214 皇女と、王の。
同じ長椅子に座ったまま、もぞもぞと銀の皇女が身をずらし、ディレイとは斜めに対面する姿勢をとる。
そんな微妙な距離感を気にする素振りもなく、王は淡々と二人に話しかけた。
「慣例により、そろそろ宴を中座しようと思うが。面子が足らんな。先ほど、エウルナリアと赤髪が一悶着起こしていたようだ。ご存知か?」
「エルゥと、グランが?」
「いいえ。そちらの……、リュミナーク卿のご息女と、中庭に降りたところまでは確認しましたが」
兄妹そろって、それ以降は把握していなかった。
アルユシッドは頭を振り、あくまで穏やかに答える。
ディレイはしばし、考えに耽るまなざしとなった。
「あぁ、セレドナ嬢だな。まだ若いが如才ない。あれで、国内の貴族のいくらかはエウルナリアがリュミナークの庇護下に入ったと見なすだろう。実際は干渉などない。安心しろ」
「――と、いうことは。やはり、『あれ』は貴方の意向でしたか? 後ろ楯の弱い、エルゥを妃にするための布石?」
堪えきれず、ずっと抱えていたのだろう問いを向けるゼノサーラに、ディレイは微笑んだ。
「そうだな。銀の皇女。提案はリュミナーク卿だったが。対するに、あなたには庇護など要らんだろう。ただ、掃き溜めに舞い降りるだけで周囲を祓う光輝がおありだ。流石は、古き血筋の尊き姫君と言うべきか。物言わず佇み、ダンスに応じるだけでも充分な威容がある。ーーご実家と、母君のご実家の権勢は格別だ」
「あら」
暗にレガート皇国と白夜国の後見を仄めかされ、にこり、とゼノサーラは笑んだ。
「過分なお言葉ね。でも、あながち的はずれでもないわ」
笑顔なのに、笑っていない。
いつもならば穏和な口調で妹姫を諌めるアルユシッドも、なぜか今だけは口を挟まず、無言を貫いている。
険のある笑みを湛えるのはゼノサーラだけではない。ディレイも同様だった。
やがてかれは悪戯に、試すように、核心と呼ぶべき質問を振りかざした。
「……で? 実際のところ、あなたはどれほど俺の妻になる気がある?」
(!! 来た。そう来たか……)
――――これは、はぐらかせない。
直観で悟った皇女は、きっぱりと答えを紡ぐ。
「今、この時点においては『必要があれば』とだけ。陛下が真にお望みとあらば、たっぷりの持参金と強力な後ろ楯とともに参りますけど」
「ほう?」
それまで、どこか手加減していた表情が。空気が一変した。茶褐色の瞳が細められ、片頬を緩める。
今はじめてこの姫を見た、という顔つき。それにぞくり、と背筋を震わせつつ、ゼノサーラは気丈に続けた。
「それもこれも、陛下の今後の出方次第ですわ。本当に貴国のため、わたくしを妃に欲するのでしたら誠意を見せていただかなければ」
「――と、言うと?」
心なしか、声までうっそりと低められている。まるで不可視の刃を喉元に当てられているようだった。
気づかれぬよう、ごくり、と唾を飲む。意図して肚とまなざしに力を込めた。きらり、と紅玉色の瞳が煌めく。
「わたくしを妃にしても、エルゥを妃にしても他国との交流は容易くなるでしょう。よって、お分かりとは存じますがエルゥを妾になどは、もっての外。どうしても愛妾が御入り用なら、他のかたになさいませ。エルゥ……エウルナリア・バードはわたくしの大切な友人。無二の友です。
彼女を真に妃に、と望まれるのでしたら我が国の歌長と父を説得なさることね。もちろん平和裏に、ですが。
そうそう、わたくし、国政にはしっかり口を出すわ。お飾りの妃などは御免よ。それだけ、先に伝えさせていただきます」
「……」
「…………」
こと、丁寧ではあるが叩きつけるようなきつい言葉選び。
気品こそ失わぬまでも、怒濤の毒舌だった。ちらり、とディレイはアルユシッドを眺めみる。
視線を察した白銀の皇子は、清々しく笑み返した。
「……あまり、私が訂正すべき箇所はありませんでしたが。何か?」
「いや。なんというか……。こう、貴殿の妹御だな、と」
クックッ、と喉を鳴らし、体勢を崩して脚を組むディレイは愉しげに片肘をついた。そのまま頬杖をつき、しげしげとゼノサーラを見つめる。
「貴国は……、面白いな。なるほど、滅ぼさずに済んで良かったかもしれない。非公式とはいえ見合いだったのだし、俺も、貴女を知れて良かった…………とだけ、今は言っておこうか。
詳しくは書面にて認めよう。持って帰って、父君に見せるといい」
――あと少しだが。宴を楽しまれよ、とだけ言い置いて青年王が席を立つ。
非公式会談というべき“見合い”の終了を告げる、若干物騒な笑みを含む声だった。




