エウルナリアは上目使いに、皇女を咎めるように仰ぎ見る。何というか、かなり八つ当たりに近かった気がするのだが…


 ちくちくと刺さる視線に気づいたゼノサーラは、悪びれずにしれっと応えた。


「ん? なに、エルゥ。言っとくけど、“皇女殿下”なんて記号で呼ぶ貴女がいけないのよ?」


「記号じゃありません、敬称で……すみません、何でもないです」


「宜しい」


 エウルナリアの(もっと)もな反論は、再び頬に降り来た皇女の右手に、あっという間に封じられた。

 ゼノサーラは、ふふん!と得意気だ。


 ……仕方ないな、と黒髪の少女も瞳を和ませる。ちょっと理不尽な扱いを受けたが、こっちのほうがずっと、ずっと彼女らしい。


 きっと、だからこそ。

 社交の練習も兼ねて招かれたという白夜の宮廷でも、皆こぞってこの姫君を甘やかしたのだろう。―――彼女は、本当は『わかってる』んだと、自然に伝わるからこその。


 エウルナリアは頬から手を離し、ゆるく首を傾げると、にこっと笑みを浮かべた。


「…“愛すべき我が儘と八つ当たり”ですね」


「………ふぅん?」



 昼にはまだ早い食堂のおだやかな窓辺に、黒髪の少女のいたいけな懇願と銀髪の皇女のくすくす笑いが、いたずらな木漏れ日のように再び零れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ