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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 双翼のかたわれを

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228 扉越しの告白

 レインの馬鹿。

 大馬鹿。どうしようもない、ばかばかばか。


 声には出せない罵倒が際限なく込み上げる。

 エウルナリアは、まっっっったく自分と会おうとはしなかった頑固者・レインへの罵り文句で胸を満たしていた。怒ってはいるが、泣きたくもある。



 皇宮とバード邸に寄った。学院寮への帰り道だった。

 迫る夕闇を車窓から見上げ、ぼんやりと馬車の揺れに身を任せる。流れる景色のなか、ぽつり、ぽつりと(とも)る街灯の明かりが目に写った。


 だいぶ、朝夕は冷えるようになった。行き交うひとの装いも変わってきた。エウルナリア自身、念のため――と持参した毛織りのフード付きケープを羽織っている。そろそろ、手袋や温かなブーツも必要かも。


 ……家を出て、初めて巡る季節。

 貴族行事や公務でもなければ、ずっと一緒だったレインが側にいない。それもまた、十歳以降では初めての晩秋。冬の気配だった。




   *   *   *




『申し訳ありませんお嬢様。愚弟が失礼を通り越して、斬首もののご無礼を』

 

『えっ?! いやいやフィーネ、落ち着こう? 斬首って、レガートではとっくに禁じられてるよね。そこまで』


『いいえ……! 例えとしては相応(ふさわ)しい刑罰ですわ。レインと来たら(はなは)だ不遜ですよ。嘆かわしい』


『――キリエ』


 他のメイドに呼ばれたのか、乳母の彼女まで駆けつけさせてしまった。

 比喩であり、その歩速は淑女の大先輩として見習いたい()()()()()ではあったが。




 先週、御前報告会や夜会の準備のため、(わず)かばかりしか滞在できなかったバード邸。本館の使用人らが住まう一角で、エウルナリアはノックのために握った右手を胸元で抱えていた。

 扉を叩いても、いくら呼んでも梨の(つぶて)。返事がないのだ。


 皇宮での()()は速やかに終わらせた。明日、拝命の儀と説明が終わるまでには返事を携えた鷹が戻るだろう。


(グランは“今は無理”と言ったけど……。まさか、ここまで拒絶されるなんて)


 正直、ショックだった。

 ひょっとしたら会えるかも。

 気持ちが切り替わっていれば、人騒がせな(アルム)からの(ふみ)を待つことなく、想い人の少年と腹を割って話せるかも。――そう、一縷(いちる)の望みを抱いて来たのに。


 エウルナリアは、困ったように笑んだ。


『しょうがないよ。……旅の疲れが出たのかも。休ませてあげて。出直すわ』


『まぁ!』


 キリエは心外そうに眉を跳ね上げた。メイド長のお仕着せに包まれた、ふっくらとした体躯がわなわなと震えている。


 ――やばい。

 エウルナリアは、ぐっと身構えた。

 フィーネもすかさず目を瞑り、両耳を塞ぐ。


『“休ませる”……? エウルナリア様が、わざわざお越しくださったのに??』



 キリエは、すぅ、と息を吸った。


『  (しょう) () (せん) (ばん)


 だらしがないにも程がありますわ!!!

 わたくし、あえて指摘はいたしませんでしたがウィズルでのこと、息子から聞き及びました。

 大切なかたを危機にさらすなど言語道断(ごんごどうだん)……! お庇い申しあげて傷を負った? 当然の(せき)……?? どうせ、あの愚息は“むざむざ(さら)わせた自分に非が”などと述べたのでしょう?』


『あ、はい。だいたい合ってます』


 しゅん、と肩が落ちる。

 あまりの剣幕につい敬語になってしまったが、たしかにレインは責任感が強すぎる。


(……“諦めようとしてる”って。そういうのも絡んでる……?)


 嫌われたのなら仕方がない。けれど、そうでないのなら。

 少なくとも自分は足掻くべきだし、かれを許すべきではないと思った。




 が、今は。


 ――――――――


 しん、と静かな扉の向こう。伝わってほしくて手のひらを当てる。聞こえるだろう声量で、そっとこぼした。『レイン』



『……』


『無理に、会えとは言わないわ。寂しいけど。すごく寂しいけど我慢する。

 あのね、明日、皇宮で第二回大陸会議にかかる職務で、拝命の儀があるの。レインさえ良ければ、従者としてではなくて。私の婚約者として正式に同行してほしかった』


『エウルナリア様、それは……!?』


 ダーニク家の母娘(おやこ)が息を飲む。

 エウルナリアは、みずからを戒めるように微笑んだ。


『まだ、お父様には言ってないけど。それに近い旨は(したた)めたわ。(ふみ)は、さっき鷹便で白夜(びゃくや)に送ったところよ。――レイン?』


 返事はない。固すぎる決意だけは泣きたいくらいに伝わる。

 わかった上で、こつん、と額を扉に合わせた。


 届いてほしい。

 届かなかったとしても。

 深呼吸をしたエウルナリアは、はっきりと口にした。


『貴方に、もう一度心から“私”を望んでもらえるように努力します。それでついて回る面倒な公務とか……遠征先では、出来るだけ危険な目に遭わせたくないけど。()()()()()()()()()()()()()。もし、そうでなく一独奏者(いちソリスト)として、今後も従者として私を支えてくれるなら…………もちろん嬉しいけど』



 ――それだと、ちょっと。


 ううん、やっぱり。


 貴方でなければ、つらいかな、と呟いた。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 婚 約 者 ! フィアンセですと〜〜〜 遂に来ましたね! もう一山、ふた山 盛り上がりがあると嬉しいのですが(*⁰▿⁰*)
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