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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 錯綜する思惑

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219 押し倒しの姫

 ぎしっ。


「え、えぇと……エルゥ、様?」

「黙って。口応えは無しね、レイン」


 ――チュンチュン、チチチ……と、真っ白な朝日の差す窓際に小鳥が集い、戯れている。

 大変長閑(のどか)な情景の部屋でただ一点。非常に由々しい光景が繰り広げられていた。勢い余って寝台に仰向けに倒れてしまった少年――レインに、組み敷くような体勢でエウルナリアが乗り上げている。


「あ、あの」

「何」


 起き抜けに、この姿勢。

 慌てて下にしてしまった背の傷も痛むが、動揺が著しすぎてそれすら、どうでもいい。


 とりあえず……万全でない今の状態では、彼女を止められない。

 助けを呼ぶ? ――(いな)、それでは主の名誉がなどと混乱していると、心中を読まれたように微笑まれた。


「だめだよ、レイン。誰か呼ぼうとしてる? 無駄よ。グランに、部屋の前で見張りに立ってもらってるもの」


 決意に満ちた声音。空よりも青い瞳。

 伏せられた睫毛が黒々と影を落とし、窓辺の光で際立って天使じみた容貌をさらす、うつくしい主の少女に。


 レインはごくり、と喉を鳴らした。

 カラカラに乾いているので動作だけだ。口のなかには水分がほとんど残っていない。なので、精一杯の掠れ声で反論を試みる。


「あの……。この状況、おかしくはありませんか? 僕はこれでも男で、貴女は(れっき)とした女性で、淑女(レディ)で…………その、立場が。逆では」


「あら光栄。レインならいいよ。変わる?」


「いや、そうじゃなくて」


「……」


 ――さっきから、もだもだもだもだ。

 一体どうしたことか。普段なら異常なキレの良さで会話を独自発展させるレインが、とんだ覇気の無さだった。話が前に進まない。

 焦れた少女は、ぷちん、と何かが切れた気がした。


(あ、しまった。私、レインやお父様に関しては、けっこう気が短い)


 ――――にっこり。

 新たな発見とともに、改めて従者の少年を見下ろす。

 相手は怪我人。さすがにこれ以上の無理はいただけない。

 ちょっと失礼して腰を(また)いでしまったが、体重はかけていない。というか、自分の脚がレインの腹に触れないようにだけは気を付けている。傷は悪化させたくないのだ。(※仰向けにはさせてしまったけど)


 従って、そっと視線を固定するために。

 女の子みたいに滑らかな頬に両手を添え、顔を近づけた。


「!!!!??」


 いよいよ顔色がおかしくなってきた従者に構わず、エウルナリアは一音一音を区切るように、はっきり問いかける。


「さ。答えて。昨夜は――()()()()()()()()()()()()?」


 言わないと、もっとひどいことするわ、と告げる少女に対し。

 レインは何とも言いがたい顔で眉根を寄せた。


「エルゥ様……『ひどい』の方向性が間違っています。あと、これはどんな男にもご褒美です。お願いですから、認識を改めてくださ」

「はい決定。『ひどいこと』その一ね」


「!」




 …………間髪入れず。

 有無を言わさず、レインは乱れた前髪の額に、主からの口づけを受けた。




   *   *   *




「……で? それで、聞けたのか? エルゥ」


「だめ。無理でした。あの頑固者」


(((似た者主従……)))


 心のなかで、三名の声が合致した。





 朝食後。アルユシッドとゼノサーラの客間に二人で招かれている。

 当然、レインは来れない。

 紅茶を淹れ、茶請けを運んでもらい、ごくごく普通に昨日の宴で得られた各国の情報や、ウィズルの貴族勢力などについて話していたところ、飛び出た話題だった。


 『アルム、今ごろどの辺りかしらね……』と呟いた皇女殿下に触発された形となる。

 『――お父様といえば』と。


 レインの様子がおかしい。

 エウルナリアからの手当てを拒む。

 目を合わせようとしない、など。



「う~~ん……。それって、ほら。愛想つかされたんじゃない?」


「えっ」


 ガタッ、と椅子を鳴らしてエウルナリアが立ち上がった。「まぁまぁ、落ち着いて」とアルユシッドが、もっともらしく宥める。


 ちょうど、右隣に力なく垂れていた彼女の手をとり、軽く引っ張ると再度座るよう促す。

 ぺたん、と風船がしぼむように為すがまま。少女は椅子に鎮座した。


 それを見て、グランが思わず苦笑する。


「あいつが、エルゥに愛想尽かし……? ないと思うけどねー。せいぜい、(こじ)らせてんじゃねぇの?」


「こじらせ……何を?」


「さぁ」


 ひょい、と肩をすくめてグランがおどける。そのまま、すぅっと真面目なまなざしとなった。


「何となく、わかる気はするけど教えない。そのうち、あいつなりに決着付けて自分から言うだろ。それより」


 テーブルを挟んだ真正面。

 優雅な佇まいで椅子の背もたれに体を預ける白銀の皇子殿下に、視線を合わせた。


「俺らは、レインの怪我がもう少し治ってから出立するとして。殿下がたは明日でしょう。結局どうなったんです? 姫殿下と、こっちのディレイ王の婚約打診」


「!!」


「あぁぁ……、それね」


 はっと目をみひらいたエウルナリアと、ぐったりとソファの背に埋もれるゼノサーラ。

 後者はまるで二日酔いのように瞑目し、額に手を当てている。


 続く銀の姫君の報告に、場は再び、大いに沸いた。




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