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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 双翼のかたわれを

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227 怒れるエウルナリア

 一羽、鷹が舞い降りた。


「おっ……と。すごいな、本当に決められた場所に止まった」


「書簡か?」


「多分」


 レガート皇宮は優美な五本の尖塔が特徴的な外観をしている。

 その一角に今年の秋、新たな部所が設けられた。

 ――外交府管轄“鷹使い詰め所”。


 今はウィズルから派遣された鷹使いを臨時に雇い入れた形だが、ゆくゆくは後継をレガート人から募る手筈となっている。

 責任者は爵位を与えて世襲にすべきか、職人協会(ギルド)のように独自の組織を構築させ、外部委託にすべきかは慎重に論じられていた。もちろん、皇王御前会議で。


 鷹が羽を休めているのは、最上階が見張り台となっている西の尖塔だった。

 東西南北に吹きさらしで窓はなく、見晴らしはとてもいい。冬場は特に敬遠される持ち場なのだが――


 今日の見張り番は「幸運(ラッキー)。俺、鷹便が来るとこ、一度見てみたかったんだ」など、ほくほくと相好を崩している。同僚は呆れ返った。


「いいから。さっさと仕事仕事。えーっと……燻製肉でいいんだっけ。ほれ、今のうちに報せの笛、吹けよ。可愛いかもしれないけど(こいつ)、絶対俺達には触らせないんだぜ?」


「! わかった」



 見張り番は制服の胸元に垂れた棒状の笛を口にくわえ、大きく息を吸う。



 ……ピーーーィイィィィーーーーー……


 鷹は動じず、差し出された肉を(くちばし)でついばんだ。


 じきに、階下から“ウィズルの鷹使い”が上がってくるだろう。見張り一人を残し、鷹使いは相棒の足から書簡を外す。

 それを、いま一人の見張り番に渡して皇王そのひとに届けるのが、兵らにとって新たな仕事と定められていた。




   *   *   *




「え? もう決まりましたか。第二回大陸会議」


「うん。臨時だけど議題が議題だからね。どの国も乗り気だったよ。エルゥにも職務が山ほどある。個別で拝命の儀と説明をするから、明日は朝から皇宮に来てね」


「あ。はい」


 ――学院、正門の隣に(そび)える図書の塔。

 グランも無事に復学を果たした四日め。今日は白夜(びゃくや)に赴いたままのゼノサーラを除く三名で試験勉強だ。

 正確には四名。ただし、かれは試験官のほう。アルユシッドは、手のかかる弟君の勉強を見ていた。とても兄弟愛にあふれた光景だった。


「兄上、ここがわかりません」


「うん? ……初歩の音階相対理論? そっか、シュナは叩き系専門だものね。なるほど興味を持てなかったか」


「ご明察……! いてっ」


 薄い冊子で頭を(はた)かれたシュナーゼンが声をあげる。アルユシッドは真向かいの椅子に行儀よく腰かけたまま、頬杖をついて苦笑した。

 すっ、と右手の指で、広げられた教科書の図説部分をいくつか指差す。


「これとこれ。あと、ここ。よく読んでノートに写して。多分出る」


「はーい」


「……」


 同じ長机なので、当然視界に入る『皇室ほのぼの劇場』だが、先ほど公務の話を振られたばかりのエウルナリアは、左隣のグランにそっと話しかけた。


「グラン、どうしよ。明日こそ、きっちりレインと話すつもりだったのに」


「あー、それな」


 カリカリカリ……と、休みなくペンを走らせていたグランが、ちらっと視線を流した。


「どのみち()()無理だと思う」


「? なんで?」


 本当は、その気になれば寮に帰省届を出して帰ることもできた。それを、復学したグランに止められていたのだ。一刻も早く、と焦れるのに。


「う~ん」


 冬のレガート湖よりももっと青い、明るい色合いの瞳がぐいぐいと迫る。わずかに首を傾げ、一心に見つめて来る。


 ――――観念。

 吐息したグランは、コト、とペンを置いた。


「俺さ、近衛府に行った日、バード邸にも寄ったんだよ。見舞いに」


「えっ」


「で、確認したんだけど。相当根深かった。体もまだ本調子じゃねぇし」


「……つまり、話せた? 聞けたのね?」


「あぁ」


 こくり、と神妙に頷く。

 エウルナリアはさらに身を乗り出し、切羽詰まった表情(かお)でグランを覗き込んだ。


「無理って、どういうこと……? レイン、ひょっとして怒ってるの?」


「『怒る』っていうか。…………その、ぶっちゃけ(すげ)(こじ)れてて。気づいてるかもしんねぇけど、あいつ、お前のこと無理やり諦めようとしてんだよ」



「…………え」

「へぇ」

「え!! 嘘ぉっ??!」


「ばか。声でかいぞ、シュナ」


「うっ」


 正確な身分は男爵子息でしかないグランに呼び捨てにされ、それはそれで問題にならないという不思議な関係。(※平民のレインからの扱いもひどいのだが)

 シュナーゼンは左手で口を塞ぎ、(ごめん)と、素直に謝った。


 幸い、まだ周囲にひと気はない。次に鐘が鳴れば昼時。みんなで食堂に移動して、イオラやロゼルと落ち合う約束をしていた。

 だが。




「そう」


 瞳を伏せて呟く。そこには、さっきまで彼女を駆り立てていた焦りの色が綺麗さっぱり消えていた。むしろ。


 怖々(こわごわ)と、グランは問う。


「エルゥ。……なんか怒ってる?」


「怒ってないよ」


「「「…………」」」


((いやいや違うだろ。これ、相当怒ってるやつだ……!!))


 男子二名は瞬時に押し黙った。アルユシッドでさえ口をつぐむ。

 ――――大変、一分(いちぶ)の隙もない微笑のエウルナリアがいた。気品すら感じる佇まいで。



  かたん。


「え、エルゥ? どこに」


 おもむろに席を立つ。

 やや気圧されたシュナーゼンが果敢に尋ねるも、とびきりの笑顔を返された。

 にこ、と笑みを深めた令嬢は冊子類をまとめ始め、手際よく(かばん)に詰めてゆく。


「皇宮に」


「?! へっ……なんで? 明日だろう? 拝命の儀って」


「明日じゃ遅いの」


「???」


 紅の瞳をぱちぱちと瞬き、三番目の皇子は少女を見守った。

 一人、アルユシッドが困ったように呟く。


「……鷹使い詰め所?」


「ご明察ですわ。流石(さすが)、アルユシッド様」


 すでに完全なる戦闘――もとい、令嬢モードとなったエウルナリアは、流れるように優雅に淑女の礼をとった。声音だけはきっぱりと。


「申し訳ありませんが、これにてご機嫌よう、殿下がた。グラン。ご一緒できずに残念ですが、イオラとロゼルには、どうぞ宜しくお伝えくださいませ」


「お、おぉ」




 それから、十分もかかったろうか。

 一台の馬車がレガティア芸術学院を発ち、島の北端、皇宮に向けて石畳の(わだち)を鳴らしていった。




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