表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 双翼のかたわれを

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

229/244

229 牙城崩壊

(勘 弁 し て く だ さ い ……!!)


 レインは、胸中で叫んでいた。

 文字通り突っ伏している。寝台で寝具を被っていた。被らざるを得なかった。


 主の少女が訪れた時、背中を庇いながらのレッスンでくたびれてしまい、休んでいたのは事実だ。だから、彼女達の会話は途中から聞こえていた。



 ――寂しいけど。すごく寂しいけど我慢する


(すみません、僕もです)


 ――貴方でなければ、つらいかな


(どうして、そんなに可愛いことを可愛い声で言うんですか。殺す気ですか)




 …………。


 しぬ。

 絶望的に死んでしまう。せっかくの機会だから、とも述べられた気がする。頭から湯気が出そうだ。


 せっかく? つまり、白紙というか保留状態を作るからゆっくり考えろ、と???


「あり得ない……」


 顔ごと枕に突っ込んでいる。当然、声もくぐもっている。誰に聞かせるわけでもない、自分の心があふれただけのことだった。


 ――――……好きです。

 もちろん、従者としても独奏者(ソリスト)としても貴女の専属ピアニストとしても、譲る気など毛頭ありません。ただ。


「婚約、者……」


 ずっと、その先の「彼女の夫」になるべく努力していた。とにかく異性として、候補として見てもらえるようにと。でも。


 ――――本当に貴女はそれでいいんですか? と、問い詰めたかった。泣かれても、なじられても本意を洗い出すまで、徹底的に。

 勢い余って違う意味で泣かせてしまったらどうしよう。そんな馬鹿な妄想にまで苦しめられる。


 彼女を。


(僕だけのエルゥ様にしたい。当たり前だ……!)


 応えたかった。安心させたかったのに、喉の奥で凝り固まった感情が氷塊みたいにつかえて。

 ――……声を出せなかった。挙げ句、あんなに悲しませて。


 一体、何をどうすれば彼女の幸せになるのか。皆目見当もつかなくなっていた。従者歴七年七ヶ月。こんなのは初めてだった。


 その時。



「どうしよ…………、っ!?」



  カチャリ。


 突拍子もなく解錠の音が聞こえて、わらわらと人が複数雪崩(なだ)れ込む気配がした。「レイン。起きてるな?」


 聞き慣れた涼しい声に、レインは思わず寝具をはね()けた。急な動きで背中が引きつれたように痛んだが、眉をひそめるだけに(とど)める。無視した。


「……父上。それ、マスターキーですか」


「そうだな。アルム様不在の折は、屋敷内のことは全権委ねられている」


 アルム・バード楽士伯の乳兄弟なので、同年――そろそろ四十二歳のはずだが、年をとることをどこかに置き忘れたような歌長とは逆に、順調な年輪を重ねている父、ジオルド・ダーニクの姿があった。


 すらりとした痩身。表情の読み取りにくい灰色の切れ長の瞳。めったに笑わない口許には、まだ髭はない。(※キリエからの厳重なお達しらしい)

 栗色の髪は短く、すっきりと後ろに流している。長年、屋敷を守った家令の(かがみ)と、当主だけでなく使用人達からの信も篤い。レインにとってもある意味、キリエやアルム以上にその背を見上げる存在だった。


「何でしょう。この……空気。何が始まるんです?」


「『空気』。そうか、それくらいは分かるか。良かった――安心したよ。よし、皆」


 パチン! と、指が鳴らされる。

 マスターキーを懐に仕舞ったダーニクは、鳴らした指で息子を素っ気なく指し示した。


「かかってくれ。腑抜けて、緩みきってるから手加減はいらない。立場というものを思い出させてやってほしい」


「はい、直ちに!」

「お任せを」

「聞いたわよレイン……、信じられない!! お嬢様にあんなお顔をさせるなんて。この際だから思う存分ひんむいてやるわ!!!」


「えっ!! ええぇぇ……っ!???」


 ずらり、と並んだのは見知った辣腕のメイド達。一人だけ、淡々と応じたのは実姉のフィーネだった。

 三人めの発言にはさすがに、反射で身の危険を感じたが。


 ハサミと櫛を持つもの。

 巻き尺を構えた姉。

 両脇に衣装箱を抱えた猛者(もさ)


 ――とりあえず、エウルナリア様の側仕えとして恥ずかしくない見映えにしてくれ。性根はあとで、私が叩き直す。



 と。

 流れるように、開いたままの出入り口に向けて(きびす)を返す。


 バード邸の家令ダーニクは、いかにも仕事の一環とばかりの然り気なさで「レイン。終わったら私の部屋まで来るように。夜になっても構わない」――と、言い置いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] な、何が始まるんですか⁈(ワクワク) そして、 >  ――――本当に貴女はそれでいいんですか? と、問い詰めたかった。泣かれても、なじられても本意を洗い出すまで、徹底的に。 レイン、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ